大豆ミートで作ったウィンナーソーセージ(写真:SORA/PIXTA)

ロシアのウクライナへの軍事侵攻で、世界の食料供給に大きな影響が出ています。これは戦争による突発的な出来事が原因ですが、今後、世界は人口増加と気候変動などの影響で、食料供給が需要に追いつかず、食料供給が不安定化するおそれがあります。そこで期待されているのが、食料の新しいテクノロジーです。今回は、新しいたんぱく源として期待されている代替肉、代替卵、昆虫食について解説します。

※本稿は坂野俊哉氏と磯貝友紀氏の共著『2030年のSX戦略〜課題解決と利益を両立させる次世代サステナビリティ経営の要諦』から一部抜粋・再構成したものです。

2030年に世界の人口は、現在よりも6億〜7億人増の85億人に達すると予想されている。

私たちが考えた「最悪シナリオ」では、食料生産が思うように伸びず、世界の人口を賄うだけの食料を十分に供給できなくなり、世界で食料争奪戦が起き、国の経済力に応じて食料格差が広がり始める。食料供給の逼迫は、2050年に向けてさらに深刻度を増す。

そんな中、人口が減少する日本はどうなるか。

日本は食品のほとんどを輸入に頼っているが、日本より人口の多い国々との食料争奪戦に臨んだときに「買い負け」し、国内の低所得層を中心に、食料に十分アクセスできなくなるおそれがある。

2030年に向けて不足が懸念される「たんぱく質」

国連の世界人口推計2019年版によると、世界の人口は2030年には85億人、2050年に90億人を超え100億人に迫る。長期的に見た場合、2050年に90億人以上の人口を養うには、カロリーベースで2006年より69%の食料増産が必要であり、食料需要量の増加率は人口の増加率を大きく上回ると予想されている。

3大栄養素のうち、2030年に向けて不足が懸念される栄養分がたんぱく質だ。肉や卵を植物で代替したり、培養技術などを活用したりして新商品開発が進められ、市場で普及段階にある製品もある。

2020年5月に発表されたEUの「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略では、植物、藻類、昆虫などを原料にした代替たんぱく質の研究開発を重視している。機関投資家の間でも、ESG投資の情報開示基準(とくに、代替たんぱく質の市場拡大による財務インパクト)の研究が始まっている。

代替肉、代替卵、昆虫食について個別に見ていこう。

代替肉とは、豆類や野菜などを原材料とした植物由来肉や、動物細胞を培養して製造する培養肉を指す。

植物由来肉の世界市場は2018年の119億ドルから、2025年には212億ドルに拡大し、今後15年以内に1000億ドルを超え、代替肉全体では10年以内に肉市場全体の約10%に当たる1400億ドルになる、との予測がある。日本の代替肉の市場も、2030年には780億円程度に成長すると予想される。

代替肉の開発は、スタートアップをはじめ、大手企業も手掛けている。食品テックベンチャーのビヨンドミートは、2009年にアメリカ・カリフォルニアで事業を開始し、100%植物性(えんどう豆が主成分)の代替肉を製造している。

温室効果ガスを90%、エネルギー利用を46%削減

従来のハンバーガーと比較すると、水利用を99%、土地利用を93%、温室効果ガスを90%、エネルギー利用を46%削減。2011年より大豆のたんぱく質を主成分とする代替肉を製造しているアメリカのインポッシブルフーズは、従来の肉よりも、水利用を87%、土地利用を96%、温室効果ガスの排出を89%削減できるという。

世界最大の家具量販チェーンであるスウェーデンのIKEA(イケア)は、植物由来の原料だけで製造したミートボール「プラントボール」を2020年10月から、店舗内レストランで提供するほか、売店などで冷凍食品として、年間約10億個販売している。

IKEAではフード事業の温室効果ガス排出量の70%を牛肉・豚肉が占める。プラントボールの販売を増やして、2030年までにクライメットポジティブになる目標を掲げている。

代替肉の開発に関しては、規制にも目を配る必要がある。植物肉に関する認証制度は海外で整備されつつあるが、日本でも独自の植物肉の認証制度をつくるべきとの意見がある。

培養肉については、原材料となる細胞や、細胞増殖・高度な組織製造技術に関する知的財産権の管理を、その有効活用も含め戦略的に考える必要がある。また、培養肉を原材料として加工する技術についても、企業間の連携も含め、仕組みを検討する必要がある、との意見が農林水産省の研究会で出されている。

代替卵は、大豆などを原材料とした植物由来卵を指す。世界の代替卵市場は、2018年の約14億ドルから2026年には約21億ドルになり、年率約6%で伸びるとの予測がある。

日本のキユーピーは、日本の食品メーカーで初めて代替卵を販売した。2021年6月に豆乳加工品をベースに、大部分を植物由来の原材料を使ったスクランブルエッグ風の業務用商品「HOBOTAMA」を発売し、今後シリーズ化を予定している。

2011年にカリフォルニアで創業したイートジャストは、「誰もが簡単においしく食べられるように」というコンセプトをもとに、従来の方法で生産された卵製品に代わる植物ベースの代替品を開発・販売している。

2021年7月の時点で、すべて植物からつくられた1億6000万個以上の代替卵を販売(累計)。従来の卵よりも水利用98%減、CO2排出量93%減、土地利用86%減を達成した。2020年10月には、シンガポールにアジア初の拠点となる工場を建設し、同年12月、シンガポール食品庁の承認を得て、世界で初めて培養鶏肉の販売を始めた。

2018年設立のゼロエッグは、植物由来の液体卵製品を開発、販売する。従来の卵と比べて、水利用93%減、土地利用92%減、CO2排出量59%減、エネルギー使用量93%減となる見込みだ。

昆虫食市場は2025年に1000億円規模になる可能性

昆虫を食べる習慣は、アジアをはじめ世界各地にみられる。日本でもイナゴの佃煮や蜂の子などの伝統食が有名だ。

国際連合食糧農業機関(FAO)は2003年以来、食用昆虫に関連するトピックに取り組んでおり、2012年には、今後の昆虫食の研究や発展のために、ローマでテクニカル・エキスパートによる量産技術、食品や飼料としての安全性、規制などに関する提言がなされた。

昆虫は、たんぱく質などの栄養素を豊富に含み、養殖に必要な土地や飼料が家畜などに比べ大幅に少なく環境負荷が小さいことから、人間にとって重要な食物になる可能性がある。世界の昆虫食市場は、2025年に1000億円規模になるとの予測がある。

「欧州グリーンディール」やその関連戦略で持続可能な食料生産や農業の環境負荷の軽減を目指すEUは、昆虫の食品・飼料への利用の促進と、養殖による生産量の増加を目指し、研究開発を手厚く支援している。

例えば、EUの研究開発支援プログラム「ホライゾン・ヨーロッパ」では、新たなたんぱく源として昆虫の可能性に注目し、主要な研究領域の1つとしている。2021年5月、EUは昆虫食を新規食品として初承認した。

日本のスタートアップも参入

海外では大手スーパーや大手食品メーカー、多くのスタートアップ企業が昆虫食の分野に参入しているが、日本でもいくつかの昆虫食ベンチャーが誕生している。


その1つが、コオロギ由来のプロテインバーを販売するBugMo(バグモ)だ。メイン商品は、タイの提携農家で養殖されたコオロギを使用した「BugMo CricketBar(バグモクリケットバー)」。昆虫養殖では、牛に比べて水は2000分の1、餌は10分の1しか使用しない。

規制関連では、農林水産省フードテック研究会において、昆虫養殖の生産工程の基準や製品規格、食品残渣などを活用した場合の生物濃縮、コンタミネーションなどを考慮に入れた一定の基準・仕組みが必要という意見が出ている。

また、「昆虫」をJAS規格に加えるなど国内の規格化のほか、国際規格の設定に向けた議論にも積極的に関与すべきという声や、韓国では昆虫養殖事業者に税制優遇があり、日本も支援策の検討が必要といった声もある。

代替たんぱく質事業への参入には開発費や設備投資が必要だが、すべて自前で行う必要はないかもしれない。この分野は、スタートアップがひしめき合う。むしろ企業の資金を直接投資するコーポレート・ベンチャーキャピタルによる投資や戦略的協業を活用すれば、足元の投資コスト減につながるだろう。

(坂野 俊哉 : PwCサステナビリティ合同会社)
(磯貝 友紀 : PwCサステナビリティ合同会社)