「俺がゴールを運ぶのは違うでしょ」城彰二がプライドを捨てきれなった横浜FC時代を懺悔「最悪だよね、次元が違うと思って…」
2002年シーズン終了後にヴィッセル神戸から戦力外通告を受けた城氏は先日、ジェフユナイテッド市原時代のチームメイトでもあったピエール・リトバルスキー監督から「本気でやるんだったら、うちで受け入れる」と声を掛けられ、当時J2の横浜FCに加入したことを明かしていた。
「復活してやる」という気持ちで加入したが、1998年のワールドカップにも出場し、スペインでもプレーした城氏は、プライドを捨てきれなかったようだ。「どこかで驕りがあった。こんなところでやる選手ではないと思っていた」と赤裸々に語っている。
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ホペイロ(用具係)もいないため、ゴールや水などを運ぶのも選手が行なわなければならなかったが、加入1年目は「1回もやらなかった。俺がやるのは違うでしょと思っていた」という。
「最悪だよね、いま考えると。プライドがあり、俺はそんな次元じゃないと思ってしまった」
城氏は当時の態度を、「拾ってもらったのに…。あの1年目にもう1回戻れるなら戻りたい。もっとチームに尽くすべきだった」と後悔。「チームが負けても、自分が点を取れればいいと思っていた。そんな選手誰も獲らないよね」と反省しきりだった。
ただ、徐々にそういった意識を変えていったストライカーは、現役最後のシーズンとなった加入4年目の2006年、12ゴールを挙げる活躍で、クラブを初のJ1昇格に導いている。
構成●サッカーダイジェストWeb編集部
