−この結婚、本当に正解だった?−

かつては見つめ合うことに夢中であった恋人同士が結婚し、夫婦になる。

非日常であったはずのときめきは日常となり、生活の中でみるみる色褪せていってしまう…。

危機を無事に乗り越える夫婦と、終わりを迎えてしまう夫婦。その違いは一体、どこにあるのか−?

これまでそろそろ二人目を…と考える妻・花苗と、スタイリッシュに生きるために、一人っ子がよいと考える夫・和明の主張を聞いた。

今回は、「転職なんて聞いてない!」と憤る妻・玲奈の言い分。




危機事例? 夫の転職を受け止められない妻


【北野家・結婚3年目の事情】

妻:玲奈(仮名)
年齢:29歳
職業:専業主婦

夫:崇之(仮名)
年齢:34歳
職業:外資系投資銀行

晴天に恵まれた冬の午後、外苑のいちょう並木に面した『シェイクシャック』で、北野玲奈はひとりランチを済ませていた。

「午前中はヨガに行ってきたんですが、お腹が空いちゃって。ハンバーガーなんか食べていたら、運動した意味ないですよね(笑)」

玲奈は自虐的にそう言いながら笑う。

しかし薄手のニットにデニムという装いの彼女の体つきは非常に華奢で、ダイエットなどまるで必要のないスタイルをしている。

それを伝えると、玲奈は「いやいや」と形だけ謙遜を見せた後、こんな風に言った。

「実は私、あまり体力がなくて…。ダイエットしなきゃというのもありますが、どちらかというとヨガは、これ以上体力が落ちないようにという意味が大きいですね。私、結婚前はラグジュアリーブランドで販売員をしていたんですが、腰痛に悩まされたり体調を崩しがちで…それで、結婚を機に退職したんです」

玲奈は3年前、外資系投資銀行勤務の崇之と結婚。現在は六本木の高級マンションでDINKSライフを満喫しているそうだ。

豊かで自由な専業主婦暮らし。手入れの行き届いた艶々の髪、綺麗なフレンチネイル。

玲奈を眺めていると“勝ち組の女”というワードが自然と頭に浮かんできた。


都会で暮らす自由で気ままな主婦。しかしそんな玲奈に、突如信じられない事件が起こる…?


「崇之との出会いは、いわゆるお食事会です。一緒に販売員をしていた先輩がセッティングしてくれたんですが、初対面で彼のほうが私をすごく気に入ったみたいで猛アプローチを受けました。そして付き合って半年後にプロポーズされたんです」

玲奈は、特に照れも遠慮も見せず、崇之との馴れ初めをそんな風に語った。

白く透明感のある肌、大きく印象的な瞳、程よく血色のある唇…ほとんど化粧もしておらず、着飾ってもいないのに、玲奈の横顔には同性でも見惚れてしまうほどの華がある。

“モテる女”として、恋に不自由せず生きてきた女性という佇まいだ。

その証拠に、玲奈はこんな裏話を教えてくれた。




「実は崇之と出会ったとき、別に付き合っている人がいたんです、私。ただその彼は自分で起業したばかりのスタートアップ男で。それに正直、彼が成功するイメージを持てなかったんですよね。気も合うし一緒にいて楽しかったんですが、結婚は考えられなくて…」

客観的に話を聞いていると、その元彼が不憫でならないのだが、玲奈は淡々と話を続ける。

「そんな時に崇之と出会って猛アプローチをされたので…もちろん迷いもありましたが、最終的には崇之を選ぶことに決めました」

批判の声もあるかもしれないが、現実問題、女性の人生が選ぶ男で変わるのは事実である。崇之は有名私大を卒業し、外資系投資銀行に勤め、さらには見た目も爽やか。アラサー女性が結婚相手として選ぶには、申し分ない条件を兼ね備えている。

玲奈の話によると、確かに最初から多少強引なところはあったという。

小さなことでいうとレストランにしても旅の行き先にしても「どこ行きたい?」と玲奈に尋ねることはほとんどなく、すべて「俺、ここ行きたい」と主張を押し付ける。

結婚式をどうするかについて話し合った時も「ハワイウェディングもいいかも」と提案した玲奈の意見はあっさり無視され「祖父母に海外は厳しいし、仕事仲間も友達も幅広く呼びたいから国内ホテル一択だな」と言われた。

しかし玲奈はよくよくわかっていた。世の中に完璧な男などいない。

一方に秀でれば一方が劣るのは当たり前で、それゆえ崇之の少々“俺様気質”な部分には目を瞑ることにしたのだ。

「結婚後も、私がこうして今優雅にしていられるのは崇之のおかげ。この結婚は間違いじゃなかった、正しい決断をしたと思っていました。彼が突然、信じられない報告をしてくるまでは…」


外資系投資銀行勤務の夫・崇之が妻に言った、信じられない報告とは


それは、数日前、本当に突然の出来事だったという。

「俺、会社辞めて転職するから」

出勤前、玲奈の準備した朝食を食べながら、崇之は「今日も遅くなるよ」と告げたあと、ほとんど声色を変えずにそう言った。

「え…!?」
「会社を辞めるって、どうして」
「何があったの」

寝耳に水の報告に驚き、動揺し、焦る玲奈は崇之を質問攻めにした。

当然である。六本木の高級マンションで暮らす、この優雅で自由な生活は、崇之が今の会社、つまり外資系投資銀行で高給を稼いでいるからこそ実現できているのだ。彼が今の仕事を辞めてしまったら、この生活は一体どうなるのか。

しかし崇之はというと、不安をぶつける玲奈の言葉を鬱陶しいと言わんばかりに途中で遮り「大丈夫だから」「また説明する」などと曖昧なことを言って自宅を出ていってしまったという。




「その日のあいだ中、私もう気になって気になって仕方がなくて…。夜、崇之は予定より少し早く帰宅して、彼の考えを話してはくれたんですが、私はまったく納得できませんでした」

崇之は新卒で入社し、10年以上同じ外資系投資銀行に勤務している。これは業界的に割と珍しいことで、同期のほとんどは同業他社やファンドに移っているのだ。

そのことは玲奈ももちろん知っている。それゆえ別に、崇之が転職をすること自体に反対というわけではない。

引っかかるのは彼が挙げた転職先だった。

「学生時代の同級生が代表を務める飲食チェーンに、役員として移るというんです。確かにその会社は都内でオシャレなカフェレストランを展開していて勢いがあるし、拡大路線だということは知っています。でも崇之のような経歴を持つ男が、わざわざその会社に身を置かなくてもいいと思いませんか?」

玲奈は、その美しい眉を思い切りしかめ、訴えるような声を出す。

「私は外資系投資銀行に勤めるエリートである崇之と結婚したんですよ。こんなことを言うと条件と結婚したのか、なんて言われてしまうのかもしれませんが、どんな仕事に就いているかというのはその人のパーソナリティの大きな要素でしょう?」

まあ、彼女の言い分は理解できなくもない。しかし崇之は厳しい外資金融の世界で10年以上も勤務し続けた男なのだ。心配しなくても、別業界でも十分に活躍し、しっかり稼いでくれるのではないだろうか。

「条件ダウンでの転職なんてありえないし、今と同じかそれ以上稼ぐのは当然ですよね。ただ稼ぎの話とは別で、もし出会った時の崇之がベンチャー規模の飲食業界で働いている男だったら私、前の彼と別れなかったかもしれない。私はやっぱりエリートの崇之が好きなんです」

深くため息をつき、「どうしたものか」といった表情で頭を振る玲奈。

まるで違う業界への転職を勝手に決めてしまった夫。予想もしていなかった現実を、玲奈が受け入れられるかどうか。

北野夫妻は今まさに、夫婦の絆が試されている。

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最終回:俺様気質の夫が、勝手に転職を決めた理由