「登板日は今も感極まって」マエケン妻・早穂。夜7時の寝かしつけと手作り弁当で支えたメジャー10年
「これから投げてくるね」。遠征先からの夫の電話を合図に、子どもたちは眠りにつく。メジャー移籍から10年。前田健太選手の妻・早穂さんの現地での生活は華やかなスタンド観戦ではなく「夜7時の寝かしつけ」と「手作り弁当」という日常でした。登板日に溢れる涙の理由と、異国の地で貫いた自分らしい支え方。マエケン家族を支えた10年間の舞台裏を伺いました。
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5回まで観戦してダッシュで帰宅「夜7時の寝かしつけ」を優先し
── 2015年に渡米した際、娘さんはまだ2歳。そこから2025年までの10年間で、アメリカで息子さんも誕生しました。メジャーリーガーは遠征で月の半分は家を空ける過酷なスケジュール。お子さんたちと過ごす時間はありましたか?
早穂さん:家族揃ってご飯を食べる機会は、正直多くはありませんでした。それでも遠征に行くたび、試合で登板する前にも「これから投げてくるね」と必ず電話をくれて、子どもたちを安心させていました。短い時間でも父親としての役割をとても大切にしていたと思います。
子どもたちの学校が休みの日には、夫が練習している場所まで会いに行きましたし、シーズンオフになると、練習後に合流して、遊園地や公園に出かけるなど、出来る限り家族の時間を作ってくれました。限られた時間だからこそ、一緒に過ごすひとときがより濃いものになっていたように感じます。
── お子さんにすごく優しそうなイメージがあります。
早穂さん:本当にその通りで、基本的に怒ることはなく、とても穏やかな人です。それに、普段あまり家にいないのに子どもを厳しく叱るのは、親子関係にも影響してしまうので、そこは私が担当しています。「家では優しいお父さんでいてね」と伝えていて、子どもたちにとって安心できる存在でいてもらえたらと思っています。
外食に行くと、どちらがパパの隣に座るか喧嘩になるほど、子どもたちはパパが大好きです。父親の仕事ぶりを間近で見る機会は、普通はなかなかないかもしれませんが、我が家の場合は良い時も悪い時もすべて見えてしまうからこそ、たとえ試合で打たれても、決して諦めずに努力を続ける姿を見せてくれたので、子どもたちには尊敬の気持ちが自然と育っているのだと思います。
── ご家族で球場に応援に行かれましたか?選手の妻が球場で応援する姿も話題になりますが、日本とアメリカでは妻の関わり方は違いますか?
早穂さん:夫が先発で登板する日に球場に行くことが多かったです。子どもが小さい頃は夜7時頃には寝かせていたので、毎日試合を見ることがなかなか難しくて。観戦した日も試合の途中で切り上げて、子どもの生活リズムを一定にするようにしました。
また、私と子どもたちは夕方5時頃に夕食をとっていましたが、深夜に帰宅する夫にも温かい食事をしてほしかったので、子どもが寝た後に夫の夕食の仕上げをするのがルーティンでした。
いっぽう、アメリカでは球場に足を運ぶご家族も多く、「ファミリールーム」という託児所のような場所に球団が雇ったベビーシッターがいて、そこに子どもを預けて応援する方が大半でした。「ホームスクーリング」(家を拠点として行う教育方法)をされているご家庭はすべての遠征に家族で一緒に行っていましたし、家族の関わり方もとても多様だと感じました。
奥様会に行っても行かなくても。「人は人」という空気に救われた
── アメリカでは「奥様会(ワイブスミーティング)」という独特の文化があります。ドジャース時代は特に盛んで、一度に20~30人ほど集まることもあったそうですね。
早穂さん:奥様会のメインはボランティア活動ですが、家族が球場やキャンプ地で楽しめるファミリーデーというイベントやオーナーが主催するチャリティパーティなど、家族が参加するイベントが多くて、最初は驚きました。1年目は何とかこのチームに馴染みたいと意気込み、ほとんどの活動に参加しました。その後、2018年に長男の出産があり参加できないこともありましたが、それで気まずくはならず、とても居心地の良い環境でした。
日本だと「毎回顔を出した方がいいかな」と周囲を気にしてしまいそうですが、アメリカの自由な雰囲気に救われましたね。
手作り弁当に全米が驚愕?メジャーで貫いた「食のサポート」
── 料理に関しても意識が違うそうですね。
早穂さん:メジャーリーグの選手は球場で用意してくれるビュッフェスタイルの食事を持ち帰り食べる方が大半でした。娘の学校の保護者の方も、ヴィーガンや冷凍食品を多用している家庭、シェフを雇っているなど、それぞれの家庭でいろいろなスタイルがあり、料理に対する価値観も多様だと感じました。
そんななかで、夫が登板後に私が作ったお弁当を食べていると「すごいね、美味しそう!」と周りの選手やご家庭が声を掛けてくださったそうです。お弁当は、試合後にすぐに栄養補給して回復力を高められるように考えて作っていました。私はもともと料理が好きで楽しみながら作っていただけですが、そうした「日本の家庭料理」が夫のコンディションだけではなく、気持ちの面でも支えになっていたのかと思うと、とても嬉しかったですね。
「登板できるのは、当たり前じゃない」。10年祈り続けた初登板の日
── 旦那さんの活躍を10年間、一番近くで見守り続けてきた今の心境は?
早穂さん:メジャーに来てからグランドに立てることは当たり前ではないと、より強く感じるようになりました。何千と選手がいる中でベンチ入りし、先発を任されるのはごくわずかです。その厳しさを日々目の当たりにしてきて、一つひとつの登板がどれほど尊いものか実感しています。
夫がシーズン初登板を迎える日は、今でも感謝の気持ちが込み上げてきて、思わず感極まってしまいます。無事にその日を迎えられることが、決して当たり前ではないとわかっているからこそ、10年間祈るような気持ちで見守ってきました。
昨年帰国し、今年から東北楽天ゴールデンイーグルスの一員として、日本で新たなスタートを切ります。環境は変わっても変わらず夫を支えながら、家族で一日一日を大切に過ごしたい。今はその一心です。
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周りのスタイルに合わせるのではなく、自分が納得できる形で大切な人を支える。それは、異国の地で試行錯誤した彼女が見つけた、揺るぎない「自分軸」の答えだったのかもしれません。
皆さんは、周囲の「当たり前」に流されそうになったとき、自分なりの大切にしたい信念を、どう守っていますか?
取材・文:松永怜 写真:前田早穂 撮影:矢島太輔

