ホンダF1に大激変。バトンが語った「レースから離れる理由」
9月3日午後4時40分、イタリアGP予選後の定例会見の様子が、この日だけは少し違った――。そして、最後にやってきたジェンソン・バトンがマイクを握り、自ら語り始めた。
「マクラーレン・ホンダと2017年からの2年契約を結んだよ。しかし、今とは少し違った形になる。来年、僕はこのチームのアンバサダーになる。2018年については、マクラーレン・ホンダで走るオプション契約がある」
そして自ら、ストフェル・バンドーンをその場に呼び入れ、2017年のレースドライバーとして紹介した。フェルナンド・アロンソとバンドーンがコンビを組み、バトンがそばで支える。そんな3人体制のラインナップを、ロン・デニスは「革新的なソリューションだ」と表現した。
来季、バトンはアンバサダーとしてチームを支えるというが、それはどんな活動なのだろうか。
「このチームをよくするために、やれることはなんでもチームとともにやっていく。シミュレーターワークもやるし、身体のトレーニングも続け、今の身体を維持する。できるかぎりのインプットを正しくもたらすことができるように、レース活動も続けていくつもりだ」
マシン開発のアドバイスに加えて、シミュレーターでの開発業務、さらにはレース週末の金曜セッション後にファクトリーでシミュレーターをドライブし、セットアップの煮詰め直しをすることもある。
ホンダの長谷川祐介F1総責任者は、ホンダとしても、バトンのアンバサダーとしての残留はうれしいことだと話す。
「ジェンソンはホンダにとって非常に特別なドライバーのひとりですし、我々のファミリーの一員として残ってくれることは前向きなことでうれしかったですね。あれだけの経験があるドライバーですから、ジェンソンをシミュレータードライバーとして活用できる、なんていうのは贅沢なことですよね(苦笑)。開発面でも、ものすごく大きなアドバンテージだと思います」
聞くところによれば、来季バトンは2〜3戦しかF1の現場に帯同しないつもりだという。他チーム、おそらくはフェリペ・マッサが引退を表明したウイリアムズだと思われるが、マクラーレン以外からのオファーもあったというが、バトンが最優先にしたかったのは休養だった。
「F1で戦っていると、『F1こそが自分の人生』になる。19歳のときからこの世界で過ごしてきて、もう36歳になる。F1にいる間はレースに次ぐレースで、その間も前のレースからの回復と、次のレースに向けた準備に費やすことになる。しかし今の僕には、間違いなく休息が必要なんだ。だから、2017年はゆっくりとリラックスしたい。今までの人生でできなかったようなことがたくさんできる可能性があると思っているし、ワクワクしているよ」
このバトンの決定を、「休養」や「サバティカル(長期休暇)」という言葉で報じたメディアもあった。2018年の復帰の可能性もあるとはいえ、それはアロンソかバンドーンのいずれかがチームを去ることになったときの"保険"のようなものであり、実質的な引退ではないのか......という厳しい見方もある。
ロン・デニスは言う。
「我々は"引退"という言葉は使わない。この先、2年間もジェンソンはマクラーレン・ホンダのドライバーのひとりであり続けるし、レースドライバーに何かあればジェンソンがドライブすることになる。マシン開発にも全面的に携わってもらうことができる。これは、我々がふたたび競争力を取り戻すために重要な戦略の一部なんだ。
彼は今でも優勝してタイトル争いをする力のあるドライバーだ。しかし、これはフィジカルではなくメンタルの話で、それも勝利への決意が欠如しているといった問題ではなく、F1という世界に居続けることへの軋(きし)みのようなものだ。ジェンソンはリラックスし、心の平静を取り戻し、将来を見据えることができる。これは非常に革新的な方法であり、非常に現実的で論理的なソリューションだと思う」
F1昇格を切望するバンドーンを手放さず、同時にバトンも手の内に置く。マクラーレンの日和見(ひよりみ)的なやり口には、"革新的"からはほど遠いという批判の声もある。
しかし、バトンが心から休養を欲していたのも、事実だ。
一昨年には、幼少期からレース活動を支えてきてくれた父・ジョンさんを亡くし、同年末に長く交際してきた道端ジェシカと結婚したものの、婚姻生活も1年で終止符を迎えるなど、もっと私生活に目を向けたいという気持ちに傾いていったようだ。
「夏休みの間に、家族や友人たちとすばらしい時間を過ごしたんだ。もちろん、これは最初から計画していたとおりのことだけど、F1で過ごしてきた過去17年間、あまりできなかったことだ。僕は今まで、自分のスケジュール中心に動いてきた。自分がやりたいこと、やるべきことに時間の大半を費やしてきた。しかし、これからは家族や友人たちともっと多くの時間を過ごしたい」
来季のシート争いを巡る質問から解放されたバトンの表情には、どこか晴れ晴れとしたものがあった。
「F1というのは、メンタルがとても大切なスポーツだ。自信を持って臨めるかどうかで、結果は大きく違ってくるんだ」
以前、バトンはそう話していた。そんな彼だからこそ、100%の力を出し切り、心からレースを楽しむためには、精神面の休養が必要だと感じていたのだろう。
だが、明るいバトンの表情とは裏腹に、全開率が70%を超える超高速のモンツァ(第14戦・イタリアGP)で、マクラーレン・ホンダは苦戦を強いられた。
前戦ベルギーGPでパワーユニットを大幅改良したとはいえ、まだメルセデスAMGやフェラーリには及ばない。予選では2台ともにQ3に進むことができず、長谷川総責任者は、「完全に力負けです、本当に悔しい。事前に予想していたこととはいえ、すごくガッカリです」と、大きく肩を落とした。
しかし、他社ユーザーが"予選モード"を使わない決勝では、差が縮まる。
バトンはスタートでホイールスピンを喫して出遅れたうえ、1周目の第1シケインで行き場をなくしてランオフエリアをカット。さらに、レズモ(ターン6から7)でザウバーに押し出されてグラベル(砂利道などの非舗装路面)に突っ込み、最後尾まで落ちてしまった。それでもそこから着実に追い上げ、オーバーテイクも見せて、最後は11位のハース(ロマン・グロージャン)を0.551秒差まで追い詰めた。
「10位からは何秒遅れだった?」
10位のフォースインディア(ニコ・ヒュンケンベルグ)から約13秒差だったと聞かされたバトンは、「う〜ん、それは(追いつくことが)可能だったかもしれないね」と言った。
「1周目で最後尾まで落ちてしまったのはもったいなかったけど、パラボリカ(ターン11)でアウトからグティエレス(ハース)を抜いたり、いいオーバーテイクも決めてレースをすごく楽しめたし、いい1日だったよ。最悪な1周目を除けばね(苦笑)。あれがなければ、フォースインディアのヒュルケンベルグとはポイント争いができていたと思う。自分自身のパフォーマンスにはとても満足しているし、自分のベストレースのひとつだったと思うよ」
そう話すレース直後のバトンの表情には、レースを心から楽しんだという喜びがあふれていた。
そして一方のアロンソは、最後に入賞の可能性が消えた時点でスーパーソフトタイヤを履いてフルアタックして、このレースのファステストラップを記録した。こちらもピットストップのシグナルに不具合がなければ、10位のヒュルケンベルグの前で戻って戦えていたはずだった。
「今のこのマシンのパフォーマンスなら、シンガポールGP(第15戦)以降は常に安定してポイント圏内にいけると思っているよ。アブダビ(第21戦)やオースティン(第18戦・アメリカGP)のようにマシンに合った場所なら、楽にポイント圏内にいけるだろう。もしかすると、トップ5さえ狙えるかもしれないし、フェラーリと戦えるかもしれない」
厳しい戦いを強いられた超高速イタリアGPだったが、両ドライバーともに結果には表れない手応えを感じ取った。
ここから先は、マクラーレン・ホンダのマシン特性に合ったサーキットが続く。
来季の体制が決まったことで、以降は政治的な問題に振り回されることなく、レースに集中できる。そして、レースを心から楽しむことができる――。
彼らが本領を発揮するのは、これからだ。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki