青い柔道着に身を包む鮫島るい。大学時代、歌手のリアーナに憧れてガングロギャルメイクにして以来、このスタイルを貫いている

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高校2年生でインターハイ優勝。オリンピック出場も夢でなかった女性がギャルになりAV女優になるまで

青い柔道着に身を包む鮫島るい。大学時代、歌手のリアーナに憧れてガングロギャルメイクにして以来、このスタイルを貫いている

「柔道で日本一を獲ったときの感想ですか? 『やっと遊べる!』ですね(笑)」

 美女たちが次々とデビューするアダルトビデオ業界に、異端のスターが現れた。

 鮫島るい(27)。ガングロメイクに全身タトゥー……清楚系が多いAV業界においてはインパクトのあるルックスだが、異色なのは外見だけではない。実は彼女は、高校で柔道日本一になった経歴の持ち主なのだ。今年9月にツイッターでその過去を公表すると、投稿は瞬く間に拡散。「元柔道日本一AV女優」として大きな話題を集めている。

 オリンピックで金メダルも狙えると言われていた逸材がなぜAV女優になったのか。鮫島本人が人生を振り返る。

「柔道を始めたのは4歳のときで、妹は2歳から。高校で柔道を教えていた父に強制されて始めました。父は現役時代に全国3位止まりだったため、子供たちに日本一を獲らせるのが悲願でした。そのため、小さいときから猛練習の日々です。

 私は飲み込みが早かったのですが妹は違った。妹はいつも私と比べられて辛そうでした。でも父は、私か妹のどちらかが日本一になるまで、二人とも柔道をやめることを許してくれませんでした。だから中学2年くらいのときに、『私が日本一を獲ったら妹を柔道から解放してあげて』と、父と約束しました。

 それからは、日本一になるためますます柔道漬けの日々でした。朝は4時に起きて道場に行き、学校が終わってから夜は22時まで練習。友達と遊んだ記憶はありません。全ての時間を柔道に注いだ結果、ついに高校2年のときにインターハイで優勝することができました」

理想の女性はガングロギャル

 インターハイで優勝し、父との約束を果たした鮫島。妹も柔道から解放され、そこでスッと気が抜けてしまったと言う。

「大学では普通の女の子らしい生活がしたかったんです。スカートを短くして、髪を染めて、ルーズソックスを履いて、みたいな。大学や実業団など強豪チームのスカウトは10以上ありましたが、その中で一番緩そうだった関西の大学に進学しました。

 その大学の柔道部の監督は、高校柔道のスターだった私をすごく可愛がってくれて、お小遣いをくれたりするんです。それを知った同期はいい思いをするはずがありません。そこからイジメが始まりました。SNSで悪口を書かれたり、平然と無視されたりしました」

 友達はまったくできず、憧れていた「フツーの女子大生」とは程遠い生活。かといって柔道への情熱もすでになかった。

「もう大学に通う意味ないなと思って1年くらいで退学し、地元の埼玉に帰りました。父もイジメは知っていたので、止めませんでしたね。今度こそ女の子らしい生活を満喫するぞという思いで、毎晩都内のクラブに通い詰め。おカネがいくらあっても足りませんでした。そこで、何か手っ取り早く稼げるバイトとして友達に勧められたのが援助交際です。初対面の人とセックスするのはクラブで慣れていたので何の抵抗もなく、めちゃくちゃ稼ぎました」

 援助交際から自然と水商売へと移り、最後はデリヘルへと行きついたという。

「私、35歳以上のおじさまが大好きなんです。タイプの男性とエッチしておカネもらえるなんて最高です。人と話すのも好きなんでドンドン人気が出てきました。

 でも、どうしても店のナンバー1にはなれなかった。当時働いていた池袋の店に一人ライバルがいて、その子にどうしても勝てなかったんです。やっぱり悔しかったですね。柔道をしていたときは、『埼玉の武村(本名は武村綾華)』として全国に名を轟かせていた私が、風俗店で一番になれないなんて、プライドが許しませんでした。どうすれば勝てるか必死で考えて、思いついたのがAV女優になること。AV女優になれば日本中に名前を売れて人気も出ると思い、4年くらい前にデビューしました」

 しかし、AVの世界は思い描いていたものとは違ったと言う。

「AVデビューしたはいいけど、全国区で人気が出ることはなかったです。AVって肌が白くて清楚っぽい子が一番ウケるんです。私はギャル好きにしか需要がありませんでした。でも、とにかく目立ちたかったから、(元柔道日本一の)ツイッターがバズってメチャメチャ嬉しかったですね。あのツイートのおかげで作品の売り上げも伸びましたから」

 高校時代のライバルには、世界選手権・銀メダルの田代未来など、今も世界で活躍する柔道選手が多くいる。鮫島も柔道を続けていればそこに名を連ねていたと思うが、後悔はないのだろうか。

「今が楽しいから後悔とかは全くないですね。むしろ柔道を続けて、結婚して、お母さんになったときに、私の思う『フツーの女の子』らしいことを何もしなかったと思うと、後悔しそう。柔道で日本一になったばかりの10年前の私からしたら、今の生活は想像できないはず。だから、10年後はまた全然違うことをやっているんだろうなとワクワクしますね」

 注目を集めるために、昨年には格闘家としてもデビューした。戦績は4戦全勝。早くも強すぎて相手が決まらない状況だ。「元柔道日本一」の肩書は、伊達ではない。何をやってもホンモノの凄みが漂っているのだった。

高校2年でインターハイ優勝を果たした鮫島。その名は全国に知れわたった

鮫島は、自分にとって大事なものをタトゥーにして体に刻んでいる。左腕には家族のイニシャルがあった

10月に発売された新作AVのパッケージ。ギャルもののほかに、柔道もののAVにも出演する。「真剣に取り組んできた柔道をAVに利用していいのか悩んだこともありますが、私にしかできないことなので今はいいかなと思っています」と鮫島

本誌未掲載カット 鮫島るい 元柔道日本一のギャルが「性風俗」でトップを獲ると決めたワケ


 本誌未掲載カット 鮫島るい 元柔道日本一のギャルが「性風俗」でトップを獲ると決めたワケ 


撮影:鈴木ゴータ