〈イオン熊本爆発〉「遺族への当初説明は…保身みたいなところがあった」ハビタ幹部が謝罪告白「建物内に戻りたいと本人は言ってなかった」
熊本地震の直後にイオンモール熊本(嘉島町)でガス漏れが原因となった可能性がある爆発が起き7人が死亡した事故で、亡くなった大竹玖瑠美さん(22)とBさんの2人の女性従業員が勤めていたコスメ・生活雑貨セレクトショップ「ハビタ」の幹部が集英社オンラインの取材に応じた。
【写真でみる熊本地震】「私の指示がなければ、こういうことは起こらなかった」と語った取締役営業部長の湯瀬剛二氏、悲しみに溢れていた葬儀、八代市、宇城市の震災の爪痕など
幹部は当初、大竹さんが爆発前に「荷物を取りに(店に)戻りたい」と話していたと遺族に伝えていたが、発言した事実は確認しておらず、当時の説明は自身の推測に基づくものだったと認めた。この説明を遺族にしたことにも「思い込みと保身もありました。本当に申し訳ない」と謝罪を口にした。
「私の指示がなければ、こういうことは起こらなかった…間違いのない事実」
取材に応じた幹部は取締役営業部長の湯瀬剛二氏。7月28日夕の地震直後、イオンモール熊本店で当日休暇を取っていた店長に電話で、可能なら売上金を2階の店舗から1階の金庫に移すよう指示した。この指示を店長から伝えられた大竹さんとBさんが店に戻ったところで爆発が起きた。
湯瀬氏は取材に対し、「私の指示がなければ、こういうことは起こらなかった。それはもう間違いのない事実だと思っております。本当に申し訳ございません。お詫びするしかありません」と謝罪の言葉を口にした。
またこの認識を遺族に書面で伝えていると説明した。
指示に至った経緯について、湯瀬氏は当時自身が置かれた状況から判断したと説明する。地震発生時にイオンモール熊本から北北東に約14キロ離れた菊陽町のハビタ菊陽店の店舗のそばにいた湯瀬氏は地震に驚き、すぐに店に入ったという。
「その店では商品が10数点、棚から落ちた程度でした。お客様の避難誘導をして一度外に出ましたが、店が入る建物の支配人から、中に入って整理をしてもいいと言われたので従業員は全員店に戻りました。そこで売上金を店の脇のバックヤードにある金庫に入れるよう店長に指示し、再び外へ出たのです」(湯瀬氏、以下同)
菊陽町の震度は「5強」。嘉島町では「6強」を観測し、イオンモール熊本の発表では、天井や外壁の一部が落下し、スプリンクラーが作動する被害が確認されるなど、一部商品が棚から落ちる程度では済まない被害が出ていたとみられる。
建物外に出た湯瀬氏は地震発生から5分後の午後4時32分から、他の6店舗の関係者に順次状況を尋ねる電話を入れる。
「このうち2店舗は従業員が避難しなかったほど被害が軽微で、避難が行なわれた残り4店すべてに売上金を金庫に保管するよう依頼。イオンモール熊本店に対しては休暇中の店長に指示を伝えたという。
避難したと聞き『もし戻れるのであれば、レジの売上金を金庫に入れて、それから帰宅してほしい。無理ならいいです。建物に入れる許可が得られたら』という指示を出しました。このうちイオンモール熊本店の店長とは最初(電話が)つながらなかったのですが、LINE通話で連絡がとれ、(大竹さんとBさんの)安否確認はとれたと聞きました。
そこで安心して電話を一度切ったのですが、イオン側から業務用アプリで『本日は営業中止します』というお知らせが届きましたというメッセージが店長からLINEで届き、もう1回店長に連絡して話をしました」
「もし戻れるのであれば売上金を金庫に保管してほしい」
大竹さんとBさんがモール内に入る原因となるこの電話の内容については、2人の遺族に渡した書面にも記載したと湯瀬氏は説明した。
「『休業の件は了解しました。とはいえ状況どうなの? 戻れるの?』みたいな話を(私が)しまして、(店長は)『ちょっとわからないです』ということでした。
それで(私から)『もし戻れるのであれば売上金を金庫に保管してほしい。無理なら全然いいです。可能な範囲で。ただ、イオンが戻っていいと言わない限りは入ったらダメなので、その時は荷物があったとしても我慢してもらってください』と(伝えました)」
入居する建物からの避難が行なわれた店に、「可能なら」と条件を付けながらもなぜそのような指示をしたのか。上野景真社長とは爆発の前は連絡を取っておらず、入金に関する判断は自分がしたと湯瀬氏は強調する。
「私が避難していた場所で(そこの)支配人から『入っていい』という指示が出たもんですから、(他の店が入っている商業施設でも)そういう指示、もしくは入口に管理者が立って『数分なら入っていい』とか『ダメです』という対応をしてくれていると思っておりました」
そう話す湯瀬氏は、ハビタは災害時の対応マニュアルを持っておらず、イオンモール熊本店はイオンのルールと指示に従うことにしていたと説明する。
だがイオンの吉⽥昭夫社長は7月29日の記者会見で、「⼀旦避難をした者は館内に⼊らないというのが我々のマニュアルのルールになっております」と言明している。
「防災訓練には必ず参加するようになっておりまして、そこでの確認というのはされています」と湯瀬氏は言うが、再入館禁止ルールを店長や亡くなった2人が認識していたかどうかはいまだに「確認はできておりません」との答えだ。
遺族に誤った説明をしたことも認め、謝罪
湯瀬氏の指示は店長からBさんに伝えられたという。そしてBさんと一緒に店へ向かった大竹さんは、再入館する直前、偶然会った親戚に「金庫に入れに行かないといけない。会社の人に頼まれた」と話したと別の遺族が一部メディアに証言している。
この言葉が事実なら、大竹さんは業務命令上の依頼として受け止めていた可能性がある。
さらに湯瀬氏は、遺族に誤った説明をしたことも認め謝罪した。
大竹さんが被害にあったことがわかった直後、湯瀬氏は家族に対し、大竹さんが再入館前に「荷物を取りに戻りたい」と言っていたと伝えている。
大竹さんが再入館した理由はこれだ、との趣旨で説明したのか、と尋ねると湯瀬氏は「そういう説明の仕方になっていると思います」と認めた。
地元記者もこう解説する。
「8月2日にハビタが入金指示をしたと認めた際、大竹さんの遺族は、荷物を取りに行ったということよりも『売上⾦を⾦庫に⼊れてくれ、と言ったのが先ですね』と質し、湯瀬氏は『先です』と認めています」(地元記者)
「正直なところ、私の保身みたいなところもあったと思うんです」
だが集英社オンラインが「荷物を取りに戻りたい」という発言自体があったのかと確認すると、湯瀬氏は「正確に言うと、なかった」と話した。
「地震の時、大竹さんは休憩中で、荷物(私物)を持って店の外におられましたが、すぐ店に戻ってお客様2名の対応(避難誘導)をしています。そのため外に出た時も大竹さんは荷物は持っていました。Bさんはすぐ避難誘導に入って携帯電話しか持って出られなかったと店長に伝えていました。
爆発後に店長からそう聞いて、私は荷物を取りたいんだろうなと思い込んでしまって。正直なところ、私の保身みたいなところもあったと思うんです。本当に申し訳ない」
湯瀬氏は、Bさんも私物を取りに戻りたいとは「おっしゃっておりません」と明言し、大竹さんもBさんも店内に戻りたいという意思表示はしていないことを確認した。
イオンが避難後の再入館を禁じていたなか、2人がなぜ館内に戻ることになったのか。安全管理の実態と地震発生から爆発までの現場の状況について、さらなる検証が求められる。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

