【西脇 章太】平均年収727万円でも「教員離れ」が止まらない…”月100時間残業”の学校現場で起きている人手不足の実態

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「教員不足」が深刻化するなか、文部科学省は対策を急いでいる。社会人経験者が教員免許を取りやすくする制度や、採用試験の早期化・一部免除など、教壇に立つための入口を広げる施策が次々と進められている。

一見すると、なり手を増やすための有効な対策に見える。だが、教育現場の最前線からは「本当の問題はそこではない」「ズレている」といった声も上がっている。

なぜなら、学校が抱えているのは単なる「資格の壁」ではないからだ。教員免許を持つ人は全国に数百万人規模で存在する。

なぜ、これほど人材がいるはずなのに、学校には先生が足りないのか...。今回は、最新の調査データや業界に詳しい専門家の見解をもとに、教員不足の“本当の原因”を探る。

先生は「足りている」のに足りない?

メディアでは「学校に先生がいない」「教育崩壊の危機」と報じられているが、客観的なデータを見れば、マクロな視点での不足事態は幻に等しいことがわかる。

文部科学省の最新調査によれば、公立校における教員不足数は全国で3827人、欠員率にしてわずか0.44%に過ぎない。

全業界の平均欠員率が3.6%、人手不足が深刻とされる宿泊・飲食サービス業が6.1%、運輸業が6.0%に達することと比較すれば、その数字がいかに「軽症」であるかが明確に理解できるはずだ。

では、現場で実際に起きている混乱の正体は何なのか。

「統計上、不足率は約0.5%に留まります。これは200人に1人がいない状況であり、一般企業に置き換えれば『シフトのバイトが1人足りない』程度のレベルにすぎません」

そう語るのは、学校業務DXの最前線で支援を行うコトバンク株式会社の代表取締役・小泉純氏だ。実は真の問題は、正規教員の定員が大きく割れていることではない。

年度途中で産休・育休や病休に入る教員が出たとき、その穴を埋める「臨時的任用講師(非正規)」のなり手が、ほとんどいなくなっている点にあるという。

かつては教員採用試験の倍率が高く、「来年こそ受かる」と再挑戦を待つ講師志望者が多く存在した。

しかし、現在その人材プールは消滅している。

正規教員の定員は満たせていても、現場に突発的な穴が開いた際に誰も補充されない「条件付きの人手不足」が、残された教員たちを極限まで逼迫させているのだ。

平均年収727万円でも、教員離れが止まらない理由

教員のなり手が急減した理由について、世間ではブラックな労働環境と合わせて「薄給だから」とまことしやかに語られる。異常な長時間労働の実態は事実だが、給与面の認識については明確な誤認が含まれている。

厚生労働省の統計によると、小学校教員の平均年収は約727万円、55〜59歳のピーク時には約966万円に達する。これは民間企業の平均給与の約2倍に相当し、税理士や弁護士にも匹敵する好待遇である。退職金等を含めた生涯収入も、民間平均とほぼ同等水準を誇る。

それにもかかわらず、各種調査では大学生の約7割が「教員は給料がよくない」と思い込んでいる実態が浮き彫りになっている。なぜこれほどの待遇のよさが無視され、職業として避けられてしまうのか…。

「問題の本質は『なりにくい』のではなく、あまりにも『続けにくい』過労環境にあります。平均給与は民間平均の約2倍に達する一方で、残業時間が過労死ラインを優に超える月80〜100時間に及んでおり、その過酷なイメージだけが先行しているのが現状です。

そのため、国がいくら入口のハードルを下げても意味がありません。出口である離職要因を放置したままでは、穴の開いたバケツに水を注ぎ足し続けるのと同じです」(小泉氏、以下「」も)

教員の待遇は、数字だけを見れば決して悪くない。だが、これほど心身を削られる働き方が放置されたままでは、入口のハードルを下げても教員離れは食い止められないのだ。

約415万人の人材がいるのに、採用できない学校現場

過労によって現場が疲弊し、精神疾患等での離職者が相次ぐ。人材を至急確保したくとも、教育界には民間企業において当たり前の「採用マーケティング」が存在しない。

驚くべきことに、日本には教員免許を持ちながら教職に就いていない「ペーパーティーチャー」が、『文部科学省 中央教育審議会 教員免許制度ワーキンググループ』の推計で約415万人(60歳以下)存在する。

現在不足している3827人は、この巨大な有資格者層のごく一部にすぎない。つまり、労働市場に人材はいるにもかかわらず、需要と供給がまったく出会えていないのだ。

「同じく専門職である看護師には、人材紹介サービスが20社以上競合する巨大なマッチング市場が形成されています。病院側が人材会社に成功報酬を払ってでも即座に採用する、明確な経済合理性があるからです。

ところが、公立学校にはその市場が制度的に成立していません。教員を採用するのは都道府県の教育委員会であり、現場を預かる各学校の校長には採用権限も、人材紹介会社に手数料を払う予算も与えられていないのです」

一般企業であれば、極度の人手不足に陥った人事部は即座に求人広告を打ち、人材紹介会社に頼って有資格者を掘り起こすことも可能だろう。

しかし、公立校の採用は教育委員会による年1回の一括選考に独占されており、市場の仕組みを使って有資格者を現場へ呼び戻す経路が、構造的に絶たれているのだ...。

それにしても、なぜこのような硬直した非効率なシステムが放置されているのか。根本的な原因は、ビジネスの世界では到底成り立たない“組織構造のバグ”にある。

「文科省、都道府県教育委員会、市町村教育委員会、そして学校長という『四層構造』のなかで、責任と権限が見事に分離してしまっています。文科省は英語やプログラミングなど新しい教育施策を降ろすだけで現場の業務量には責任を負わず、教育委員会は人事配置を行うだけで業務改善のインセンティブを持ちません。そして業務の最終責任者であるはずの校長には、人事権も新たな業務を断る権限もないのです」

その結果、現場ではかなり深刻なことが起きているとか...。

「3827人の教員不足をどう埋めるのか。教員の異常な長時間労働をどう減らすのか。どちらも喫緊の課題であるはずなのに、公的セクターの中で、誰かの明確な責任になっているわけではありません。

一般企業なら、目標未達が何年も続けば、必ず責任者が問われます。でも教育現場では、そこが曖昧なままになっている。人が足りない、現場が限界だと言いながら、市場の仕組みを使って人を集める発想には踏み込まない。その一方で、教員になるための入口だけを広げようとしている。ここに、いま国が進める施策の大きなズレがあります」

マネジメント層が完全に機能不全に陥り、誰も全体最適化を図ろうとしない。圧倒的な非効率とブラックボックス化された労働環境のツケは、すべて現場の一般教員たちに丸投げされている。

では、そんな教員たちの時間はいったい何に奪われているのか。

次回の後編『「もう限界です…」当事者・保護者・自治体の板挟みで擦り切れる教育現場の《残酷すぎるリアル》』では、授業以外に積み上がる仕事の実態と、教員が本来の役割に向き合うための解決策を探っていく。

【つづきを読む】「もう限界です…」当事者・保護者・自治体の板挟みで擦り切れる教育現場の《残酷すぎるリアル》