「ドラゴンボール」1巻の初版本が“100万円超”で売れる異常事態…“発行部数が少ない”だけではない初版本が人気を誇る“なるほど”な理由
今年に入り、人気漫画の単行本が異常に高騰して、騒動になっている。ネットオークションやフリマサイトでは、「ドラゴンボール」や「ONE PIECE」といった名作漫画の“1巻”の“初版本”が1冊数十万円、状態が良ければ100万円以上で取り引きされる例が相次いでいるのだ。SNS上では、実家を掃除していたら価値の高い単行本が見つかった、と報告する人が続出している。
現在、「ブックオフ」などの古書店には、初版本の“せどり”のために多くの人が訪れていると聞く。子供の頃に気軽に読んでいた単行本に資産価値が生まれるなど、想像もしていなかった人も多いだろう。いったいなぜ、これほどまでの高騰が起こっているのだろうか。【文=山内貴範】
手塚治虫の単行本は高かった
初版本が高くなったのは、別に今に始まったことではない。初版本を集めるのは、漫画や小説などのコレクターの間では定番中の定番であり、もともと高価だったのである。いつ頃から高くなったのかについてまでは厳密には言えないものの、“本を集めるコレクターが生まれた頃から”と考えていいのではないだろうか。

手塚治虫の初期の代表作で、1947(昭和22)年に刊行が始まった『新寳島』は、昭和40年代には早くも初版本にプレミアがついていたという。しかも、初版本は作りも特別で、紙質が良く、立派な装丁であった。ところが、刷りを重ねるごとに紙質が落ち、作りが粗悪になっていた。それが、『新寳島』の初版本の人気が高い要因である。
この『新寳島』は一説には40万部が印刷されたといわれるが、戦後間もないご時世の出版物ということもあって、再版本ですら現存数は少ない。初版本の貴重さは折り紙付きで、2022(令和4)年に「まんだらけオークション」に美本が出品された際は、720万円で落札されている。現在ほどのブームになる前から、初版本は人気があったというわかりやすい例である。
“山止たつひこ”って誰だ?
初版本が人気になる理由はまだまだある。例えば、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の作者・秋本治氏は、6巻が刊行された頃まで“山止たつひこ”を名乗っていた。「がきデカ」の著者、山上たつひこのパロディとしてつけたペンネームだったが、後になって本名に変更されている。このことから、山止たつひこ名義の初版本はプレミアがついている。
出版業界の片隅にいる筆者にとっても頭が痛いことであるが、初版本ではしばしば誤植が指摘される。そこで、後の版で修正が加えられたりすることもあるため、文字もしくは絵にちょっとした違いが生じることがある。また、時間が経ってから表現が問題になるなど、様々な事情で内容が差し替えられたり、改変される例もあったりする。
このように、初版と後の版の細かな違いを比較するなど、研究目的の学術的な資料としても初版本は重要なのである。こうした事情でプレミアがつくのであれば、まだ健全といえる気がする。何より、初版本の人気が高い最大の要因は、“初版本”という言葉の響きがなんともいえないほど魅力的であるため、だと筆者は考えている。
1巻はファンにとって特別なもの
漫画の初版本のなかでも、1巻は特別な存在だ。漫画家が表紙を、特に気合いを入れて描くことが多いため、その作品のシンボルとなることが多いのである。『ドラゴンボール』や『ONE PIECE』は、作品のイメージを具現化している。昨今のヒット作では『【推しの子】』が秀逸である。主人公・星野アイを描いた絵は作画担当の横槍メンゴ氏の畢生の傑作といえ、書店でも一際目を引く存在だ。
1巻の初版本は、基本的に発行部数が抑えられることが多く、後でアニメ化された際に一気に重版される。つまり、流通数が最初から少なく、希少価値が高いのである。ビジュアル的にも素晴らしく、数自体が少ないのだから、プレミアがつく要素はもともと多かったといえる。
そんな1巻の初版本をここまで高騰させたのは、国内以上に海外のコレクターである。外国人には、日本の漫画本がとても魅力的に映るらしい。というのも、海外の書籍と比べると、日本の単行本は装丁がしっかりしていて、デザインが凝っているためだ。日本の漫画の翻訳本を見ればわかるが、カバーがないことも珍しくなく、全体的に簡素な作りである。
それに、ファンであれば“原書”を手にしたくなるものだし、そのなかでもより特別で、他の人に差をつけられるようなものを所有したいと欲する。これは、ファンならば自然な感情ではないだろうか。こうした複合的な事情が、1巻の初版本を高騰させている要因になっていると考えられる。
海外のコレクターが目を付けた
ここまでであれば純粋にファンだけの楽しみといえるのかもしれないが、昨今の高騰ぶりは異常である。これは、外国人を中心に、漫画本が一種の投機対象として目をつけられるようになった要素が大きい。そして、日本の漫画が、世界的な人気を集めていることが背景にある。
高騰が始まったのは、2026(令和8)年になってからのことだ。現在、漫画市場では、紙の本の売り上げを電子書籍が上回っているが、そんな時代だからこそ紙の魅力が再確認されつつあり、所有欲を満たす単行本に注目が集まった。
さらに、ポケモンカードやアンティークコインのように、状態をランク付けする第三者の鑑定機関が生まれたことも大きな要因だろう。単に品物を入手するだけでは飽き足らず、より状態が良い、グレードの高いものを求める風潮が生まれている。その鑑定機関が作ったクリアケースに入れて、美術品のように飾るのが定番と化しつつある。
何より、そうした品物を持っていることをインフルエンサーが自慢したことで、投機熱に拍車がかかったと見ていい。外国人のインフルエンサーには漫画本のコレクターが増加中であり、Instagramなどではコレクションを披露する人をたくさん確認できる。
漫画本が投機に使われるのは複雑
さて、筆者は漫画本の高騰を複雑な思いで見ている。投機的な目的で漫画本が買われることは手放しに歓迎できない一方で、資料が後世に残る可能性が高いという面では、歓迎している部分もある。今まで読み捨てられていたものが、どんなかたちであれ保存される道が開かれた。日本の文化を後世に伝えるうえでは、意義があるといえる。
今後、こういった初版本がどういう価格で推移していくのか、誰にもわからない。ただ、購入希望者が多いということは、それだけ日本の漫画やアニメが世界から評価されている証しでもある。そして、世界にはまたまだ日本の漫画やアニメが広まっていない地域も多い。そういった地域の人々の目に触れ出すと、さらなる高騰が起こる可能性もある。
ただ、その作品にまったく興味がないのに、高くなることを見越して買い求めるのはよろしくないと思う。ポケモンカードの時は、ポケモンの名前もわからないほど愛情のない投機目的の購入者が見られた。コレクターやファンであるならば、一時の流行や投機熱に左右されるのではなく、純粋に好きなものを買い続けることがコレクションを充実させるうえでの鉄則ではないかと思っている。
ライター・山内貴範
デイリー新潮編集部
