「これはAIバブルではない、円安バブルだ」投資家が断言…日経平均最高値でも日本人が豊かになれない理由

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AIや半導体関連銘柄への熱狂で、日経平均株価は史上最高値を更新し続けている。「AIバブル」との見方が広がるなか、投資家の見方はまったく異なる。「これはAIバブルではない。本当の正体は政府主導の円安バブルだ」というのだ。円安政策や新NISA、AI・半導体産業への巨額支援――。こうした国策が市場に資金を呼び込み、株価を押し上げる一方で、日本円の国際的な価値は低下し、物価高によって国民生活は圧迫され続けているという。「日経平均が過去最高でも、日本人が過去一番豊かになったわけではない」。株価と国力は別物だと警鐘を鳴らす、その理由とは。

【画像】今や完全に立場が逆転…日本で買い物、食事、宿泊し、「安い!」と満足して帰っていく外国人観光客

市場を押し上げているのはAIではない

いまの東京市場を見て、多くの市場関係者は「AIバブル」「半導体バブル」と口にする。確かにAI関連、半導体関連というだけで株価が数倍にも10倍にも買われている企業は少なくない。

決算を見ても、中期経営計画を読んでも、現在の株価を正当化できるだけの利益成長を見込める企業ばかりではない。それでもAIという言葉だけで資金が流れ込み、日経平均株価は史上最高値を更新し続けている。

しかし、私はこの相場の本質はそこではないと考えている。本当に市場を押し上げているのはAIではない。政府がつくり出した歴史的な円安なのである。

高市政権はアベノミクスの継承者を自任している。しかし、ここで決定的に違うことがある。

安倍政権が誕生した当時、日本は長年の円高とデフレに苦しんでいた。輸出企業は国際競争力を失い、企業収益は伸び悩み、日本経済全体が閉塞感に覆われていた。

だからこそ大胆な金融緩和による円安政策には一定の合理性があり、日本経済を立て直す効果もあったのである。

ところが現在はどうだろうか。ドル円相場は160円を超え、日本円は歴史的な安値圏にある。日本人の国際的な購買力は急速に低下し、世界から見た日本は「安い国」になってしまった。

その状態でさらに円安を容認し、円の国際的価値を押し下げる政策を続けても、日本経済が本当に豊かになるとは私には思えない。むしろ失われるのは、株価ではなく国力そのものではないだろうか。

今回、政府が7月中旬にも閣議決定を目指している骨太方針の原案を見て、私はその懸念をさらに強くした。

戦略分野への官民投資や社会保険料改革など様々な政策が並ぶ中、市場が最も敏感に反応したのは金融政策に関する記述だった。

政府は日本銀行法第4条や政府・日本銀行共同声明の趣旨に沿って、日本銀行との緊密な連携を求める姿勢を打ち出した。一見するとごく普通の文章だが、市場はそう受け止めなかった。

「政府は追加利上げを望んでいない」。そう読んだのである。実際、その報道が伝わると円安はさらに進み、ドル円は一段と円安方向へ動いた。市場は極めて正直だ。

円安相場で恩恵を受けているのは外国人投資家

日本銀行には法律で保障された独立性がある。しかし現実には、政府が追加利上げに慎重な姿勢を示し続ければ、市場は「利上げは先送りされる」と判断する。法律と市場心理は必ずしも一致しないのである。

私は、今回の骨太の方針案が市場へ与えた最大の影響はここにあると考えている。政府が直接、日本銀行へ命令しているわけではない。

しかし金融政策への期待や思惑を市場へ発信するだけで、結果として円安を後押しし、日本株への資金流入を促す効果を持ってしまう。市場参加者はそこまで織り込んで売買しているのである。

その恩恵を最も受けているのは外国人投資家だ。安い円を買い、その円で日本株を買う。株価が上昇すればキャピタルゲインを得られる。さらに将来、円が反転すれば、今度は為替差益まで手に入る。

安い円、安い日本株、そして将来の為替益。2重、3重の利益を狙える市場は世界を見渡してもそう多くはない。東京市場の売買の大半を外国人投資家が占めるようになった背景には、この構図がある。

NISA、円安、AI・半導体支援で生み出した株高

一方、日本人は円で給料を受け取り、円で生活し、円で老後資金を蓄えている。円の価値が下がるということは、そのまま生活水準の低下につながる。

株価だけを見れば景気が良いように見えるかもしれない。しかし海外旅行へ行けばホテル代や食事代の高さに驚き、輸入品は次々と値上がりし、食料やエネルギー価格は家計を圧迫する。

円建ての日経平均株価が史上最高値を更新しても、それだけで国民が豊かになったとは言えないのである。

それにもかかわらず、政府は新NISAを旗印に「貯蓄から投資へ」を強力に推し進めている。新NISAは本来、国民の長期的な資産形成を支援する制度である。

長期・積立・分散投資そのものを否定するつもりはない。しかし私は、それだけではなかったと思っている。高市政権はテレビCMまで使って新NISAを強烈に推進し、国民の資金を株式市場へ呼び込んだ。

そして同時に、円安を容認し、AI・半導体関連企業には様々な形で補助金を投じ、市場には「日本株はまだ上がる」という空気をつくり出した。

私は新NISA、円安、AI・半導体支援、この3つが重なったことによって、今回の日経平均株価の急騰が生まれたと見ている。

同時に政権は日経平均株価を内閣支持率の重要な指標の1つと考えているように見えてならない。

失墜した円の国際的価値、その責任は誰が取るのか

日経平均が上がれば、株を持っている人は資産が増えたように感じる。新NISAを始めた国民も、自分の資産が増えていると感じれば、政権への不満は和らぐ。

採用銘柄の業績を押し上げるために円安を容認し、AI・半導体関連には補助金を投じ、国策として株式市場を支える。日経平均株価を高く維持しておくことが、内閣支持率安泰のセオリーであるかのように見えるのである。

私は、もはや日経平均陰謀論と呼びたくなるほど、株価と政治が密接に絡み合っているのではないかと考えている。

今回、国策として推し進めた新NISAを旗印に、円安大誘導、円の4割引き、日本大安売り政策が見事にハマったのだろう。外国人投資家にとっては、これほど分かりやすい相場はない。

日本政府が円安を容認し、国民の資金を市場へ誘導し、補助金でテーマ株を支える。そこへ海外資金が流れ込み、指数はさらに上がる。

だが、その裏側で円の国際的価値は失われ、国民生活は物価高に苦しみ、日本という国そのものが安売りされている。この現実を、我々はもっと冷静に見なければならない。

政府は「責任ある積極財政」と言う。しかし私は、ここで1つ聞いてみたい。ここまで失墜した円の国際的価値や、止まらない物価高の責任は、誰が、どのような形で具体的に取るのだろうか。

そのツケを最後に払うのは政治家ではなく国民

政治家の責任の取り方など、せいぜい辞めることくらいである。しかし、それは本当に責任を取ったことになるのだろうか。私には言葉遊びにしか思えない。

円の価値が失われ、物価が上がり、住宅価格が高騰し、防衛費が膨らみ、生活が苦しくなる。そのツケを最後に払わされるのは政治家ではない。我々国民なのである。

では、この円安は日本に何をもたらしているのだろうか。政府はインバウンドが過去最高を更新したと胸を張る。しかし、それは本当に喜ぶべきことなのだろうか。私は決してそうは思わない。

もちろん観光立国を目指す以上、外国人旅行者が増えること自体を否定するつもりはない。しかし、その理由が「日本は魅力的だから」ではなく、「日本は安いから」であるならば、それは手放しで歓迎できる話ではない。

かつて海外旅行といえば、日本人がブランド品を買い、高級ホテルに泊まり、高級レストランで食事を楽しみ、世界中で爆買いをしていた。

円安とは「国そのものの価値」を映す鏡

香港でもシンガポールでもハワイでも、日本人観光客は世界有数の購買力を持つ存在だった。しかし、今は完全に立場が逆転した。

欧米や中国だけではない。タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、そしてベトナムなど、かつて日本人が経済的な優位性を持っていた東南アジア諸国からも、多くの旅行者が「安い日本」を目指して押し寄せている。

彼らは日本で買い物をし、日本で食事をし、日本で宿泊し、「日本は安い」と満足して帰っていく。その姿を見るたびに、十数年前まで我々日本人が海外でしていたことを、今度は日本がされる側になったのだという現実を痛感する。

円安とは輸出企業の利益を押し上げるだけの話ではない。国そのものの価値を映す鏡なのである。

一方で政府は、日本独自のAI開発を国家戦略の柱に据え、ソフトバンクやソニーなどを中心に巨額の予算を投入するとしている。しかし、私はその政策にも冷静な視点が必要だと思っている。

米国や中国のトップAI企業が1年間で投じる研究開発費や設備投資は、日本が巨額だと胸を張る1兆円とは比較にならない、桁が1つ、2つ違う世界で競争しているのである。

さらに見落としてはならないのは、その1兆円という数字そのものだ。円の価値がここまで下落した現在、1兆円という予算は、もはや昔の1兆円ではない。

国際的な価値で見れば、その実力は大きく目減りしている。私は、1兆円と言っても実質的には6000億円程度の感覚で考えるべきだと思っている。

つまり、円安は企業の利益を押し上げる一方で、国家予算の実力までも静かに奪っているのである。

日経平均が過去最高でも日本が貧しくなる矛盾

さらに忘れてはならないのが防衛費である。日本は米国から莫大な防衛装備品を購入している。その価格はドル建てで決まる。当然ながら円安が進めば進むほど、日本円で支払う予算は膨らみ続ける。

食料も、エネルギーも、防衛装備品も、円安は国家財政と国民生活の双方に重い負担を積み上げていく。株価だけを見ていれば景気が良く見えるかもしれない。しかし、その裏側では、日本人全体の購買力は静かに失われ続けているのである。

私は、株価と国力はまったく別物だと思っている。日経平均株価が史上最高値を更新したからといって、日本という国が史上最も豊かになったわけではない。

だから私は、この相場を単なるAIバブルとは呼ばない

むしろ円の国際的価値は低下し、日本人1人ひとりの生活は以前より厳しくなっている。株価という数字だけを見れば成功に映る政策も、通貨という視点から見れば、まったく違う景色が見えてくる。

だから私は、この相場を単なるAIバブルとは呼ばない。政府主導の円安バブルと呼びたいのである。

もちろん、このバブルが明日崩壊するとは思っていない。相場は私たちの想像以上に長く熱狂を続けることがある。しかし、それが永遠に続いた試しもない。

だからこそ、これから株式投資を始めようとしている人、あるいは含み益に酔い、いつまでも利食いの決断ができない人には、一度立ち止まって考えていただきたい。

株式投資の基本は、今も昔も変わらない。安く買い、高く売ることである。企業への投資である以上、期待だけが膨らみ、実態とかけ離れた株価が付いている局面は、本来なら最も慎重であるべき局面だ。

そして、市場は瓦解する

もちろん、日本経済そのものが破綻しない限り、バブル崩壊で株価が何分の1になったとしても、数年、あるいは数十年後には買値を上回る企業もあるだろう。それは私も否定しない。

しかし、同じ利益を目指すのであれば、熱狂の頂点で飛び乗る必要はない。瓦解した市場が再び積み上がっていく過程から投資を始めたほうが、リスクは小さく、実りははるかに大きい。

私は、次のフェーズはすぐそこまで来ていると考えている。だから、このリスキーな局面では無理に利益を追い掛ける必要はない。熱狂の最後尾に並ぶのではなく、次の時代の先頭に立つ準備をすることである。

相場は逃げない。しかし資金は1度失えば簡単には戻らない。私は、この局面での投資は見送り、現金比率を高め、次の瓦解を待つ。

そして、瓦解した市場が再び積み上がっていく、その最初の局面から投資を始めるほうが、投資家としては王道であり、結果として最も大きな果実を手にすることができると考えている。

文/木戸次郎