米国発『ブルーカラーミリオネア』の真実! AI恐れる若者が「現場」へ…日本で起きない裏事情

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米Z世代が狙う現場の億万長者

昨年の11月ごろから、メディアや求人サイトで取り上げられているアメリカの「ブルーカラービリオネア」なる現象。

「アメリカでは今、AIの進化や深刻な人手不足で技能職の価値と賃金が上昇し、ホワイトカラーからブルーカラーへの労働者の移動が加速」「現場仕事で年収1000万円超えを実現」――。そんなニュアンスの報道が目立つが、アメリカで起きている現象の本質は、それほど単純ではなさそうだ。

日本のメディアは、必ずしも事実を正確に伝えているとは言えません

そう指摘するのは、中央大学物理学科の田口善弘教授。物理学者でありながら、機械学習やバイオインフォマティクスといった最先端のデータサイエンスを専門とする異色の研究者だ。近年は人工知能や認知科学にも関心を広げ、昨年11月には「アメリカのZ世代が目指すブルーカラー億万長者の光と影」をテーマにnoteでレポートを発信している。

日本ではあたかも、アメリカでブルーカラーとホワイトカラーの賃金が逆転し、技能職への転職者が急増しているかのように報じられていますが、統計的には、アメリカでも依然として、大学卒ホワイトカラーの平均年収のほうが高い。

ブルーカラービリオネアという用語も、そもそもはいわゆる政治的造語で、アメリカの若者が目指しているのはビリオネアではなくミリオネア。つまり、10億ドル(約1600億円)長者ではなく100万ドル(約1億6000万円)長者です(田口教授・以下同)

では、アメリカでなぜ「ブルーカラーミリオネア」が現実となっているのか。田口教授はnoteでアメリカの現状を次のように報告している。

アメリカのZ世代の間で、4年制大学の法外な学費と学生ローン負債の問題が深刻化。さらに、ホワイトカラーの仕事がAIによって自動化されることへの危機感が高まり、大学進学は「高リスクな投資」と見なされている。

実際、Z世代の4年制大学離れが進み、職業訓練に特化した公立2年制大学の’25年入学者数は、’20年比で約20%の増加を記録した。

ベビーブーマー世代の大量退職により、建設や空調、配管などの現場で深刻な労働力不足が発生。賃金が高騰し、年収10万ドル(約1600万円)超えも珍しくない。

アメリカのZ世代は、今や大卒ホワイトカラーのルートは高リスク、技能を身につけてブルーカラー職に進むルートこそ低リスクであると考えています。

この世代が目指すブルーカラーミリオネア像は、単なる高賃金の熟練工ではありません。彼らのキャリアプランには、技能の習得から始め、独立あるいは起業家として成功し、最終的に巨額の富を得るという明確な成功ロードマップが描かれています

Z世代が設定するステップはこうだ。

1 技能を学びながら稼ぐ

2 一人前の熟練工になり、安定した高収入を確保する

3 独立して自分のビジネスを始める

アメリカでは現在、プライベート・エクイティ(PE)ファンド(未公開株投資ファンド)が小規模事業所を積極的に買収。ビジネスを成功させた技能職の起業家は最終的に、強力な買い手であるPEファンドに会社を売却することで、文字通りの「ミリオネア」となっている。

これが、アメリカで起きているブルーカラーミリオネアの実態である。

果たして、日本でも同様に、ホワイトカラーからブルーカラーへのシフトや、現場仕事で成功をつかむ「ブルーカラードリーム」は起こり得るのか。

日本で現場職ドリームは幻か

月給70万円以上の求人数は、ホワイトカラーがブルーカラーの約7倍にのぼる――。

日本の求人ビッグデータを提供する株式会社フロッグ(東京都千代田区)が、4月に発表した「ブルーカラービリオネア 日本での実態調査レポート」で上記の現状を明らかにした。

同社マーケティングチームの秋元真衣さんはこう解説する。

’25年3月から今年3月までの『職種大分類別の求人数』の伸び率は、上位3位をブルーカラー職種が占めています。昨今の人手不足で、ブルーカラーの需要は確実に増えています。

ただ、月給50万円台以上の求人数は、ホワイトカラーがブルーカラーの約4.8倍。年収1000万円に近い水準の月給70万円以上では、両者の差がさらに大きくなっています

求人数の伸び率はブルーカラーに勢いがあるものの、同じ1年間の「職種大分類別の平均月給」の伸び率は「ITエンジニア」「コンサル」「営業・事務」のホワイトカラーが上位3位を占める。やはり日本でも、ホワイトカラーとブルーカラーの「賃金の逆転」は起きていないようだ。

ホワイトカラーからブルーカラーへのシフトに関しては、人材サービスを手がけるレバレジーズ株式会社(東京都渋谷区)が、今年4月に「ブルーカラー職の約5人に1人はホワイトカラーからの転職者」との調査(現在ブルーカラー職に従事する724名を対象に実施)結果を発表している。

ブルーカラー職を選んだ理由は「手に職がつく(13.7%)」が最多。20代では「収入が良い(21.4%)」が最も多く、「AIに代替されにくい安心感がある(14.5%)」が続く。

その一方で、働く前のイメージとのギャップについては、「給与が想定より低かった(39.9%)」がネガティブな回答のトップにあがっている。

レバレジーズ株式会社の調査結果が示す通り、ホワイトカラーからブルーカラーへ転職する人がいることは確かでしょう。とはいえ、増えているとまで言えるかどうか。

アメリカではAIの台頭でホワイトカラーのレイオフが常態化しているため、ブルーカラーに転職するケースが多いようです。日本には終身雇用を前提とした強力な労働者保護のルールがあり、企業は簡単に従業員を解雇できないですし、実際にAI代替に伴う大規模な解雇は起きていません。

現状から考えて、アメリカのような人材移動は起こりにくいのではないでしょうか。まして、アメリカと同じ形でブルーカラービリオネアが生まれるとは考えにくいですね(秋元さん)

人材業界が現場職を推す裏事情

フロッグマーケティングチームの樋口雄哉さんは、日本でブルーカラービリオネアという言葉が注目されている背景について、「人手不足が深刻化する分野に、採用市場の関心が移っていることの表れでは」と見る。

大企業はAIの台頭や先行きの不透明感を見据え、リストラや希望退職を募るなどして年収400万〜600万円のボリューム層(国税庁「民間給与実態統計調査」などより)の雇用を厳選し始めています。企業と求職者の橋渡し役である人材支援サービス会社も、従来のホワイトカラー中心のマッチングだけでは、市場の新たなニーズに応えきれなくなりつつあります。

今、求人情報サイトや転職エージェントなどの人材各社がどこに採用支援の力点を置いているかといえば、深刻な人手不足が続く建設や物流、製造などの業界だと思います。求人サイト上のデータでブルーカラーの求人伸び率が上がっているのは、人材各社が現場の課題解決に向けてマッチングを強化していることの表れではないでしょうか。

雇用の流動化が進む中で、ホワイトカラーのボリューム層にブルーカラーという新たな選択肢を示し、主体的なキャリアチェンジを促したいという意向も、もしかすると企業や人材業界側にあるのかもしれません

しかし、求職者のマインドがそう簡単に企業や人材業界の思惑通りに切り替わるかどうか、はなはだ疑問だ。

求人情報サイトや転職エージェントが『ブルーカラービリオネア』というワードを足がかりに未経験者にアプローチすると同時に、企業が現場の労働環境や待遇の改善を進めていかなければ、ブルーカラー市場での真の需給ギャップは埋まらないだろうと思います(樋口さん)

AI世代が愛想を尽かす日本企業

フロッグ両氏の分析と知見から見えてきた「ブルーカラードリームが起こる可能性は極めて低い」という日本の現実。

前出の田口教授もまた、日本でのブルーカラーミリオネアの誕生を明確に否定する。

アメリカと状況があまりに違いすぎます。日本で同じことが起きるはずがないんです。

アメリカではAIによる失業リスクが顕在化しています。日本の雇用システムは終身雇用と配置転換を前提としたメンバーシップ型で、しかもほとんどの人材が専門性に関係なく雇用される。AIに業務が置き換わっても、ホワイトカラーは別の部署に異動するだけで失業することはありません。

ブルーカラーに分類される業界や業種の構造にも違いがあります。たとえば日本の建設業界には、元請けから下請けへの多重下請け構造が根強く定着していて、現場の施工者に利益が回らない。この多重下請け構造の下で、現場の下請け会社がファンドに高く買収される水準まで事業を成長させることなど、そもそも不可能です(田口教授・以下同)

さらに、日本はアメリカに比べて大学の学費が安い。日本のZ世代が大学進学を「高額な初期投資」、大卒からホワイトカラー職へのルートを「高リスク」と見なすこともないだろう。

アメリカをはじめとする先進国はもともと、スキルのない若年層の失業率が高い傾向にあります。日本では、新卒でスキルがなくても採用される。会社は若手を採用しないと配置転換で人を回せませんし、将来の幹部も確保できなくなってしまいます。AIの導入で若手に経験させる仕事がないから採用せずに済むかというと、そうもいかないわけです

この「新卒一括採用」と「メンバーシップ型雇用」が、日本企業のAI導入を阻む要因の一つとも考えられる。

これから就職する世代は、AIを使うことがもはや当たり前になっています。学生たちを見ていると、会社に入って上の世代と同じやり方で仕事をするのは無理だろうと感じます。職場が旧態依然のままだと、彼らは遅かれ早かれ耐えられなくなり、会社を辞めてしまうかもしれない。

そうなると企業は、AIの導入を急ぐなりして、変わらざるを得ないでしょうね

激動のAI時代を生き抜く条件

日本型雇用慣行は今なお健在で、日本の企業はいわばアメリカより周回遅れの段階にある。今のところホワイトカラーの雇用は手厚く保証されており、あえてリスクを冒してまでブルーカラーへシフトする必要はない。

だが当然ながら、企業内でAIの活用が進めば、ホワイトカラーが置かれる状況も様変わりするはずだ。そのとき問われるのは……。

自分自身が生成AIを使いこなす側の人間になれているかどうかです。

まず、AIを使う経験を積み重ね、AIが生成した内容の誤りを見抜くファクトチェック能力を高めなくてはいけない。『守りのスキル』だけでなく、AIを使って人間にしかできない付加価値を生み出す『攻めの創造力』も必要。

この両輪が揃えば、AIを使いこなす側の人間になれます

さらに「ロボットの問題もある」と田口教授は続ける。

現状では、ロボットはまだ人との置き換えはできませんが、進歩するとブルーカラーの仕事がある程度減る可能性はあります

将来的には、ブルーカラー職も安泰ではないということか。

ロボットがどれくらい進歩し、どんな仕事を得意とするようになるか、おそらく専門家も予言できないと思います。

ロボットが進歩して現場への導入が進んだとしても、人が担う仕事はなくなりません。ロボットに指示を出すのも統率するのも、人間にしかできないですから。ただし、AIと同じように、ロボットを扱うスキルが必要になってくるでしょう

ホワイトカラーであれブルーカラーであれ、定型業務をこなすだけの労働者には厳しい将来が待ち受けているという構図は同じだ。

結局のところ、ホワイトカラーもブルーカラーも問われていることは一緒です。AIやロボットに仕事を奪われると恐れるのではなく、自分の仕事にプラスになるように使えるかどうか。それを使って何ができるか考え続けられれば、どんな時代が来ようと淘汰されることはなく、ハッピーでいられるはずです

大卒ホワイトカラーの「勝ち組」神話もブルーカラードリームも、テクノロジーの発展で等しく書き換えられていく。予測困難なこの時代、とにかく思考を止めることなく生き抜いていくしかない……?

田口善弘(たぐち・よしひろ)中央大学理工学術院基幹理工学部教授。物理学者。バイオインフォマティクス研究で、米国スタンフォード大学による「世界で最も影響力のある研究者トップ2%」に’21〜’25年度まで5年連続で選ばれている。著書に『物理は存在しない』(朝日新書)『知能とはなにか ヒトとAIのあいだ』(講談社現代新書)『砂時計の科学 』(講談社学術文庫)など。

取材・文:斉藤さゆり