グアテマラマヤ遺跡シュルトゥン」に残された壁面の数式をアメリカのスキッドモア大学の研究チームが解読し、8世紀に活動した数学者兼天文学者の名前が「サク・ターン・ワーシュ」であることを突き止めました。古典期マヤの数学者がその功績と結び付く形で実名を特定された例は今回が初めてで、研究チームはその高度な計算能力をアルキメデスなど歴史上の数学者になぞらえています。

The identification and work of an eighth-century Maya mathematician | Antiquity | Cambridge Core

https://www.cambridge.org/core/journals/antiquity/article/identification-and-work-of-an-eighthcentury-maya-mathematician/FDE9610F9D80ADBC245CAC2B8F204070

Mathematics formula found on Maya wall rivals insights of ancient masters

https://www.nature.com/articles/d41586-026-02170-8

シュルトゥンはグアテマラ北部に位置する古代マヤの都市遺跡です。研究対象となった「Xultun Structure 10K-2(建造物10K-2)」の小部屋では2010年から2012年にかけて発掘が行われ、壁画や象形文字、天体の周期に関する多数の計算記録が見つかりました。

部屋の壁には、座ったりひざまずいたりした男性の姿とともに約52件の文書が描かれていました。これらには月の周期表や非常に大きな数、火星や金星の周期を暦と対応させる計算などが含まれており、研究チームはこの部屋が樹皮紙の写本を作る書記や専門家の作業場だったと考えています。

今回解読されたのは、東側の壁に黒い顔料で描かれた「テキスト19」と呼ばれる小さな文書です。11個の象形文字が逆L字形に並び、高さは約19.2cm、幅は細い部分で約2.8cmしかありません。壁面の劣化が進んでいたため、研究チームは通常の撮影に加えて赤外線やマルチスペクトル画像、色彩を強調する画像処理を用いて文字を復元しました。



以下はテキスト19に見られる文字(左)から象形文字を復元(右)した図。テキスト19の最初の9文字には、合計2920日間にわたる5つの日付と、その間隔を示す計算が記録されていました。2920日は金星の会合周期である584日の5倍であると同時に、365日の太陽年の8倍でもあり、太陽に対する金星の位置がほぼ元に戻る周期に相当します。



さらに、この数式には20日単位の「ウィナル」、260日の祭祀暦「ツォルキン」、360日の「トゥン」、365日の太陽暦「ハアブ」、584日の金星周期、780日の火星周期という少なくとも6種類の時間単位が組み込まれていました。よく知られた周期を並べただけではなく、それぞれの関係を1つの計算の中に独自の方法でまとめている点が、ほかのマヤ文書には見られない特徴だといいます。



数式は2920日という大きな周期を、20日、260日、1560日、1080日という複数の区間に分けて表していました。このうち1560日は火星の周期780日の2回分、2920日は金星の周期584日の5回分であると同時に、365日の太陽年8年分に相当します。また、数式に登場する周期の回数に注目すると、20日の単位が1回、260日の周期が1回、火星周期が2回、360日の年が3回、金星周期が5回という「1、1、2、3、5」の並びになります。これは現代数学でフィボナッチ数列と一致しますが、古代マヤの数学者がこの数列を意識して使ったのか、それとも結果的に同じ並びになったのかはわかっていません。

決定的な手掛かりとなったのが、計算に続く最後の2文字です。最後から2番目の文字は「このように言う」あるいは「かく語る」を意味する「チェヘーン」と読まれ、最後の文字には「白い胸のキツネ」を意味する男性名「サク・ターン・ワーシュ」が記されていました。



この表現から、研究チームは一連の数式がサク・ターン・ワーシュに帰属すると解釈しています。ただし、本人が計算して壁に文字を描いた可能性もあれば、別の書記が著名な数学者の業績として名前を記した可能性もあります。いずれにしても、数学・天文学上の成果と特定の個人を直接結び付けた古典期マヤの文書は、これまで確認されていませんでした。

研究チームは、サク・ターン・ワーシュの業績をアルキメデスやプトレマイオス、数学者アル=フワーリズミーといった歴史上の数学者や天文学者と同じ文脈で評価できると述べています。ただし、マヤの学者は位取り記数法、高度な算術、代数的関係、負の数、乗法的な係数などを扱っていた一方で、日食を高精度で予測するような幾何学的モデルを用いた証拠は確認されていません。

研究チームによると、テキスト19は実用的な暦の作成にとどまらず、既知の周期を独創的に組み合わせる知的な試みだった可能性があります。また、数式の末尾に名前が添えられていたのは、古代マヤ社会において芸術家だけでなく数学者や天文学者などの知的職業も高く評価されていたことを示唆していると研究チームは述べました。