児童文学やファンタジーが「生きる力」を与える――『冒険者たち』作者・斎藤惇夫さんに聞く“子どもと読書”(1)

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 10月10日に封切られた映画『GAMBA ガンバと仲間たち』は、1972年にアリス館牧新社から出版され、現在は岩波書店から刊行されている日本の児童文学の金字塔『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』が原作だ。

 当時福音館書店で児童文学の編集に携わっていた斎藤惇夫さんは“二足のわらじ”を履いて、『グリックの冒険』『冒険者たち』『ガンバとカワウソの冒険』の3作を執筆。ドブネズミのガンバをはじめとしたユニークな動物のキャラクターたちが知恵と勇気を持って難題に立ち向かっていく「ガンバ」3部作はアニメ化もされ、子どもたちから熱烈な支持を受けた。
 斎藤さんがなぜ動物たちを物語の主役に据えたのかは『グリックの冒険』の「あとがき」に書かれているが、「ガンバ」というファンタジーは動物だったからこそ、子どもたちの心をつかんだのかもしれない。

 そして、映画公開の熱も冷めやらぬ中、10月21日には、オーディオブック版『冒険者たち』がオーディオブック配信サービス「FeBe」で配信開始した。ガンバたちの冒険を「音」で楽しむことができる。子どもの頃に慣れ親しんでいる「読み聞かせ」を通して、ガンバの世界を体験できる。

 今回、新刊JP編集部は斎藤惇夫さんにインタビューを行い、「ガンバ」の創作秘話から、児童文学の現在、そして「読み聞かせ」の力まで、「子どもと読書」をテーマにお話をうかがった。3回に分けてお送りするインタビュー、今回は前編だ。
(金井元貴/新刊JP編集部、取材場所=コミュニケーションプラザ ドットDNP)

■児童文学やファンタジーは「生きる力」を与えてくれる

――10月10日の映画封切りとともに、21日にはオーディオブック版がリリースされた『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』ですが、1972年の刊行以来、40年以上にもわたって子どもたちから支持を受けている理由はなんだと思いますか?

斎藤:実は書いた本人はさっぱり分からなくて、どうしてこんなに愛してくれるんだろうと思うことがあります。
この作品が出版されたときは、ずいぶん子どもたちから手紙をいただきました。「生まれて初めてこんなに長いものを読んだ」とか、「次にどうなるか分からないから面白くたまらなかった」、「ノロイが怖かった」など、特に男の子からの手紙が多かったのですが、彼らには返事を書いてあげていたんです。それには理由があって、男の子は文章が下手なので大人になったとき、女性からいじめられるだろうから(笑)そういう想いを込めて男の子に応援歌を贈っていました。そうしましたら、最近講演などで地方をまわっていると、40代の男性たちがその頃に返した手紙を持ってあらわれて、「返事がきてとても嬉しかったです」ってそれを見せてくれたりしたんですね。
私は物語が大好きだったものですから、子どもの頃から児童文学に親しんできましたが、ストーリー展開や言葉の使い方は子ども向けだからといってレベルが落ちるわけではありません。そういう文章に感動してきた自分に失礼がないように書きたいという想いがものすごく強かったです。

――そういった姿勢が子どもたちに伝わった。

斎藤:そうでしょうね。そういう想いが積もりに積もって作品になったのが『ガンバ』シリーズでしたから、子どもたちがその部分を受け止めてくれたんじゃないかと思っていますし、子どもたちの成長の仕方はいつの時代も変わらないのではないでしょうか。

――『冒険者たち』のあとがきで、『グリックの冒険』を出されたあと、「続きを書かないと自分で書いちゃうぞ」という“脅迫”の手紙が届いたと書かれていました。すごくいい手紙ですよね。自分で続きを書こうと思うくらいの想像力を子どもたちに与えたということですから。

斎藤:作者としては驚きなのですが(笑)そういう手紙がありました。それに「今度はガンバの話を書いて!」という声が多くて、脇役のガンバのことを注目してくれていた子どもたちがずいぶんいましたね。彼らはガンバが主人公になれるキャラクターだったということを分かっていたのだと思います。
実は私自身、子どもの頃に気になっていたキャラクターが途中で離脱するという経験を結構していて、そのときの悲しさというのはすごかったですね。

――斎藤さんの作品を読むと、ファンタジーや冒険に対しての並々ならぬ熱意を感じます。講演録を本にまとめた『わたしはなぜファンタジーに向かうのか』では、岩波少年文庫に出会ったとき、「胸がはりさけそうな歓び」があったとおっしゃっていますが、この「胸がはりさける」という表現は『ナルニア国物語』作者のC・S・ルイスのものですよね。この言葉にどのような想いを込められているのか教えていただけないでしょうか。

斎藤:一つは子どもの頃に読んだ『たのしい川べ』や『ドリトル先生』もそうですし、ケストナーの諸作品もそうなのですが、読んでいるときに自分は主人公と一緒になって冒険に旅立っていくわけですよね。そして、彼らが遭遇する困難な問題に立ち向かい、なんとかクリアしていく姿を見て、一緒に問題を解決していく歓びを感じる。そうすると、頭の先から足の先まで、その歓びが広がっていくことがあるんです。
その一方で、青春時代、現実で生きる上での個人的な苦しみと向き合わないといけないことがある。私は1940年生まれですが、20歳のときに60年安保闘争があって、国会議事堂の前で敗退していったんですね。あのとき、一体自分はどこにいくのだろう、もう一度故郷の新潟から出直したい、そういう想いがあった。そこから『グリックの冒険』のような物語が生まれてくるわけです。その後、児童書の出版社に就職し、子どもの本を編集するのですが、そういった自分の失敗や悲しみ、絶望を耐えているだけではとてもやりきれないということで、自分で物語を書くことで客観視したいと考えました。

――児童書の出版社というのは福音館書店ですね。編集者の仕事を選んだのはどうしてですか?

斎藤:実は物語を書き始めたことと似たような理由です。60年安保闘争でみんな散り散りになり、体制に組み込まれていくなかで、これは違うんじゃないかという想いが当然残るわけです。そういう風な転向の仕方は許し難い、俺は絶対優れた子どもの本をどんどん編集して、子どもの頃から感動を本気に大切にできる作品を作ってみせるといきがっていました。
ただ、編集をずっと続けるなかで、自分で書くことによってより赤裸々に、でも客観的に世界を作りえるのではないかと思いました。もう40年以上も前のことです。

――『冒険者たち』の読者の方々の感想を読むと、自分とガンバを重ねている方が多いように感じました。現実を打破する力をファンタジーから借りているというか。

斎藤:この物語が出てから、5、6年経って女の子何人かから手紙をもらったんです。そこに『冒険者たち』を読んでいじめに耐えることができたと書かれていて、本当に苦しい想いを持ちながら生きている子どもたちがいることを知って、その力をなれたことは幸いでした。

――人生において大きな決断するとき、かつて読んだ児童文学やファンタジー作品から勇気をもらったという経験をしている人は実は多いのかもしれません。

斎藤:私は作者ですが、『冒険者たち』を劇団四季やシアタージョイが劇にしているのを見ると、その劇に励まされて、もう少し頑張らないといけないと思うことがありますね(笑)。自分が書いたセリフであることは間違いないのだけど、それが戻ってくる感じがしました。

――もう一つ、キャラクターが死ぬシーンというのも子どもにとってすごく重要だと思います。『冒険者たち』でキャラクターが死ぬシーンがありますが、読み手としては精神的に動揺するんですよね。乗り越えるのに体力がいります。

斎藤:結構(『冒険者たち』のキャラクターは)死にますもんね。私の経験ですが、親友が60年安保闘争で死んでいるんです。それは新聞に出たりするような事件ではないのだけど、その後自殺をしてしまったり、1年くらい経ってから死んだりということがあって…。そういった亡き友人たちへの弔いが込められているのかもしれません。

「中編:「ガンバ」原作者が明かす“キャラクターの名付け”秘話」はこちらから!

*写真は10月6日に東京・市ヶ谷のコミュニケーションプラザ ドットDNPで行われたイベント“「冒険者たち ガンバと15ひきの仲間」honto発売&映画公開記念トークショー”から

■斎藤惇夫さんプロフィール
1940年新潟市生まれ、小学1年より高校卒業まで長岡ですごす。立教大学法学部卒業、福音館書店で長年子どもの本の編集にたずさわる。
著作に『グリックの冒険』(児童文学者協会新人賞)、『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』(国際児童年特別アンデルセン賞優良作品)『ガンバとカワウソの冒険』(野間児童文芸賞、以上岩波書店)、『子どもと子どもの本に捧げた生涯 講演録 瀬田貞二先生について』(キッズメイト)などがある。

■オーディオブック版『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』オフィシャルページ
http://www.febe.jp/documents/special/gamba/