YouTubeチャンネル「江戸ざんまい」が、「美女との混浴は『死の罠』。江戸時代パンデミックの感染経路とは?」と題した動画を公開した。動画では、江戸時代銭湯文化の裏側に潜む「湯女(ゆな)」による隠し売春の実態と、それが引き起こした梅毒パンデミックについて詳しく解説している。

動画はまず、現代の銭湯とは異なる江戸時代の特異な浴場構造から説明を始める。当時の銭湯は、蒸気と熱気を逃さないために「柘榴口(ざくろぐち)」と呼ばれる狭く低い入り口から、薄暗い湯船へと入る密閉空間であった。料金が蕎麦一杯に比べて圧倒的に安かったことから、庶民にとって憩いの場として機能していた。さらに当時の銭湯は男女混浴が基本であり、「着物を脱げば、ただの人間」という身分制度を超えた平等な交流の場でもあったと解説する。

しかし、この薄暗い密室空間は次第に欲望が渦巻く場へと変貌していく。その中心にいたのが、客の背中を流すサービス係として雇われた「湯女」たちの存在である。集客のためのサービス競争が激化する中で湯女の役割はエスカレートし、銭湯の2階などで性的なサービスを提供する「隠し売春」が常態化した。幕府公認である吉原の遊女とは異なり、安価で手軽に遊べる湯女は江戸の男性たちから絶大な人気を集めたが、彼女たちの多くは地方の貧しい農村出身者であり、過酷な労働と搾取に苦しんでいた実態も浮き彫りにしている。

そして、不特定多数の男女が密室で濃厚接触を繰り返す環境は、性感染症である梅毒の蔓延という最悪の事態を招く。蘭学者の杉田玄白が「千人の内七百人感染ス」と書き残したほど、江戸市中における梅毒の感染状況は絶望的であった。鼻の軟骨が破壊されて顔の形が変わる「鼻欠け」など、身体が朽ち果てる恐怖に晒されながらも、当時の人々は付け鼻をして往来を歩き、時にはそれを「笑い飛ばす」という凄みのある生き様を見せていたと語る。

動画は、病魔と共生せざるを得なかった江戸の人々の極限の生命力を提示して締めくくられる。歴史の暗部である梅毒パンデミックを通じて、死の恐怖と隣り合わせの時代を「生への執着」で生き抜いた江戸庶民の力強さと、人間特有の欲深さを浮き彫りにする内容となっている。

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