混乱を極めるイラン情勢…国内エネルギー研究第一人者が説く「原油は当面安泰だが真の危機は別にある」

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「日本の原油は当面安泰だ」

アメリカのトランプ大統領がインフラ施設への攻撃も辞さない強硬な姿勢を示したことで、世界中が固唾を呑んでイラン情勢を見守っていたなか、両国が停戦に合意。「4月8日から2週間、空爆や攻撃を停止する」とトランプ大統領が自身のSNSで表明した。この一時的な停戦合意を受け、事実上の封鎖状態にあった中東の要衝・ホルムズ海峡は「2週間の期間にわたり、安全な航行が可能になる」(イラン・アラグチ外相)という。

原油輸入の95%を中東に依存する日本にとって、ホルムズ海峡の封鎖は国家の根幹を揺るがす危機に見えた。メディアでは「オイルショックの再来か」「ガソリン価格が青天井に跳ね上がる」といった悲観論が飛び交い、長期化・泥沼化への懸念が日増しに強まっていた。

今回の一時停戦でその懸念は一旦和らいだものの、合意はあくまで「2週間の猶予」に過ぎない。この間に恒久的な和平に至らず、再びホルムズ海峡が封鎖されたら、日本の原油は底を突くのではないか──。

そんな不安に対して、日本のエネルギー安全保障や産業戦略について政策提言を行うシンクタンク「ポスト石油戦略研究所」代表の大場紀章氏は、

「日本の原油は当面安泰だ」

と断言する。私たちが恐れるべき真の危機は、原油の枯渇ではないというのだ。大場氏は極めて冷静にこう語る。

「ホルムズ海峡を通る原油が世界の供給量の約2割を占めていますが、それは裏を返せば『8割は供給がある』ということ。さらに言えば、価格上昇により世界全体の原油需要が10〜15%くらいは落ちます。

ウクライナ戦争勃発時にヨーロッパがロシア産ガスの供給を絶たれた際、EUではガスや電気代などのエネルギー価格が数倍に高騰。パニックが起きました。しかし、人々が消費量を15%減らすなどして乗り切り、今は正常に戻っています。一時的な混乱はあっても、世界は必ず別の解決策や調達先を見つけて順応するのです」

事実、日本政府はホルムズ海峡を通らない代替ルートなどを駆使し、5月には去年の実績の6割程度まで原油を確保できるめどが立った、としている。

UAE(アラブ首長国連邦)東部のフジャイラ港や、サウジアラビア西部のヤンブー港からの紅海ルートを活用。さらに、世界最大の産油国となったアメリカのテキサス州などからの調達を昨年の4倍に増やし、アゼルバイジャンなど中東以外からの買い付けも急ピッチで進めている。

イランが妥協を見せた背景

新たな調達先の開拓に国家備蓄や民間備蓄の計画的な放出を組み合わせることで、政府は「来年の年明けまで、日本全体で必要となる量は確保できる」と見込んでいる。大場氏もこの見通しに太鼓判を押す。ホルムズ海峡を通らない中東ルートでの6割程度の確保に加え、

「残り4割のうち2割程度はアメリカや南米などからの輸入で追加調達できるようになるでしょう。後は備蓄の切り崩しで賄うことになりますが、不足分だけ切り崩すのなら、現在の備蓄量でも2〜3年は持つ計算になります。その数年の猶予があれば、中東諸国は新たな迂回パイプラインなどの代替ルートを完全に確立し、供給を100%の状態に戻すことができるはずです」

と大場氏は言うのだった。

今後、アメリカとイランが恒久的な和平に漕ぎ着けることができるかどうかが注目されるが、大場氏自身は、「トランプ大統領は国内のガソリン価格高騰を避けたい」とし、最終的な泥沼化は避けられると見ている。また、イラン側の事情もこう推察する。

「イランにとっても、ホルムズ海峡の封鎖を長引かせることは得策ではありません。もし、各国が新しいパイプラインや別ルートから調達するようになってしまうとホルムズ海峡の重要性が薄れ、イランは国際社会に対する強力な影響力(カード)を失うことになります。また、イラン自身も原油を売らなければ国を再建できません。影響力が完全になくなる前に妥協してくるだろうというのが私の見立てです」

仮に交渉が決裂した場合、価格の高騰についてはどうだろうか。一部では「1バレル200ドル(4月8日の停戦合意を受け、1バレル90ドル代前半に)を超えるのでは」と危惧されているが、大場氏はこれを明確に否定する。

「瞬間的には1バレル200ドルに達することがあるかもしれませんが、非現実的な価格は長続きしません。なぜなら、価格というのは『買う側の体力』で決まるからです。

値段が上がりすぎれば、外貨を持たない国や購買力の低い国は買えなくなり、需要が減ります。結果として、マーケットが買える価格に落ち着かざるを得ない。持続的な価格という意味では高値圏でもせいぜい1バレル100ドルから120ドル程度。基本的に80〜100ドルのレンジに落ち着くでしょう」

原油の供給が確保されれば、エネルギーという点では大きな問題はクリアされる。大場氏が危惧しているのは、それでも供給不足に陥る「石油製品」の存在だ。

真のピンチは原油ではなく「ナフサ」

「実は日本の石油関連の輸入の約3分の1は原油ではなく、ナフサやLPG(プロパンガス)といった『製品』として輸入されています。このうちLPGは8割以上をアメリカから輸入しており、備蓄もあるため大きな問題にはなりませんが、ナフサには深刻な逼迫のリスクがあるのです」

ナフサはあらゆるプラスチック製品の原料だ。日本は国内で原油から精製する以上に、大量のナフサを消費している世界でも数少ない国である。

しかし、ナフサに関しては備蓄がなく、一般的に在庫が20日程度と言われている。これまでナフサはホルムズ海峡を経由する中東からの輸入が最も多く、次いで韓国やシンガポールに依存してきた。

「ナフサ自体は原油から作られるため、完全に枯渇することはありません。しかし、仮に再び封鎖され、中東からの供給がごっそり消えれば代替先となる韓国などからの輸入を急増させることも厳しく、供給網は大きな影響を受けます」

ナフサは包装材、ペットボトル、家電部品、建材など、生活必需品のほとんどに使われるプラスチックの原料であり、ナフサに依存しない製品を探す方が難しい。もし十分に確保できなければ、あらゆる産業に大きな影響が出ることは間違いない。

原油全体の価格が落ち着いていても、ナフサのような個別の石油製品は『限られた量を誰が買うか』という現場での取り合いになりやすく、供給が少し足りなくなるだけで価格が突然跳ね上がるリスクがあります」

アメリカとイランの和平が最終的に合意に至らなかった場合、産業への打撃は避けられない。だが、国家全体の原油供給は持ちこたえる公算が大きい。むしろ大場氏は、日本のエネルギー戦略の根幹にある「意識」こそが真の危機だと警鐘を鳴らす。

真の危機は、日本の「正常性バイアス」

「日本が抱える最大の問題は、これほどの危機に直面しても、なんとかして今までどおりの中東依存体制を維持しようとする『正常性バイアス』が働いていることです。

関係省庁や業界は現状維持を正当化し、結局はこれからも中東産の原油に頼り続けることになるでしょう。代替エネルギーの話が出ても、政治的に進みやすい原発や石炭火力の推進といった話に落ち着きそうです」

しかし、石炭も原発の燃料となるウランも100%近く輸入に依存していることには変わりない。

他国に目を向ければ、電気自動車(EV)へのシフトや純粋な国産エネルギーである再生可能エネルギーの導入を強力に推し進め、エネルギー安全保障の観点から、自国産のエネルギーへの転換へと舵を切っている国も多い。すべて輸入頼みの日本の戦略は、根本的に変えなければならない。

大場氏は日本の将来のエネルギー確保の方向性として、「純国産である再生可能エネルギーの拡充」と「地方を中心としたEV(電気自動車)の普及」を挙げる。複数台の車を所有する家庭でそのうちの1台をEVにするなど、有事の際にも地域ごとに最低限のエネルギーや移動手段を担保できる選択肢を持っておくことこそが、石油の消費抑制と安全保障に直結するというのだ。

「本来であれば、こうした再エネやEVの推進こそが本命の対策になるはずです。これほどの事態が起きてもエネルギーのあり方を根本的に変えるチャンスにならないのであれば、日本はいつまで経っても変われないでしょう。この正常性バイアスを打ち破れない限り、日本の真のエネルギー安全保障は実現しません」

イラン情勢の緊迫という未曾有の事態による原油の供給不安を、日本は備蓄と代替調達によって何とか乗り切ろうとしている。しかし、同時に「その先」を見据えた抜本的な戦略を持たなければどうなるか。

変化を拒み、すべてを輸入に頼る脆弱な構造のままでは、いずれ確実に訪れるであろう「次のエネルギー危機」は、もう乗り切れなくなってしまうのではないだろうか。

取材・文:酒井晋介