発売11カ月で世界200万部、そのうち4分の1が日本で売れている(2019年12月時点)『FACTFULNESS』。同書は、私たちの世界に関する「勘違い」を「10の本能」に分類している。今回、その10の本能を現代ニュースに絡めて紹介していく。第2回は「過大視本能」だ――。(全10回)
▼過大視本能
「目の前の数字がいちばん重要だ」という思い込み
「人はみんな、物事の大きさを判断するのが下手くそだ」とロスリングはいう。人々は身近なただひとつの事実を自分の視界に入らないその他の事実よりも重要だと捉えがちなのだ。例えば医療リソースの少ない地域では、医師が目の前の患者に死力を尽くすより、衛生観念を周知したほうがより多くの命を救うことができる。目の前の事実を過剰に重要だと思い込まず、よりよい結果を得るためには、数字を比較したり割合を把握したりすることが重要だ。

■炎上の積極的参加者は4万人中たったの……

非難が殺到し、瞬く間に広がっていく「ネット炎上」。その連なる書き込みを見ていると、国民の大半が怒っているような印象を受けます。どれだけの人が参加しているのでしょうか。

写真=iStock.com/mokee81
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mokee81

芸人のスマイリーキクチ氏は、「殺人事件の犯人」というデマを長い間流され続けました。そして、中傷者が検挙されましたが、その人数は19人。長期間の大規模な炎上のわりには、少ない人数のように思えます。

約4万人のインターネットユーザーを対象にアンケート調査を行ったところ、直近の1年間で炎上に参加した経験のある人は約0.7%しかいませんでした。また、「インターネット人口が約4000万人」「年間の炎上件数が約200件」「1人が平均して2度の炎上事件に参加している」の条件で推定すると、1つの炎上事件に書き込む人は数千人程度と見積もれます。さらにその多くは、ニュースの見出しをコピペし、「これはひどい」とつぶやいて溜飲を下げる程度で、当事者のサイトに直接攻撃を加えるような、極端な炎上加担者ではないのです。

■まるで世論のように見えてくる

一方で、執拗に書き込む人も存在します。先ほどの調査では、「過去1年で、11件以上の炎上に参加して、1件あたり51回以上書き込んだ」という人が4万人中7人だけいました。われわれ調査チームが「スーパーセブン」と呼ぶ彼らの意見が、まるで世論のように見えてくるわけです。

その社会的属性はさまざまでしたが、年齢は35歳以上で、年配の方が多い。また、テレビはあまり見ないで、インターネットをしている時間が圧倒的に長いのが特徴です。共通しているのは、「罪を犯した人は世の中から退場すべきだ」「根本的に間違っている世の中を正してやりたい」など、歪んではいるけれど強い正義感を持っていることでした。

人を貶めて冷笑しようというよりも、自分なりの正義を貫徹したいという欲求があるのです。「自分の人生は理想に近いか」という質問を送り、点数をつけてもらったところ、一般人と点数がたいして変わりませんでした。人生に絶望して、ただただ否定的な言説を唱えているわけではなく、非常に自尊心が強いのです。

ネット炎上を目の当たりにすると、世界が悪意に満ちているように感じるかもしれません。しかし、一部の偏った主張が、実態以上に幅をきかせている、と考えたほうがよいでしょう。

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田中 辰雄(たなか・たつお)
慶應義塾大学経済学部教授
1957年、東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科単位取得退学。コロンビア大学客員研究員などを経て、現職。専攻は計量経済学。
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(慶應義塾大学経済学部教授 田中 辰雄 構成=鈴木 工)