W杯を直前にしたハリルホジッチ解任劇を、ハリルにとって同郷(ボスニア・ヘルツェゴビナ)の先輩であり、日本代表監督の先輩でもある「彼」はどう見ているのか。イビツァ・オシムはオーストリア第2の都市グラーツにいた。その町の病院で半年に1回、検診を受けなければいけないのだという。「でも安心してほしい。現在の体調はいたって良好だ」というオシムを、旧知のクロアチア人ジャーナリストが直撃した。


2006年から、病に倒れる2007年11月まで、日本代表監督の座にあったイビツァ・オシム氏 photo by YUTAKA/AFLO SPORTS

 ハリルホジッチの解任以降、多くの人々が私の意見を求めてきた。私のことをよく知っている人であれば、私がこうした他人の問題に首を突っ込む人間でないことは、よく知っていることだろう。

 正直、ハリルホジッチと選手、そして日本サッカー協会との間で何があったのか、私は知らない。ただ、サッカー協会が一朝一夕にこの件を決断したわけではないだろうことはわかる。熟考の末の決断であったはずだ。

 チームがこのままでは機能しないと思われたときには、監督か選手を代えるしかない。しかし選手全員を取り代えることは困難だ。そんなときに一番手っ取り早いのは、腐ったリンゴを取り出すことだ。腐ったリンゴは放っておけば、周りのリンゴも腐りだす。監督は原因を作っている選手を特定し、速やかに排除しなければならない。だが、それもできないときは……監督を代えるしかない。

 チームをW杯にまで導いた監督を解任するのは、決して褒められたことではない。とにかく彼はひとつの目標を達成しているのだ。

 ただ、以前にこんな話を聞いたことがある。日本がまだW杯予選を戦っていた頃、ハリルホジッチは一度、中国行きを考えたことがあったということだ。噂によると年俸800万ドル(約8億8000万円)という莫大な額のオファーを受けたらしい。

 こんな話が舞い込んだら、どんな監督でも心が揺らぐことだろう。今、自分がしている仕事を、強い信念を持ってやっている者だけが、このとんでもないオファーを、「今の契約が終わるまでは無理だ」と断ることができる。ヴァヒドはそうした。

 ただし、彼はこのオファーの話を誰にもすべきではなかった。何より、W杯がまだ始まってもいないうちから、「大会後、自分は日本代表監督の座を去る」と宣言すべきではなかった。今回のハリルホジッチの解任は、ここにも原因があったのではないかと私は推測している。

 解任の理由は、選手たちが不満を持っていたからだけではない。

 選手とは往々にして監督に不満を持つものだ。特にキャリアの終わりに近いベテラン勢は、不満を多く抱えている。監督時代、私もこの点にかなり悩まされた。彼らはすでに名声を確立し、プライドも高い。引退に向けての花道を探しており、ベンチに座ることを受け入れられない。たぶん、ハリルジャパンでもまさにこの現象が起こっていたのだろう。

 ヴァヒドはとても頑固な人間だ。彼は誰かに相談をしたり、助言を求めたりはしない。そのツケを彼はこれまで何度も払わされてきた。ただ……私もまた、彼同様に頑固な人間だ。そして監督たる者、そうでなければならないと思う。

 しかしその場合、自分の信念を、自分のあり方を、きちんと説明することを怠ってはいけない。監督は自分の考えを明確に持ち、それをサッカー協会の人間にはっきりと伝えなければならない。そして、もしそれが受け入れられないようであれば、そのときは辞任するしかない。泣き言は言わず、堂々と去るべきだ。

 西野朗新監督のもとで、日本代表はきっと落ち着いた空気を取り戻すことができるだろう。代表において一番重要なのは、チームが一致団結していることだ。不満を持つ選手たちを監督が納得させることができなければ、チームは簡単に崩壊してしまう。

 大切なのはチームのスピリットである。選手たちは仲がよく、監督をリスペクトして、その決定を受け入れる必要がある。代表監督の何よりも大切な仕事とは、チームに安定した環境を与えることだ。毎日顔を突き合わせるクラブチームの監督とは仕事の内容からして違う。

 かつてイングランドのリオ・ファーディナンドは言っていた。

「私がいた頃のイングランド代表は、ルーニー、ジェラード、ランパードと多くの優秀な選手がそろったすばらしいチームだった。しかし、代表戦の前に数日をともにするだけで、息の合ったチームとは言えなかった。我々の仲は悪くはなかったが、かといって友達でもなかった。そのため、どんなにチームの潜在能力が高くとも、いい結果を残すことはできなかった」

 もうひとつ、私が代表チームで大事だと思うのは、選手たちが皆それぞれのクラブチームでレギュラーとしてプレーしていることだ。シーズン中、ほぼ毎試合に出場していなければ、代表に入る資格はない。私も代表監督時代は”稼働中”の選手にこだわっていた。

 ロシアW杯では、正直、日本はかなり苦労すると思う。日本が入ったのは、”本命なき”ハードなグループだ。だからこそ、自信を持ってプレーすることがより重要となってくる。まずは守りを固くし、パワーとスピードで縦への攻撃のチャンスをうかがう。簡単なことではないが、不可能なことでもないはずだ。

「私は暑さに耐えられないタイプ」というオシムは、この後、クロアチアの海沿いの町にある別荘でしばらく過ごした後、サラエボ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)の我が家でW杯を観戦するという。

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