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●すべてを拓いたアドバイス
4年強の月日をかけて、パイオニアが開発した自転車機材の「ペダリングモニターシステム」。試行錯誤を続けるなかで、開発を後押しし、事業化の大きな力となる巡り合わせがあった。第2回はパワーメーター開発ストーリーをお届けする。

○神的アドバイス

パイオニアが自転車部品の開発を構想したのは2008年12月のこと。その経緯については前回お伝えしたとおりだ。研究開発を決めてから最初の1年は、試作品に取り組んだが、何か決定的なものに欠けていた。

悶々としていても仕方ない――。2010年5月、開発者の藤田隆二郎氏は、外部に意見を求めた。アドバイスを求めたのは、リオデジャネイロ五輪で自転車の日本代表監督を務めた元プロロードレーサーの浅田顕氏。同氏はツール・ド・フランスに出場経験を多数持つ新城幸也選手とも親交が深く、かつて選手、監督という立場で同じチームで活動していたこともある。

そんな浅田氏の一言がパワーメーターの開発を進め、後に販売される「ペダリングモニターシステム」の製品特徴を決定付ける運命的な出来事になった。

浅田氏からもらったアドバイス。それは「パワーメーターでペダリングを見ることはできないか」というものだった。自転車を趣味とする藤田氏にも響く一言だった。

当時、普及していたパワーメーターは、ペダルをこいだときの力しか計測できなかった。もちろん、自転車はこぐから進むのだが、自転車を効率よく前に進めるには、効率的なペダリングが必要になる。それを見ることができないか、というアドバイスだったのだ。

「神的な発言でした」と藤田氏は振り返る。これが正にペダリングモニターシステムを特徴づけるフォースベクトルとして今でも生かされている。ペダルをこいだときに、自転車のクランク部にどれだけの力が何時の方向にかかっているのか、その力の大小をサイクルコンピュータ上に表示できる画期的な機能だ。

●巡り合わせ
○小さな展示スペースから生まれたもの

浅田氏との出会いは、次につながっていく。2010年11月、パイオニアは国内最大級の自転車の展示会、サイクルモードに出展した。展示したのは浅田氏のアドバイスを具現化したパワーメーター、フォースベクトルを表示するサイクルコンピュータだった。

大勢の自転車好きを前に、開発機の実演プレゼンテーションが行われた。プレゼンターを務めたのは浅田氏。そして、実演のために呼ばれたのが、Bbox ブイグテレコムに当時所属していた新城選手だった。

プロのペダリングを可視化する――。当時、そんなものを目にした人など誰もいない。たった2コマの小さな出展スペースに、100人を超える観客が集まった。碓井氏が当時を振り返る。「新城選手に自転車をこいでもらって、フォースベクトルが出たときは、ものすごい大歓声でした。それこそ、波が来たなという感触を得た出来事です」。

碓井氏はその場を写真に収め、反響の大きさ、会場の熱気を経営陣に報告した。いかに開発中の製品が画期的なものであり、サイクリストに待ち望まれた製品なのかを伝えた。この経験は、早期の製品化を要望していた経営陣に待ってもらうだけの説得材料にもなっただろう。

○奇跡のEメール

奇跡は続く。サイクルモードへ出展してからほどなくして、一通のEメールがパイオニアに届いた。差出人は海外有力チームのラボバンクの所属選手だった。

パイオニアの製品を使ってみたい。テストさせてもらえないか――。

サイクルモードへの出展などを通じて、海外にニュースが配信され、それが目にとまったようだ。パイオニアにとっては、またとないチャンスだった。ワールドチームは、トッププロチームともいえる存在で、2017年世界に18チームしか存在しない。

通常、ワールドチームに機材を使ってもらうには、機材供給側が機材・サポート費用を提供する。そこまでして関わるのは、所属選手が選手が活躍したときに、大きな注目が得られプロモーション効果が大きいからだ。

ラボバンクの選手からの申し出を受けたとき、パイオニアのサイクル事業はまだ形にもなっていない状態。サポート費用など出せる状況ではない。にもかかわらず、トッププロチームの選手が自ら使いたいとオファーし、使用してもらえる機会を得たのだ。発売前から大きな注目を浴びることができたのはもはや奇跡的な出来事だった。

●過酷な使用環境
○測定不能

開発者の藤田氏らは、ラボバンクでテストしてもらおうと、半年間、さらなる磨きをかけるべく開発を進めた。そして、2011年7月、ベルギーに渡り、新たな試作品を渡した。

7月はツール・ド・フランスの開催月だ。もちろん、自転車界が最も注目するビッグレースに試作品がいきなり使われたわけではない。テスト使用したのは、ツール・ド・フランスには出場しない、ベルギーでキャンプをしていた若手選手たちだった。コーチは物珍しさからか、わざわざフランスからベルギーまで飛んで様子を見に来たほどだった。

以後、数名の選手を対象に、テスト使用が始まったが、そこからは悪戦苦闘が続いた。「出力の計測精度が低い」「壊れやすい」「ソフトウェアをもっと安定させられないか」と様々な注文がついた。改善の余地は大きく、2012年シーズンが始まるまでの半年間、再び開発を余儀なくされた。

改良を重ねた試作品。だが、それでも、プロの世界は厳しかった。シーズンが始まって2月、3月、4月のすべてのビッグレースでトラブルが発生。最も多いトラブルは浸水。洗車過程における溶剤の混入などもあるが、多くは衝撃によるひび割れが原因だった。

製品が受ける衝撃は想像を超えていた。そもそも、自動車はサスペンションがあり、衝撃を少なくできるが、ロードバイクにサスペンションはない。路面が荒れていれば、その分、受ける衝撃も大きくなる。ロードレースは舗装路を走るが、欧州の舗装路は日本ほど整備されていない場合も多い。そもそも舗装路ではなく、石畳の上を走ることさえある。「自動車用の試験機を使っていましたが、パワーメーターの試作機が受けたGは桁違い。数値は測定不能、値はMAXを示していました」(碓井氏)。

こうしてプロチームでのテスト使用が製品の完成度を上げるきっかけになった。過酷な使用環境での事例をもとに、製品を改良していく。その作業は今も同じく続いている。欧州に駐在員2名を置き、機材提供するワールドチームのデータを採取、それを製品づくりに役立てている。当初、藤田氏が描いた"壊れないパワーメーター"づくりに、嫌というほど向き合うことになったわけだ。

○偶然は必然か

以後、2013年7月に一般向けのテスト販売が開始されるが、そこに辿り着くまでにあったのは、奇跡的な巡り合わせの連続だった。浅田氏にアドバイスを求めたことで、フォースベクトルという製品特徴が生まれた。展示会の出展で話題をつくり、試作品はいつしか海外までニュースが流れた。それにより、ワールドチームへの機材供給の道も開けた。

一連の出来事は"偶然"や"運"で片付けられてしまいがちだ。なぜなら、そこには再現性がないからだ。しかし、パイオニアの話を聞いていくと、この偶発性を求めていくことが必然ともいえるように思えてくる。そう思わせるだけの事実の積み重ねがパイオニアにはあったのだ。

(大澤昌弘)