【就活解禁】自分に向いた仕事など、20歳でわかるはずがない!
例年ならば10月1日から始まっていた「大卒予定者を対象とする企業説明会」が、2カ月遅れの12月1日から始まった。説明会の解禁日が遅れたのは、経団連が「採用選考に関する企業の倫理憲章」を見直したことによる。ようは、経団連がおとなの事情で勝手に解禁日を遅らせたことにより、昨年よりも就活期間が2カ月ほど短くなった大学生はあたふたし、選考期間が短縮された企業も困惑しているわけだ。
朝日新聞は、就活が解禁されるのにあたって、「就活する君へ」という連載記事を掲載している。各界の著名人に対して、就活に関するインタビューを行った記事だが、第4回に首都大学東京教授の宮台真司さんが登場し、たいへん真っ当なことを述べている(朝日新聞、2011年12月2日付)。筆者が重要だと思う論点はふたつ。ひとつめは、自分に向いている仕事など「20歳そこそこでわかるわけがな」く、大学生が自分に向く仕事を知ることなど「10年早い」ということ。
自分がどんな仕事に向いているか。どんな仕事をしたいのか。そんなことが20歳前後の大学生にわかるはずがない。自分が目指す仕事をバイト先に選んだ場合など、例外もあるとは思う。だが、まともに社会で働いたことがないのに、働く前から自分が何に向いているのかなど、わかっているほうが異常なのではないか。
つまり、大卒で働き出して始める仕事は、いうなれば「就職(仮)」とでも言えるものであり、働き続けるなかでやりたい仕事や自分に向いている仕事が具体化してくるものではないか。そうなると、具体化したあとの「転職」が就活並みに重要とならざるをえない。しかし、日本ではいまだに転職の壁は厚く、大卒で入った会社に継続して在籍することをよしとするような風潮がある。
宮台さんが言うように、大卒後の10年くらいは自分が向く仕事を模索し続け、見つかったら新たにその道を走っていけるような仕組みを企業の側が作る必要があると筆者は思う。そうしなければ、向いてようが向いてなかろうが、大卒で入った会社に居続ける必要が生じ、それはその個人にとっても社会にとっても損失になると筆者は考えている。
ふたつめは、「安心して帰れて、自分が自分らしくいられる『ホームベース』をつくる力」の大切さであり、そのホームベースになりうるのは「家庭、友人関係、地域の共同体など」だと宮台さんが言っている。「なにを幸せとするかは人それぞれ」だが、「仕事さえうまくけば幸せ、という人生はありえない」のである。
おそらく、その「ホームベース」の大切さも、大学を出てから10年くらい経たないとわからないことかもしれない。逆にいえば、大卒後の10年は試行錯誤を続け、そのあと自分に向く仕事に就き、しっかりとしたホームベースをつくるというのが理想だと言えるのかもしれない。記事を読むと、宮台さんが就活をしている大学生たちに「あせるな!」と言っているようにも思える。
一点だけ筆者の考えを付け加えれば、超就職氷河期と呼ばれる状況のなかでたとえ就職がままならない学生がいたとしても、状況を俯瞰して見た場合、それはその学生のせいではないという点である。あらゆる学生が就職できるような状況を準備できなかった企業に、そして社会の側に、その責任があることを忘れてはならない。
ちなみに、「就活する君へ」連載第1回の冒頭に「人生を左右するシューカツ(就職活動)」などと書かれているが、これまで6回ほど転職したなか、30歳代半ばの5回目あたりの転職で自分が向いている仕事を見つけ現在も続けている筆者には、シューカツが人生を左右するなんてまったく思えない。
(谷川 茂)