「お泊まりはダメ…」3か月も付き合っている男の誘いを断ったワケ
美は、お金をかければかけるほど育つ。
美容皮膚科に、ネイルサロン。それからサプリメント…。いくらあったって足りないの。
誰もがうっとりするような、手入れの行き届いた美貌。
ーそれさえあれば、魔法みたいに全てが上手くいくんだから。
そう信じて美に人生を捧げてきた27歳OL・ユリカの物語。
◆これまでのあらすじ
何よりも“美”を最優先して生きてきたユリカ。彼氏の祐太からは、美容代として月30万円をもらっている。しかし、そんな優しい彼と1週間も連絡がつかない。ユリカには心当たりがあるのだった。

―祐太、今ごろ何してるのかな。
SABONのボディスクラブで丁寧にケアしたあと、スチーマーを顔にあてながら、ジョーマローンのボディクリームで全身をマッサージ。
休日の夕方は、美容に費やす。それがユリカの決まりだ。
甘酸っぱいブラックベリーの香りに包まれながら、ユリカは祐太との出会いに思いを馳せた。
◆
初めて出会ったのは、5か月前。六本木ヒルズの1階にあるカフェで声をかけられたのがきっかけだった。
まだ凍えるように寒かった、冬の東京。
席に着いたその瞬間から、ユリカは隣の男性からの視線をなんとなく感じていた。
でも、そんなことはユリカには日常茶飯事であり、特に気にも留めていなかった。かじかんだ手を温めるようにホットコーヒーを両手で包んで、一口飲む。
すると「熱っ!」と思わず声が出てしまった。それを聞いて、隣に座っていた祐太は、ユリカの顔を覗き込み言ったのだ。
「大丈夫ですか?氷かなんか、もらってきましょうか?きっと冷やした方がいいんで」
焦ったように、祐太は立ち上がった。その時に見えたスラッとしたスタイルと整った顔に、ユリカは釘付けになった。
「この人なら…」ユリカが打算的に考えてしまったワケ
「えっと…。大丈夫そうです、ありがとうございます」
見惚れながらユリカがそう言うと、祐太はホッとしたように言った。
「ああ、良かった。すみません、勝手に1人で慌てちゃって」
その無邪気な照れ笑いに、ユリカは一瞬で心奪われたのだ。
そのまま話が弾み、食事の約束をして別れた。そして、1週間後にはお付き合いを申し込まれた。話を聞けば、祐太は28歳にして2つの会社を経営している敏腕経営者らしい。…付き合わない理由はなかった。
―見た目も収入も文句なし、性格まで完璧。私に最適の彼氏!…そう思ってたのに。
ユリカはマッサージの手を止めて、ふと鏡を見た。祐太のことを考えていたら、眉間にシワが寄っているではないか。
慌てて手でシワを伸ばしながら、でもやっぱり祐太も悪いよと、ユリカはため息をつく。
あれは、10日前。ユリカの誕生日のことだった。

【今週金曜、誕生日だね。18時に六本木で大丈夫かな?】
祐太からの連絡を受けた時、ユリカは舞い上がった。
付き合った時に一度教えただけの誕生日をしっかり覚えてくれている祐太に「さすがだな」とニンマリして、すぐに返信をする。
【うん!とっても楽しみにしてるよ♡】
ユリカは誕生日前日に有給を取り、祐太好みの控えめなデザインにネイルを変更。さらに歯のホワイトニングを受け、美容院でトリートメントまでしてもらった。
そうして向かった六本木のレストランは、予約が取れなくて有名な高級フレンチだった。
ユリカは普段から食事量にも細心の注意を払っているので、フレンチのコースというと、いつもカロリーのことばかりが気にかかってしまう。
だが祐太が事前に計らってくれたのか、ユリカのものはすべてハーフポーションで提供された。
―嬉しい気づかい…。
それはそれは、最高の夜だった。あの日は、祐太も幸せそうに笑っていたのだ。
コース料理を堪能し終わり、ウェイターがケーキを持ってくる。さらに祐太は、大きなバラの花束をユリカに渡し「誕生日おめでとう」とほほえんだ。
「祐太…。本当にありがとう」
ユリカは涙が出そうなくらい嬉しく、輝く目で祐太を見つめた。
「ユリカ。これ、プレゼント」
そう言うと祐太は満足げな表情で、水色の花が描かれた綺麗な封筒をユリカに手渡した。
「開けてみて」
祐太の言葉に従って封を切る。
そこには金沢行の新幹線のチケットが入っていた。
「ほら、前に一緒にテレビ見てたとき、行きたいって言ってた旅館あるでしょ?今からそこで、ゆったりお祝いしたいなと思って」
目の前には、満面の笑みを浮かべる祐太。
一方のユリカは、自分の顔がこわばっていくのを感じていた。
「どうしよう…」そのときユリカが考えていたこととは?
チケットを片手に固まってしまったユリカを、祐太は不思議そうな顔で見ている。ややあってから、ユリカは小声で伺うように言った。
「あの…。とっても嬉しいんだけど、泊まるんなら一旦帰らなきゃ」
すると祐太は少し安心した表情になった。
「ううん、大丈夫。向こうで必要なものは、俺が全部買ってあげるから」
「…違うの、祐太」
「え、何が違うの?」
「あのね、服とかはどうにかなるからいいの。じゃなくて、化粧水が」
「…化粧水?」
祐太は、怪訝な表情で静止した。
「だから、一旦帰っていい?」
祐太は、目を丸くしたままユリカを見つめる。
「ごめんユリカ、今からすぐ行かなきゃ。これ最終便のチケットなんだ…。今から東京駅に直行しようって考えてた」
ユリカはそれを聞いて、小さくため息をついた後、うつむいたまま首を振った。
「本当にごめんなさい。だったら…泊まりは無理よ」
「いやいや、化粧水なら、どっかで売ってるだろ?ブランドの化粧水だって、コンビニにも置いてあるよ?」
「ダメなの!祐太の家にも置かせてもらってる、あの化粧水じゃなきゃダメなの」
ユリカは目に涙を浮かべて、真剣に訴える。すると祐太は、諦めたようにため息をついた。
「…そう。サプライズになると思ったんだけどな」
悲しみに満ちた、祐太の声。ユリカは低いトーンでつぶやくように言った。
「どうして事前に言わないの?私がそういうのこだわるって、わかってるでしょ?」
ユリカがイラついた声で放ったその言葉で、祐太は席を立つ。そして、静かに「…わかったよ、もう」と言い捨てると、店を出ていってしまった。

追いかけるようにしてユリカが店の外に出ると、リムジンが1台停まっていた。祐太はその運転席に向かって何かを話し、頭を下げている。
立ち尽くすユリカに「今日はもう帰って」とタクシー代を手渡し、祐太は足早に去っていった。
◆
あのとき、追いかければよかった。
今となっては、そう思う。けれどあのときは、ユリカも怒っていたのだ。
―いつものスキンケアが一晩でもできないなんて、不安すぎる。
それに、美容へのこだわりが強いことを知っておきながら、サプライズ旅行を計画するなんて、無神経な彼氏だと思う。
ユリカは何度目かわからないため息をついた。
―とにかく、このままじゃ自然消滅しちゃう気がする。明日の昼休みに祐太の会社まで行ってみようかな。
そう考え、ユリカはマッサージする手を一層強めた。
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突然会いに来たユリカに、祐太は…?

