広報にとっての宝物は編集者との出会い。離れる人とのつながりも大切にしたい:PC広報風雲伝(最終回)

広報にまつわる人との接し方を中心に、たくさんの失敗と格別な体験を時事ネタ交えつつお伝えしていく本連載。今回も出会いと別れについて掘り下げてみたいと思います。

前回、編集者との関係が重要なのが広報、人それぞれの性格の違いはあれど、しっかりお付き合いをしていくことで報われることもあるというお話をしました。

今回は広報活動をする上で一番大切に思っていることを書きます。エンガジェット日本版で書かせていただくのも最後となると思いますので、まとまりがつくかはわかりませんが、出会いと別れについてお話ししたいと思います。

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離れてしまう人とのつながりを大切にしていますか

前回、担当者が変わり、新しい担当者との話を中心にしましたが、今回は別な視点から。

PC雑誌の編集者は編集部ごとに担当が分かれています。ハード担当とかWindows担当とかMac担当といった具合です。富士通担当とかNEC担当とかもたまにありますが、その区分けはなく、まあ、WindowsかMacかくらいの場合が多いですね。それが一般誌になるともっと幅が広く、新製品担当といったようにPCや家電全般を担当するパターンも多いと思います。

その媒体と付き合いをするということは、カバーする範囲は異なれどその「担当者」とずっと仕事をすることになります。ある程度長く担当をされている方とは単なる仕事のやりとりを超えて関係が深くなり、商戦期ごとに飲みに行ったり、はたまたキャラバンや発表会は関係なくただ飲んでいたり、ふらっと編集部に顔を出し「最近どうですか?」的な話をただただして飲んだり、という密接な関係になります。ただ、その関係も担当が変わってしまうとどうしても疎遠になってしまいます。その疎遠のなり方が人それぞれ違うのですが、どうも「担当分野が変わるともう他人」という仕事の仕方をする人も多いのです。

担当が変わったとしても元々ずっと新製品を担当していれば、その方の個人的な興味がいきなり変わることはありません。編集部で会ったときに「久しぶりですね、最近どうしてますか?」とか「今度の新商品どんな感じですか?」などと聞かれることもありします。そんな時はすかさず商品情報を伝えるようにしています。もちろんNDA契約書にはサインをしてもらいますが、そこで「あなたに教えても記事になるわけではないですよね」なんて言葉にすることはおろか、頭の片隅に思い浮かべることすらしません。

でも、世の中そう思う人ばかりではなく「直接の業務に関係ない人に伝えるのはまずい」と考える人も多いようです。これは賛否両論ありますが、私は絶対に「伝えるべき派」です。今まで担当してくれていた人が次の商品に興味を持ってくれるのはイコールお客様目線に他なりません。ある意味担当者以外にファンが増えるかもしれないわけですから、それを伝えない理由はないでしょう。

NDA契約書をちゃんと交わしていればそれはその編集部の記事執筆担当者に説明しているのと何ら変わりありません。それどころか従来は新商品としてしか紹介されないものが、ファッションだったり、生活だったり、読み物だったり、違うところでの露出のチャンスが生まれる可能性があるのです。

さらに言うと、担当者の仕事が変わるのはローテーションの一環だと思えば、また巡り巡ってくることもあります。実際に某社の編集の方の例をお話しましょう。その方とはPC誌の新商品担当として長らくお付き合いをしてきました。あるときに営業に異動になると聞き、その時はびっくりしましたが、「営業企画として面白いことをやりましょう」ということになり、かなり大胆な企画を一緒に立ち上げました。

それはまさに営業ならではの強みを感じさせる企画でした。その後また編集に戻られるわけですが、そこでも営業企画で培った感覚を活用してPC誌でPC本体を売るなどの企画を立ち上げたりもしました。編集部がPC本体を売るなんていうことは当時有り得なかったと思います。その理由は、広告を除き、編集部はあくまで平等であるべきだから。実際、編集部が主体となって一定の企業の商品を誌面で売るのはどうなのか、という議論があったようです。

結果として、カスタマイズを施し、単にメーカー製品をそのまま誌面で販売するわけではないというところで落ち着きました。メーカーの商品を編集部がカスタマイズして売る。量販店全盛時代に良くもそんな企画ができたものですが、編集部の強い思いで実現できた特別な経験でした。

その数年後、今度は別業種の担当になられたのですが、私も同じタイミングで異動をし、また一緒に仕事をすることになりました。そして更に数年後、その方はまた編集に戻り、同じく新商品が出るときには編集記事の特集などでお付き合いをしていました。

結局、4度も違う部門に異動されたのですが、途切れることなくずっと仕事をしていたことになります。かなり特別な例ではあるのですが、大事なことは編集部と仕事をするのではなく、編集者と仕事をするということです。私はそういう選択をしましたが、そうでない方もいると思います。結果論ではありますが、この方とは数多くの広報企画をご一緒できたました。

部署が異なるということはよくあること。誰と仕事をするかにこだわると、めぐり巡って良いことがあるかもしれません。

借りはとりあえず倍返しで

広報は「人にお願いをする仕事である」といつも言っているのですが、お願いすると言うことは借りの連続ですよね。「お願いします」という言葉が何事にもついてまわるのですが、いつまでもお願いしていると疲弊してきます。お願いが10たまったら一回くらい大きく返したいもの。そう思って取組んでいました。

もちろん情報を出したり、商品を貸し出したり、取材の手配をしたりは借りを返したことにはならない普通の作業です。借りの備忘録を作っておいて、きちんとお返しができるように考える。何を返すか? 以前お話ししたようにお金で返すということができない広報部門ですので、できるのは頭をひねった提案勝負しかありません。

常日頃から今後の製品情報や、取材用のネタ探しをしておきます。話は脱線しますが、私は初めて食事に行ったお店が気に入った場合、すぐに席数とか、個室のチェックをします。「この感じなら30人いれば貸し切れるな」とか「この個室は接待にいいね」とか、メモを残しておいて催しの時に参考にするのです。いわゆる幹事癖がついていて、いつもしきる側目線でレストランを観察しています。

それと同じように「○○の編集さんが喜んでくれそうなネタ」をいつも探し、それをプールしておいて、ここぞという時に独占取材を仕込むわけです。通常の商品情報は全ての皆さんに平等に提供しなければならないので、ちょっとひねったこと、深掘りしたこと、その人が書いている記事のトーンにマッチしているのではと思われることを個別に紹介するのです。

記事をよく書いてくれていたり、キャラバンや発表会に毎回来てくれたりする人には何かを返さないと気が済まない私は日々ネタを探すのですね。そして、たまにスペシャルな企画が成立するとその方も喜んでくれて、それが自分の喜びにも変わります。それが長らく広報をやり続けられた理由、モチベーションでもあったと思います。

本連載は、広報風雲伝というタイトルで書かせていただいたのですが、私自身にとっても棚卸しができた企画でした。特に2000年くらいの時はいろいろな記憶が入り交じっており、10年くらいのスパンで記憶違いもありました。LOOXを世に出して早20年。今年のCESでアワードをいただいた商品がLOOXであった事も感慨深いです。

単に感傷に浸るのではなく、企業はいつも新しいチャレンジ、新しいコンピューティングに対する提案をお客様にするものであり、それは技術の進歩だけでなく、使う人のライフスタイルや使い方、受け取り方の変革を敏感に掴んで少しだけ先に回ってお伝えすることが使命です。先に行きすぎることも多々ありますが、それは許してもらいながらもトライアンドエラーで新しいgood willを求めていくのでしょう。それをわかりやすくお伝えするのが広報の役目であると思います。

それにしても世の中どう変わるかなんて本当にわからないものですね。もはや定着した感のあるオンライン会議だって2019年当時はまだ一般には普及されていないものでした。ビジネスの世界では海外とのやりとりなどで使っていましたが、なんとなく画質も悪く、音声もいまいちなイメージでした。

使わなければいけないから、受け入れられるようになったのか、性能が飛躍的に良くなったのかはわかりません。いずれにしても急速に市民権を得たわけです。新型コロナウイルスについては多くの辛い出来事、悲しい出来事がありました。たくさんの機会を失い、間違いなく人生に爪痕が残る重大事でありました。生き残るために知恵を出して、活用してなんとか社会生活を繋ぐべく、オンライン会議という手段がこのIT産業から生まれたことは唯一の救いでした。オンライン会議がなければこの2年間の停滞は大変なものとなったでしょう。そんな使い方を伝えるのも広報の仕事として考えれば、本当に世のためになる、国益になることに関われるのだと、ちょっと大げさにいうとそんな気持ちでもありました。

先駆者と共に

いつの時代にも新しいことを真っ先に始める人たちがいます。King of Mediaとも言える矢崎編集長はまさにそう。時代の先端をいつも行っており、アスキーの編集時代には以前ご紹介したBluetooth搭載のLOOX Uという超小型モバイルを編集部仕様として限定販売してくれました。

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当時は本当に画期的で、そもそもモバイルPCは市場全体の10%にも満たない領域であり、それはビジネスプランとしてまだプロモーションの域を出ない商品群かつ、儲からない部門でした。それを編集部の企画として世に商品として投入してくれたのです。かなりの賭けだったのですが、運が良かったのは当時の弊社のモバイル部門の責任者が五十風常務であったことかもしれません。五十風常務は当時、とにかく新しいモノをどんどんリリースしていったモバイルの申し子のような人でした。根っからのガジェット好きなモバイラーであったことも功を奏し、アスキーの伝説的な遠藤編集長と「出雲空港のレストランで決めた」仕様でこのLOOX Uの特別モデルを世に出したのです。その現場担当者が矢崎さんでした。

エンガジェット日本版の編集長に就任されたときもいち早く連絡をいただきました。飯田橋のカフェに呼び出されてアスキーを退社されることを聞いた時には本当にびっくりしたことを覚えています。しかし、エンガジェット日本版に移っても変わらずものづくりの面白さ、ガジェットの紹介に明け暮れていらっしゃいました。

おそらく2017年だったと思います、世の中はスマホ全盛時代となっていましたが、当時富士通から分社化して間もないFCCL齋藤社長と矢崎編集長のコラボ企画として「かな刻印なしキーボード」を投入することになりました。富士通としても初めての取り組みで当時開発の責任者、仁川事業部長に「とにかくこの仕様を世に出したい」ことを伝えると、思いのほか賛成してくれて、通常1年はかかるようなプロセスが半年でリリースに到り、以降かな刻印なしのキーボードはある程度の売上数字を出す商品となりました。

1番目ではなかったし、今では他社も出している仕様ですが当時はまだ早かったと思います。この判断も矢崎さんと齋藤社長のインタビューで齋藤社長が「そんなことはすぐにできる」と約束して決まったこと。「武蔵中原で取材の時にふと話したことが商品になってしまった」企画であったと思います。

当時の商品担当者の安藤君には事業部との調整でかなり苦労をかけてしまいました。その後キーボードマイスターとして辣腕を振るうことになる藤川君はその頃からメディアの取材にどんどん出てもらうようにしていて、今では「キーボードと言ったら藤川」という認識が多少なりとも広がっているのではないかと思います。メディアに露出することでいまでは社内の若手も成長してきました。そのあとに投入したLIFEBOOK UHシリーズは世界最軽量PCとして話題を呼びましたが、もう一つの魅力としてキーボードの仕様にこだわりまくったものでした。

最初はメディアからぼろぼろに叩かれもしましたが、それが結果的に社内を奮起させ、今に到ります。入力装置にとことんこだわるところは富士通のお家芸となったことでしょう。そして、記憶に新しい所で富士通としては初めてのクラウドファンディングを活用した商品「外付けキーボードUHKB」の投入ですね。これこそは入力装置にこだわりまくる矢崎編集長の思いが形になったもので間違いありません。ここまでくるとキーボードの鬼の称号を与えたいくらいです。

その熱意でメーカーの商品化にまで影響を与えるということはものすごいことですし、開発現場にがっつり入ってもらったこともあって失礼も多々あり、「編集長相手に申し訳ない」と思いながらなんとか……。いやあ、その節は申し訳ありませんでした。

ユーザーにより満足感をという一点でガジェットの面白さを追求する矢崎さんはたくさんのメーカー担当者とのパイプを持っていると思いました。そして、メーカーの人と付き合うというよりもものづくりに関心があり、「ガジェット」への探究心はものすごかったです。それがKing of Mediaとして何十年も君臨できている理由でしょう。

私が何かものづくりに関して悩んでいても、矢崎さんに相談するとすぐにめちゃくちゃたくさんの引き出しが出てきて助けてくれます。ひらめきの引き出しがたくさんあるんですね。編集者として編集長としてビジネスマンとしての損得で判断せず、人が本当に喜ぶもの、自分が面白いと思うものに執着できることは幸せであり、編集者冥利に尽きるのではないでしょうか。

メーカーもビジネスであることを大前提に、面白いこと、わくわくすること、そしてわくわくしてくれることを目指していないわけはありません。ものづくりを追求する姿勢はメーカーのそれと同じものです。そんな同志と共に過ごす時間はきっと次のステージでも続くことでしょう。深くお礼を申し上げるのもなんなので、私が富士通を退職したときのように、一緒に一杯やって次の夢の語りたいと思います。

広報にとっての宝物は編集者との出会いです。人生の中、どれだけの時間を一緒に過ごすかはわかりませんが、仕事でお付き合いをしているのにお客様でもなく、オーナーでもない特別な関係が築けることに感謝しかありません。

仕事上の付き合いが一生のお付き合いに発展することもあると思いますし、大切な時間と経験を共有した編集者との広報業務は愛なくしてできません。エンガジェット日本版を通して知り合えたたくさんの皆様、ありがとうございました。

PC広報風雲伝連載一覧

秋山岳久

PC全盛期とバブル真っ只中からPC事業風雲急時代までPCメーカーで販売促進・広報と、一貫してメディア畑を歩むものの、2019年にそれまでとは全く異なるエンタテイメントの世界へと転身。「広報」と「音楽」と「アジア」をテーマに21世紀のマルコポーロ人生を満喫している。この3つのテーマ共通点は「人が全て」。夢は日本を広報すること。