【小出 フィッシャー 美奈】イーロン・マスク「スペースX」IPO…株4割で議決権85%、投資家が「逆らえない」宇宙帝国の正体

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スペースX」が史上最大規模のIPOに踏み切る。これによって創業者のイーロン・マスク氏は、史上初の個人資産1兆ドル超え「兆万長者(トリリオネア)」に上りつめる見込みだ。だが、じつはこれほど創業者に有利で、投資家に不利な株式公開も珍しい。マスク氏が絶大的な権力で支配する「宇宙帝国」の知られざる正体を、『マネーの代理人たち』の著者で、経済ジャーナリストの小出・フィッシャー・美奈氏が明かす。

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「宇宙帝国」に君臨する支配者に

このIPOによってイーロン・マスク氏は、史上初の個人資産1兆ドル超えの「トリリオネア」(兆万長者) となる。すでに個人資産約8400億ドルの世界一の大富豪(フォーブス誌)だが、スペースXの時価総額が2兆ドル規模に達すれば、その4割程度を保有するマスク氏の資産は倍増する。「億万長者」や「ビリオネア」は他にもいるが、「トリリオネア」は文字通り、ケタ違い。

一方で、こんなに創業者に有利で、投資家に不利なIPOも珍しい。

上場後に外部投資家が手にするのは議決権が1株1票の「クラスA株」だが、マスク氏は1株につき10票という「スーパー議決権」付きの「クラスB株」の93.6%を保有する。このため、マスク氏の持ち分は数の上ではA株とB株合わせて4割程度でも、議決権では85%と圧倒的な支配力を持つことになる。

マスク氏が拒否権を発動すれば、誰も同氏を経営陣から排除できず、マスク氏の思い入れのあるプロジェクトなら「取締役会決議」として何でも通り、他の株主は異議があっても傍観するしかない。

それだけではない。同社の登記先であるテキサス州の法律では株式の3%以上を保有していないと株主代表訴訟を起こせない。さらに目論見書には、同社株を買えば自動的に「強制仲裁条項」に同意したものとみなされる旨が記されている。争いが起きた場合には裁判ではなく第三者による仲裁で解決する条件に同意したと見なされ、投資損失が出ても集団訴訟も起こせないのだ。

さらにマスク氏には多大な報酬が用意されている。株価が値上がりして1.065兆ドルから6.565兆ドルまで12段階に定めた時価総額目標を次々にクリアーしたり、軌道上データセンターのコンピューティング能力が100テラワットに達した場合には3億200万株の「クラスB株」を追加で受け取ることになっている。

つまり、マスク氏の「宇宙帝国」が拡大するほど、同氏の絶対的な支配力は強まっていく仕組みだ。

こんな公開企業は、他にはない。スペースXに投資したければガバナンスなど忘れろ、と言われているようなものだ。

なぜいま上場するのか?

では、100歩譲って同社にガバナンスを期待することはあきらめ、投資妙味があるかどうかに絞って検討してみるとどうだろう。もう一度「目論見書」に戻って事業内容を見てみよう。

まず、スペースXが純粋なロケット会社だと思っていると、実際にはかなり違う。ロケット事業の上に、「スターリンク」の衛星通信事業、そして今年2月に取得したばかりの「xAI」のAI事業を垂直統合していることが特徴だ。つまり、自社の再使用可能ロケットを打ち上げて、低軌道に多数の小型衛星をネットワーク状に配置し、それを利用した「宇宙データセンター」からAIサービスを展開するという仕組みだ。

スペースXが、圧倒的な実力と大きな潜在的な成長力を持つ革新的企業であることは間違いない。全社利益は赤字だが、昨年の売上実績は186億ドル(約3兆円)。同社の再利用可能ロケットはコストを大幅に削減できるため、米国防省の契約をほぼ独占。ロケット打ち上げ(軌道投入質量)の8割シェアを誇り、「スターリンク」は世界1000万人以上の加入者から毎月安定した課金収入を得て、すでに黒字化している。

それでもーー。

想定される「2兆ドル」のIPO評価額は今の売上の「100倍」だ。同社が今後すさまじい成長を遂げるであろうことは、すでに織り込まれている。この価格で買うには、その成長がどこから来るのかを知る必要がある。

そこで同社が見込む今後の成長シナリオを見ると、ロケット事業よりAI事業に極めて大きな重点を置いていることに驚かされる。

スペースXは、自社サービスがターゲット可能な潜在市場を「人類史上最大の」28.5兆ドル(約4,500兆円)と、米国GDPなみの市場をアピールしているのだが、その9割以上をAI事業から見込んでいる。直近の四半期でも、設備投資の8割近くをつぎ込んでいるのは、ロケットではなくAI事業だ。

マスク氏は20年以上も同社を上場させず、「スペースXが上場する頃には人類は火星にいるだろう」などと冗談を言われていた。それがなぜ今上場なのか、透けて見えた気がする。天文学的なお金が必要なのは、ロケットよりもAIのデータセンター投資だ。

同社のAIであるGrokは競合のChatGPTやClaude(関連記事:トランプのイラン攻撃のウラで加速する「AIの軍事利用」…米国防省が「Claude」のアンソロピック社に迫った「究極の選択」)に比べて、ずっと存在感が薄く、昨年の同セグメント売上は32億ドル。これを「何兆ドル」という事業に育てるには、今後巨額の設備投資や買収が必要になるだろう。

AIのインフラ投資には「何100兆円」という、桁違いの資金が必要となる(関連記事:ソフトバンクG「株価4割」下落の深層…オープンAIが進める「200兆円投資」は回収可能か、それともバブル崩壊の序章か)。それを幅広く調達するため、アンソロピック社が6月1日、オープンAI社が8日、立て続けにIPO申請を発表した。どちらも申請書類は今のところ非公開とされており、具体的な上場の時期や公募価格なども不明だが、プライベート市場での評価にもとづけば、時価総額はそれぞれ1兆ドル(約160兆円)規模になると予想される。

AIが世界中で使われ、誰もが否応なくその利用者となり、かつ年金などのETF「自動買い」によって誰もがAI企業の株の保有者にもなるという状況は、AIが鉄道や電力、通信のような「公共インフラ」になりつつあることも意味する。今後、社会的インパクトが大きすぎてAI大企業をつぶせない、という問題も起こり得るだろう。

上場後の最大の試練

そして、スペースXにとっての上場後の最大の試練は、次世代ロケット「スターシップ」の商用打ち上げ。5月22日の12回目の打ち上げ実験はおおむね成功したが、商用にこぎつけるにはまだ打ち上げ実験を重ねる必要がある。同社が計画する今年後半のペイロード(貨物)輸送開始は相当厳しいスケジュールだ。

「2兆ドル」上場価格は「スターシップ」が軌道に乗り、それにより衛星ネットワークの規模を現在の1万機程度から100万機にも増やす計画が前提になっている。垂直統合モデルだから、ロケット打ち上げがうまくいかなければ、それを前提とする衛星通信事業やAI事業の拡大も成立しない。それに火星プロジェクトの中心でもある「スターシップ」が飛ばないと、人類は火星にも行けない。

開示によれば、同社は昨年、200億ドル(約3.2兆円)ちかい設備投資(うち半分がデータセンター)を、260億ドルの負債でまかなったが、うち180億ドル程度が短期のつなぎ融資だ。IPOで資金を調達したら、まず返済に回されるだろう。それに、AI投資がこれから加速することを考えれば、800億ドルを調達しても、すぐ底を尽きそうだ。同社の株式市場での資金調達は、これが最初で最後ではないだろう。

スペースXは、イーロン・マスク氏と一緒に火星に人類が移住する日を夢見て、その夢に財産をゆだねたいーーそう心から思う人にだけおすすめしたい株だ。

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