「やる気ない」「不真面目すぎ」King Gnuの宣伝動画に批判が殺到。アーティストに“好感度”ばかり求める時代への違和感
◆「やる気がない」「不真面目すぎる」相次ぐ批判
動画では、「Spotifyをお聴きのみなさま、こんにちは、King Gnuです」「現在、新曲『GO GHOST』が好評配信中です。『GO GHOST』はテレビアニメ『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』のオープニングテーマとなっております。どんな曲ですか」といったカンペを、早口で棒読みしたり、「ヤバい」を繰り返したりするだけの姿が映し出されています。その様子に対し、「やる気がない」「不真面目すぎる」といった批判が相次ぎました。
確かに、昨今のアーティストは好感度が高く、社会性も兼ね備えている人が少なくありません。宣伝用のショート動画でも、企業の広報担当者のように丁寧な受け答えをそつなくこなし、作品の魅力をわかりやすく伝えています。
たとえばMrs. GREEN APPLEや緑黄色社会のように、親しみやすさや誠実さが音楽性とも結び付いているアーティストであれば、そのような宣伝スタイルにも違和感はありません。多くの音楽ファンは、そうした光景を見慣れています。そのため、King Gnuの投げやりにも見える振る舞いが悪目立ちしてしまったのでしょう。
実際、あの動画を見て「もっと応援したい」と感じる人は多くないはずです。よほど熱心なファンでない限り、気持ちのよい印象を受けたとは言い難い。
◆ブランドを守るための判断だった可能性も
しかし、その一方で別の違和感も覚えます。それは、アーティスト自身が、企業の営業担当者のような言葉遣いで作品を売り込まなければならない現在の状況です。
本来、作品の宣伝はレコード会社やプロモーション担当者の仕事です。もちろん、本人がメディアに出演して作品を語ることは必要です。しかし、定型文を読み上げ、会社員のような立ち居振舞いまで求められることが、果たして音楽活動の本質と言えるのか。
近年は、アーティストがサラリーマン的な常識や正しさを体現することが当たり前になっています。しかし、本来アーティストには、自らの表現だけでなく、自ら築き上げたイメージを守る権利もあるはずです。
King Gnuの音楽は、社会の規範や常識に疑問を投げかけ、音楽を日常から逸脱するための解放区として提示してきました。世間一般の「普通」に飼い慣らされないエンターテインメントこそが、彼らの魅力だったはずです。
それにもかかわらず、新曲の宣伝だけはテンプレートどおりの会社員のような振る舞いを求められる。その構図は、彼ら自身が作り上げてきた世界観とも、その世界観に没入してきたファンとも、少なからず矛盾しています。
だからこそ、今回の動画は、単なる反抗や悪ふざけではなく、自分たちのイメージを守ろうとした結果だったとも受け取れます。波風を立てない方法はいくらでもあったはずです。それでも、あえて空気を乱したのは、子どもじみた反抗心というより、個人事業主として自分たちのブランドを守るための、一種のビジネス上の判断だったのではないでしょうか。
◆むしろ別のやり方もあったのでは?
ただし、その判断が最善だったかどうかは別問題です。むしろ、別のやり方もあったのではないか。
たとえば、世間が期待する「模範的な宣伝」を完璧に演じ切ることで、その過剰な礼儀正しさ自体をユーモアにしてしまう方法です。真面目に見せながら、どこか皮肉が漂う。そんな「慇懃無礼」のほうが、King Gnuらしい知性やアイロニーを表現できたかもしれません。
不真面目であることよりも、高度な慇懃無礼を目指す。そのほうが、本質的に批評的です。
もし、そうした表現によって「好感度」と「反骨精神」という、相反する要素を両立できたならば、King Gnuはさらに新しいステージへ進むでしょう。
ミセスよりもいい奴を演じきることができたとき、彼らの音楽表現に新たな可能性がもたらされることになるのだと思います。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4
