(※写真はイメージです/PIXTA)

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「若手は忍耐が足りない」「いまの世代はワガママだ」早期離職のニュースが流れるたび、世間や親世代からはそんな声が聞こえてきます。しかし、本当に問題なのは「若手の根性」だけなのでしょうか? 実は、「若手の離職」「上司の不満」「親の不安」、そして「企業の停滞」まで、これら一見バラバラにみえる悩みはすべてつながっています。その正体は、世代間に横たわる「ITリテラシー格差」と、2029年に向けて加速する「経済・教育の地殻変動」です。単なる「世代論」で片付けていては、企業も家族も、来るべき荒波に飲み込まれかねません。なぜいま、すべての問題が集約されるのか。FP兼IT教育設計者の川淵ゆかり氏のもとに寄せられた相談事例から、その構造的なカラクリを解き明かしていきます。

役職定年、住宅ローン、働かない次男

55歳のAさんは、パート勤めの3歳年下の妻と、24歳の次男との三人で郊外の戸建て住宅に住んでいます。都内で一人暮らしをする26歳の長男はコンサル企業に勤務。一見、順風満帆にみえる家族ですが、Aさんの胸中は穏やかではありません。

10年ほど残っている住宅ローンに加え、最近役職定年を迎えて収入が激減。年収は1,300万円から800万円に減りました。息子は二人とも理系の有名私立大学を卒業させ、住宅ローンの返済も重なって出費が続いていたため、ようやく子が手を離れ、「さぁ、これからしっかりと老後資金を作ろうか」と意気込んでいた矢先の収入ダウンでした。そんなAさんの頭をさらに悩ましているのは、次男の存在です。

昨年、大学を卒業し、大手総合商社に勤めはじめたのですが、半年程度で突然退職。その後も建設業の企業に3ヵ月ほど勤めましたが、こちらも辞めてしまい、いまは家でブラブラしています。妻が心配して問いただしても「次の仕事は探しているから心配しないでよ」とはぐらかすばかり。

そんなある日、次男が突然、とんでもないことを言い出しました。

「アメリカのシアトルでしばらく語学留学したいから400万円ほど貸してもらえないかな?」

これに両親は激怒。役職定年で収入が大幅に下がってしまい、老後に不安を感じる両親にとって400万円は“老後の命綱”でもあります。「おとなしくて勉強熱心で、何事にも努力を惜しまない子だったのに、一体どうしてしまったんだ」と父親は頭を抱えました。

「長男は新卒で勤めた会社で真面目に勤め続けているのに。そういえば、隣の部署の若手も2〜3ヵ月ですぐに辞めたのがいたな。そいつも優秀だって期待されていたんだよ。本当にいまの若い奴はワガママなんだよ!」ついには妻に当たり散らす始末。さっぱりわけのわからない両親は、長男に「次男の話を聞いてやってほしい」と頼み込みました。

兄に打ち明けた弟の本音

長男は休日に次男を連れ出しました。「お前、なんでまた就職もしないで、いきなり海外留学なんだよ。お前なら、まだ勤め先なんていくらでもあるだろ」と水を向けると、弟はぽつりとこぼしはじめます。

「うん、でも面接でさ、前の会社を辞めた理由を聞かれるんだけど、うまく答えられないんだよ」

「辞めたのには理由があるだろ。いじめか? パワハラか?」と兄が聞くと、「そんなんじゃないんだよ。上司も先輩も悪い人じゃないんだけど話が合わないんだよ。なんていうのかな、やり方が古臭いっていうか。変えたがらないっていうか、もっと効率的な仕事の仕方ってあると思うんだけど」と言い出しました。

「じゃあ、はっきり言えばいいじゃないか」と言うと、弟はため息をつきます。

「俺の言ってることがわからないらしくて、先輩から『お前、生意気だ』って目で見られちゃうんだよ。もう、日本の会社ってどこも同じじゃないかと思えてきてさ。うちの親父も同じタイプだろ。違う考え方の人たちに触れたくなったんだ。俺も1年で2回も転職しちゃって次は3回目じゃないか。こうみえても必死なんだよ」

コンサル企業に勤める兄は、弟の言葉にハッとします。自分もコンサル先で同じような経験を何度もしており、現場のDXもなかなか進まず、苦情を受けることもしばしば。弟の嘆きは、まさに彼自身が現場で感じていた“日本企業の限界”そのものだったのです。

社内でコミュニケーション問題が生じる根本原因

なぜ、このようなコミュニケーション不全が起きるのでしょうか。その背景には二つの大きな壁が存在します。

1.ITリテラシーの差

大学等でデータ活用やプログラミングを学んだ若手にとって、ITツールを使った効率的な業務遂行やデータに基づいた意思決定は「当然の前提」です。一方で、ITスキルにそれほど長けていない上司の場合、新しい技術への理解が乏しいことがあります。両者はそれぞれIT用語の理解度に差があるため、意思疎通自体が困難になることも。

2.業務遂行に対する価値観の違い

ITを活用した問題解決を学んできた若手は、非効率な手作業や慣例にとらわれた業務フローに違和感を抱きやすいでしょう。一方の上司は長年の経験やこれまでの慣習に基づいて業務を進めることを重視する傾向があり、ITを活用した新しいやり方への移行に抵抗を感じるケースがあります。このズレは、もはや「違う国の人」と話しているような感覚を生み出し、相手の言っていることや考え方がわからなくなっているのです。

企業でDXが失敗する問題にも通じる

これはDXの現場でも同様です。経営者が、Aさんの長男のような外部のITのプロに丸投げしても、現場の従業員が「なんでいままでと同じやり方じゃダメなんだ?」「よけい面倒なんだよ」などと拒絶すれば、DXは進みません。実際に失敗する企業は7〜8割に上るともいわれます。既存社員が共通言語としてのITスキルを植え付けて、同じ土俵で話ができるようにしなければ、企業はコストばかりを垂れ流すことになるでしょう。企業ごとにそれぞれのやり方がありますから、DX化現場の協力や知識がなければ、成功しません。

決してワガママとは言い切れない若手の離職

優秀な人材ほど自身の成長機会や適正な評価を重視するため、ITスキルの格差がある環境では不満や停滞を感じ、早期に転職を検討します。ITエンジニアの7割以上が入社後にギャップを感じて退職を考えるというデータもあります。

さらに、「2029年問題」が追い打ちをかけます。2022年度から高校で必修化された「情報I」を履修した世代が、大学を卒業して社会に出てくる2029年。この世代はプログラミングやデータ分析の基礎を高校で学び、高いデジタルリテラシーを持っています。日本のIT人材不足は深刻です。経済産業省は2030年には最大79万人ものIT人材が不足すると予測発表しているなか、ITスキルのある若手の争奪戦は激化するでしょう。彼らを受け入れる体制がなければ、高いコストをかけて優秀な若手をせっかく獲得できたとしても、既存社員とのあいだに大きなギャップが生じ、Aさんの次男のケースのようにすぐ退職されては、企業の損失は計り知れません。

また、現在直面しているイラン情勢悪化のような地政学リスクは、サイバー攻撃のリスクも同時に増大させます。地政学リスクを前提とした経営戦略には、セキュリティをはじめとする従業員のITスキル教育が不可欠。なぜなら、現代のビジネス環境において、ITが経営のあらゆる側面に深く関わっているからです。地政学リスクが高まる複雑な世界情勢において、企業が持続的な成長を実現するためには、ITスキルを単なる業務効率化のツールではなく、経営戦略の根幹を支える要素として認識しなければなりません。

企業はIT人材の育成・活用が急務となります。企業側は、こうしたITスキル格差を解消し、若手社員が働きやすく成長できる環境を整備することが、早期離職を防ぐうえで重要です。

従業員が前向きにIT教育を受けるには

とはいえ、既存社員にIT教育を強いても反発は必至です。筆者が長年社会人向けに国家試験やプログラミングの指導をしてきた経験上、嫌がる人たちに最も有効なのは「お金の話」を絡めることです。

たとえば、現在はイラン攻撃の影響でガソリン高や物価上昇、為替や株価まで影響が出ていますよね。ホルムズ海峡封鎖では、今後の原料高騰に頭を悩ます企業も多いでしょう。つまり、従業員にとっても為替・金利・株価の知識は重要です。また、2029年という年は、変動金利型ローンの5年ルールである猶予期間が終了し、返済額がアップする年。プログラミング実習で「自分のローン計算」をしてもらうと、驚くほど前向きに取り組んでくれて、従業員の不安に寄り添う福利厚生にもなります。

離脱されない工夫をすることが重要です。

ITスキルがないと転職できない時代に

先日、みずほFGが事務職5,000人の削減を発表しましたが、特に2029年以降は「ITスキルがあって当たり前」の時代に突入するため、ほかの企業でも事務職などのホワイトカラーの削減は増え、ITスキルがないと転職も難しくなってくるでしょう。

AIの発達もすさまじいですから、企業だけでなくいまのうちに個人でもスキルアップしておかないと、収入ダウンと住宅ローン返済額アップのダブルパンチが待ち受けているかもしれません。

次男のその後

突拍子もなくみえた弟のアメリカ留学発言は、彼なりに考えた末の結論だったようです。弟の気持ちを理解した長男は、そっと肩を叩きました。

「親父も給料がだいぶ下がったらしいから大変なんだと思う。海外留学は諦めろよ。どうしても行きたいなら自分で金を貯めて行きな。その代わり、大学時代の友達がIT企業を立ち上げたから紹介してやるよ。年も近い奴らばっかりだからうまくいくかもしれない。うちの会社からも仕事を回す予定だからしっかりやれよ!」

父親世代・息子世代、そして企業におけるそれぞれの「現状の問題」はつながっている

特に若手にとって、いまは売り手市場かもしれませんが、原油高騰による不景気の影も忍び寄っています。不景気になったり、年齢を重ねたりすると、転職も難しくなる可能性が高いです。Aさんの次男のように、話が通じるITスキルを持つ兄がいなければ、彼は“転職ジプシー”として迷走していたかもしれません。

Aさんの次男は優秀な方ですが、こういった人たちがワガママからでは決してなく、企業内のIT格差の理由から転職を繰り返してしまうのは、企業だけでなく日本の損失だと切に感じました。もし、企業がIT教育を既存社員に行っていて、Aさんが長男のように次男の気持ちを理解できていたら、Aさんは400万円という金額に悩むこともありませんでしたし、次男も日本を脱出したいとまで思い詰めることもなかったでしょう。

イラン情勢など、地政学リスクが年々重要度を増すなか、企業がITスキル格差の問題をおろそかにすることは、企業の将来に致命的な影響をおよぼします。ホルムズ海峡封鎖という大きなリスクに対し、企業と従業員が一丸となって対応するためにも、まずは「共通言語」を持つことから始めるべきではないでしょうか。

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表