写真はイメージ(metamorworks/Shutterstock.com)


 雇用環境を見渡すと、改善が進んでいると思われるような話がいくつも見られます。4月に新入社員を迎えた職場も多いと思いますが、初任給の上昇もその一つです。月額30万円や40万円といった話題に驚きを感じることも少なくなってきました。

 また、働き方に関する制度面でも変化が見られます。週休3日制などは時折話題になりますが、かつて働き方改革という言葉すら一般的ではなかった時代に、土曜や休日出勤が当たり前だった人からすると、にわかに信じがたい変化に映るかもしれません。

 テレワークも広がりました。言葉自体は以前から知られていたものの、コロナ禍を機に多くの会社で実際に導入されるようになったことは、働き方の歴史の中でも大きな転換点だったと言えるでしょう。

 しかしながら、それらポジティブな変化が見られる一方で、SNSには「ストレスが限界」「モヤモヤする」といった仕事に関するネガティブなつぶやきがあふれています。働き手にとって嬉しいはずの職場改善の話題が数多く存在するにもかかわらず、世の中に楽観的な空気が感じられないのはなぜなのでしょうか。

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「初任給30万円」はまだ少数派、データが暴く職場改善のリアル

 帝国データバンクの調査「初任給に関する企業の動向アンケート(2026年度)」によると、今年4月入社の新卒社員に支給する初任給を前年度から引き上げる会社は67.5%にのぼります。前年度の同調査と比較すると若干下がってはいるものの、それでも7割近い水準です。

 さらに、初任給25万円以上の会社の比率は2025年度の13.1%から2026年度は20.5%へと上昇し、30万円以上に限ってみても1.7%から2.7%へと増加しています。このような数字だけを見ると、雇用環境は着実に良い方向へと向かっているように感じられます。

 ただし、見方を変えると別の側面も見えてきます。数字を裏返すと、8割弱の会社は依然として初任給25万円未満だということです。初任給30万円に到達している会社はごく一部にとどまっており、多くの企業にとってはまだまだ遠い水準です。

 また、初任給を引き上げている会社は全体では7割近いものの、小規模企業に限定するとその比率は50%にまで下がります。「初任給上昇」や「30万円以上」といった景気の良い情報が飛び交っても、それらに該当しない会社で働く人にとっては他人事です。むしろ、自らが置かれている状況との格差をいや応なしに意識させられてしまう面があります。

 同様の構図は、週休3日制やテレワークといった制度にも当てはまります。厚生労働省の「令和7年就労条件総合調査の概況」を確認してみると、2025年に何らかの週休3日制を導入していた会社はわずか0.9%に過ぎません。

 また、日本生産性本部の「第18回 働く人の意識に関する調査」によると、2026年1月時点でテレワークを実施している人の割合は15.4%にとどまります。メディアやSNSで多くの注目を集めるこれらの制度も、実際に適用されるのは一部の会社や働き手に限られるということです。

同じ会社でも広がる待遇格差、改善が進むからこそ生まれる「新しいモヤモヤ」

 職場改善の恩恵を受けていない側の働き手から見ると、それらの話題は単に自分と関係がないだけでなく、むしろストレスやモヤモヤを生む原因となり得ます。

 テレワークなど、コロナ禍以前には多くの人にとって現実味がなく、“夢の働き方”くらいに認識されていた制度です。それが現実的で身近な働き方になったことで待遇格差を実感しやすくなり、かえってこれまでにはなかったストレスと化してしまっているかもしれません。

 このような待遇格差の実感は、別の会社に対してだけでなく同じ会社内でも生じ得ます。

 例えば、初任給が低い時代に入社した先輩社員から見れば、初任給が上昇した後から入社した後輩はうらやましい存在と映りそうです。また、週休3日制やテレワークといった制度は職種や部署によっては適用が難しい場合もあります。するとどうしても、同じ会社に所属していながら働き方や待遇に差が生じてしまうことになります。

 では、これらの職場改善の恩恵を受けている側の当人たちは、手放しで喜んでいるのかというと、必ずしもそうとも言い切れません。見方を変えれば、不安要素も存在します。

 例えば初任給上昇であれば、確かに入社初年度の給与は先輩たちの同時期と比較して高くなります。しかしながら、多くの会社では依然として年功賃金の要素が残っています。一般的には50代が最も高くなる賃金カーブが描かれますが、このカーブが従来よりも低く緩やかに描かれるようになった場合、同じ年齢で比較した際の給与が低くなる可能性があります。

 そうなると、生涯賃金で比較すれば先輩たちと変わらないか、むしろ低くなってしまうかもしれません。もちろん初任給の上昇そのものは歓迎すべき動きです。ただし、それが長期的な処遇改善につながるのかどうかは、退職金なども含めた生涯賃金の設計まで見なければ判断しにくい面があります。

 週休3日制についても同様です。実情としては、休日が増える一方でその分の給与が差し引かれるケースが多く見られます。収入を重視する人にとっては選択しにくい制度です。

 また、週休3日制であっても1日の労働時間を10時間とするなど、週単位での総労働時間が変わらないケースもあります。このような場合、単純に「休みが増えた」とは喜べない人もいるでしょう。

 テレワークに関しても、状況は一様ではありません。急速に普及したものの、現在では出社回帰の動きが見られます。週2日までは在宅勤務を認めるといったハイブリッド勤務に移行する会社や、原則として週5日出社としつつ、やむを得ない事情がある場合にのみテレワークを認める方向へと切り替える会社もあります。完全在宅勤務を希望する人からすると、少なからず不満を覚えるはずです。

 このように見ていくと、職場改善が進んだとしても新たなモヤモヤやストレスの要因が生まれていることが分かります。

画一的な制度はもう限界、企業が今すぐ着手すべき「個別対応型」の組織づくり

 それならば、いっそ職場改善など行わない方が心穏やかに働けるのではないかという考え方も生まれてきそうです。

 しかしながら、自社が職場改善を行わなかったとしても、他社が改善を進めれば、働き手はより条件の良い会社へと流れていってしまいかねません。初任給が高く、週休3日制やテレワークといった制度を選択できる会社が選ばれやすくなるのは自然な流れです。

 採用は常に他社との競争であり、人手不足が慢性化する中でその傾向は今後もさらに強まっていくと考えられます。

 一方、働き手側から見た場合においても、仮に出社回帰の流れが希望に沿わなくとも、テレワークが一切できない会社よりは必要に応じてテレワークを選択できる会社の方が、相対的に働きやすいと感じられるのではないでしょうか。

 つまり、職場改善によって生じるモヤモヤやストレスを解消するためには改善を止めてしまうのではなく、さらに推し進めた方が、会社にとっても働き手にとってもメリットがあるということです。

 競争から取り残されないようにするため、会社には職場改善に取り組むことはもちろん、その内容を進化させ、充実させていくことが求められます。

 例えば、初任給だけを引き上げるのではなく、生涯年収全体を底上げする仕組みを構築することや、週休3日制であっても勤務時間や給与を維持する工夫、さらには職種や個々の事情に応じて柔軟にテレワークを利用できる環境整備といった取り組みなどです。

 働き手は、個々に異なる価値観や希望を持っています。中には長時間労働になったとしても高い収入を得たいと考える人もいれば、収入は最低限で構わないので働く時間を抑えたいと考える人もいます。また、対面でのコミュニケーションを重視して出社を望む人もいれば、完全在宅での勤務を希望する人もいます。

 このように多様なニーズに対応するためには、個々の希望を押し殺して画一的な制度に無理やり当てはめるのではなく、それぞれの希望に応じて最適な働き方を選択できる仕組みが必要です。

 もし、誰もが個々の希望に応じて最適な働き方が選択できるようになれば、条件の違いは単なる希望の違いであり、一方的な待遇格差としてではなく、それぞれの事情に応じた選択結果の違いとして受け止められやすくなります。

 職場改善に感じるモヤモヤやストレスは、そんな理想の状態に向けて「働き方の個別最適化」が進んでいく過渡期だからこそ生じてしまう、避けようのない通過儀礼なのではないでしょうか。

筆者:川上 敬太郎