居酒屋の厨房に立つ佐藤克己さん「一言で言うと楽しいよね。楽しい」

能登半島地震から2年以上が経った今も、廃校の一室で眠る男性はそう言って笑います。

石川県輪島市深見町に移住し、NPO法人紡ぎ組の代表として活動を続ける佐藤克己さん。被災地の"復興"という言葉では収まりきらない、ひとりの男の生きざまが見えてきます。

「とにかく全員を説得して避難させるのは、ものすごく苦労した」

東京都府中市出身の佐藤さんが、輪島市深見町に移住したのは2016年のこと。NPO法人紡ぎ組を立ち上げ、民泊施設「深見荘」や輪島朝市横丁での飲食コーナーを営んできました。

深見町は輪島市の中心部からおよそ7キロ。海と山に囲まれた自然豊かな町です。

佐藤克己さん「ここってもう力いっぱい田舎だったから、もうそれが最高に気に入ったんだよね」

そう語る佐藤さんにとって、2024年元日の能登半島地震は生活のすべてを変えました。

道路が寸断された深見町では、72世帯130人が孤立。住民は自衛隊のヘリで小松市へ集団避難しました。

佐藤さん「避難しなきゃだめだよ、危ないよって言っても、結局よそ者のわけのわかんない人が何言ってんだっていう話だったし」

それでも佐藤さんは、移住者だからと聞く耳を持たれなくても、諦めませんでした。全員を説得し、避難を完遂させました。

廃校舎に住む 校庭には砂場、屋上には露天風呂

自宅に住めなくなった佐藤さんが移り住んだのは、廃校となった旧深見小学校の校舎です。

かつての理科準備室がベッドルーム。布団は深見の住民が解体時に「いらない」と寄付してくれたもの。壁は地震でひびが入ったまま、断熱材を詰めながら使い続けています。

佐藤さん「(寝心地は?)もういいよね、そりゃあ、準備室だけど」と佐藤さんは笑います。

広い部屋は、ボランティアに来た人々のために開放。校庭には復興留学の学生と一緒に手作りの砂場を作り、「ここにラジコンを置いて、子どもとか親と一緒に遊べればいいかな」と話します。

屋上にはボランティアが疲れを癒す絶景露天風呂がまもなく完成する予定です。

「月一居酒屋」月に一度だけ開く、交流の場

廃校の敷地内に佐藤さんが自ら建てた小屋で、月に一度だけ開かれる居酒屋があります。

その名も「月一居酒屋」。

建設業界で働いた経験を持つ佐藤さんが一人で建てたこの小屋に、深見町の住民と移住スタッフ、そして全国から来た若者たちが集まります。

この日の食卓には、住民が朝に取ってきたサザエが並びました。

「おいしいわ」隣に座る住民と、そんな言葉を交わすだけでも、この場所が何であるかが伝わってきます。

佐藤さん「この深見の町に、新たな風というか空気が入るっていうのは、自分はすごくいいと思ってんのね。だからこそなおさら自分は深見を一点集中して、盛り上げていきたいんだよね」

200人以上を受け入れた「のと復興留学」

佐藤さんはこれまで、大学生が地元住民と交流しながらボランティアを行う「のと復興留学」プログラムで、200人以上を受け入れてきました。

「学生がそういうふうなことで来るようなきっかけがあると聞いたときに、もうすぐ受け入れるからって言って」

放送で登場した山形県出身の大学生は、1年前にもここを訪れていました。

山形出身の大学生「1年間ずっと能登のことを考えてたので」

その言葉が、この場所の引力を物語っています。

「天気がいいと屋根の下にいられない」廃校を囲む畑

畑で作業する佐藤さん。

かつて担い手不足で耕作放棄地だった校舎近くの畑は、今ではおよそ10種類の野菜が育つ農地に生まれ変わっています。

にんにく、にんじん、カブ、水菜、レタス、春菊--「欲張りだからいろいろ植えるから忘れちゃうんだよね、やったあとに」と佐藤さんは苦笑します。

秋の復興留学生が植えたにんにくも、今はしっかりと芽を伸ばしています。

「天気がいいと、屋根の下にいられないんだよね。太陽の下にいないとなんか罪悪感に駆られる」

農作業が、佐藤さんの日課になっています。

移住者2人が始める草木染め「人をつなぐツール」

佐藤さんの活動に共感し、移住してきた若者がいます。

東京都出身の堀さんと、福井県出身の木下さん。NPO法人紡ぎ組の新人職員として、廃校での共同生活を送りながら新たな事業の準備を進めています。

2人が取り組んでいるのは、草木染めを使ったお土産作りです。

肉まん製造で出る玉ねぎの皮を煮出して染料にする。廃棄物をそのまま素材に変える発想です。

「女性とか地域の人の生業を作るような事業を作れたらいいねって。物としてだけじゃなくて人をつなぐツールの1つにもなるな」と堀さんは話します。

「もえるにくまん」と、タクシー事業

佐藤さんがかつて輪島朝市横丁で看板商品にしていた、能登豚を使った肉まんも復活しています。

復興への情熱を込めて名付けた「もえるにくまん」は、ネット販売と月一居酒屋での対面販売を再開。調理室では毎日、粗挽き能登豚やたけのこ、玉ねぎを包む作業が続きます。

さらに佐藤さんが新たに動き出した事業が、タクシーです。

震災以降、交通空白地域が増えた輪島市で廃業した事業者から車両を譲り受け、営業許可を取得。しかし課題が生じました。奥能登でプロパンガスを充填できるガススタンドが3月末に廃止になったのです。

佐藤さん「あえてこのプロパンガス車を維持できるっていうことが、災害が来ても備えがあるという結果になるのかなと思ってるから」

佐藤さんは今、深見町にガススタンドを設置しようと計画を進めています。

「一言で復興はこうですっていうのは、自分の中ではない」

夜、廃校の食卓に並ぶのは、畑で採れた野菜の漬物と、深見町の住民が届けてくれた山菜「片葉」。

仲間たち4人で囲む夕食は、居酒屋の夜のように穏やかです。

会話「仕事場でありながら生活する場所で、一見プライベートがなくて居心地悪いんじゃないかと思うかもしれないけど、今いる若者2人には全然そんなことはない感じだし」

佐藤さん「落ち着いたらどうせどっかに行ってしまうだろうとか、そういうふうに言う人もいるけど、自分は別にそれが分かってもらおうとか、一つ一つこうだよああだよって別に言わなくてもいいと思ってんですよ。結局自分はなんかここを、消滅させないためにどうしたらいいかで判断してるから」

佐藤さんは言います。

佐藤克己さん「一言で復興はこうですっていうのは自分の中ではない。とにかく進行形、ずっと」

思い描いていた未来が、廃校での生活の中で少しずつ形になり始めています。

「中途半端じゃない田舎」に魅了されて移住した男の物語は、今も進行中です。佐藤さんの姿を追った動画は、6月21日までTVerで見ることが出来ます。