イチローがイップスを告白「テレビでは言ったことない」
15日、テレビ朝日「報道ステーション」では、野球解説者・稲葉篤紀氏がマイアミ・マーリンズのイチローに行った単独インタビューの模様を放送した。
「報ステ3000回らしいじゃないですか。3000回ってエグイっすね。古舘伊知郎がいなくなる報道ステーション、どうなるんですか?」と上機嫌のイチローは、自ら「いいっすか? (メジャー通算)3000(本安打)の話をしなくて?」とも。稲葉氏が「俺、20年で2000本ちょっとしか・・・」と言いかけると、「それはしょぼい」と一蹴するなど終始ノリノリで話した。
またインタビュー中、高校2年生から97年まで心理的な影響で思うようなプレーができなくなる運動障害「イップス」だったことを告白したイチローは、「しんどい思いはどっかでしておくべき」などと前向きに振り返った。稲葉氏との主なやり取りは下記の通りだ。
稲葉:僕、甲子園に行ってないから、甲子園はうらやましいと思う。
イチロー:僕ね、甲子園なんか全然行く気なかったんですよ。全然行く気なかった。
稲葉:プロ?
イチロー:はい、その一点でしたから。名電選んだのもその一点。できれば甲子園に行って見てもらうという機会として、甲子園に出た方がいいだろうという考え方。
稲葉:なるほど。
イチロー:ピッチャーやるのもピッチャーだったら一番目立つ。でもプロ入ったらこっちのもん。みんな同じところからスタートなんで。ドラフトが1位だろうが10位だろうが関係ない。僕にとって。だからピッチャーを続けたかったというのはあったんですけど、途中、僕イップスになっちゃったんで。
稲葉:へぇー。いつ?
イチロー:高2の春です。
稲葉:あ、そう。そんなことあるんだ?誰も知らないんじゃないの?
イチロー:テレビでは言ったことないかな。イップスになっちゃって投げられなくなったんですよ。
稲葉:今多いのよ。
イチロー:えっ?今なんで多いんですか?それこそ上下関係が緩くなってきてて、そういうプレッシャーってないじゃないですか。僕らの時代はまだ1年生、僕らがゴミで、2年生が人間。3年生が神様っていう位置付けなので。ゴミが神様に投げるわけですから、それは大変なもん。それでイップスに。
稲葉:それ、どうやって克服したの?
イチロー:センスです。これは努力ではどうしようもない。センスです。
稲葉:センスね。
イチロー:一番の僕の野球人生のスランプでしたね。だって投げられない。一番自信があったものですからね。投げることって、その当時。それでもプロ入って治ったのは97年くらい。日本一になった時、僕まだイップスでしたから。
稲葉:そんな時期あったんだ。
イチロー:ありました。
稲葉:いいね。そういう話はみんなが・・・(と何かを言いかける)。
イチロー:イメージないですかね。でも支えになってますけどね、あの2年半は。あんなしんどいことないですよ。やっぱ、しんどい思いはどっかでしておくべきですよ。早い段階で。
「報ステ3000回らしいじゃないですか。3000回ってエグイっすね。古舘伊知郎がいなくなる報道ステーション、どうなるんですか?」と上機嫌のイチローは、自ら「いいっすか? (メジャー通算)3000(本安打)の話をしなくて?」とも。稲葉氏が「俺、20年で2000本ちょっとしか・・・」と言いかけると、「それはしょぼい」と一蹴するなど終始ノリノリで話した。
稲葉:僕、甲子園に行ってないから、甲子園はうらやましいと思う。
イチロー:僕ね、甲子園なんか全然行く気なかったんですよ。全然行く気なかった。
稲葉:プロ?
イチロー:はい、その一点でしたから。名電選んだのもその一点。できれば甲子園に行って見てもらうという機会として、甲子園に出た方がいいだろうという考え方。
稲葉:なるほど。
イチロー:ピッチャーやるのもピッチャーだったら一番目立つ。でもプロ入ったらこっちのもん。みんな同じところからスタートなんで。ドラフトが1位だろうが10位だろうが関係ない。僕にとって。だからピッチャーを続けたかったというのはあったんですけど、途中、僕イップスになっちゃったんで。
稲葉:へぇー。いつ?
イチロー:高2の春です。
稲葉:あ、そう。そんなことあるんだ?誰も知らないんじゃないの?
イチロー:テレビでは言ったことないかな。イップスになっちゃって投げられなくなったんですよ。
稲葉:今多いのよ。
イチロー:えっ?今なんで多いんですか?それこそ上下関係が緩くなってきてて、そういうプレッシャーってないじゃないですか。僕らの時代はまだ1年生、僕らがゴミで、2年生が人間。3年生が神様っていう位置付けなので。ゴミが神様に投げるわけですから、それは大変なもん。それでイップスに。
稲葉:それ、どうやって克服したの?
イチロー:センスです。これは努力ではどうしようもない。センスです。
稲葉:センスね。
イチロー:一番の僕の野球人生のスランプでしたね。だって投げられない。一番自信があったものですからね。投げることって、その当時。それでもプロ入って治ったのは97年くらい。日本一になった時、僕まだイップスでしたから。
稲葉:そんな時期あったんだ。
イチロー:ありました。
稲葉:いいね。そういう話はみんなが・・・(と何かを言いかける)。
イチロー:イメージないですかね。でも支えになってますけどね、あの2年半は。あんなしんどいことないですよ。やっぱ、しんどい思いはどっかでしておくべきですよ。早い段階で。