一見、何の問題もなく幸せそうに見える仲良し夫婦。

けれども彼らの中には、さまざまな問題を抱えていることが多いのだ。

「あなたの旦那さん、浮気しています」

仲良し夫婦だと思っていた北岡あゆみ(32歳)のもとに届いた一通のメール。

怪しんだあゆみは、家でさらに、覚えのないレストランのレシートを発見してしまう。




12月23日、土曜日。

レシートに記載されたその日、あゆみの夫である樹は、確かに「男友達と忘年会」と言って出かけたはずだ。しかし、このレシートが示しているのは、 レストランでの二人分の食事。

ーこれは一体、何…?樹が嘘をついたっていうこと……?

樹はその日の朝方、あゆみが寝ている間に帰ってきたが、たまにあることだったので、特に気にしてはいなかった。けれども…。

ー私を心配させないためについた嘘かも。仕事でお世話になった人にお礼をしたとか、昔の友人とたまたまだとか…。それに、レストランに行っただけでは浮気したかどうか分からないし…。

なんとか自分に言い聞かせようとするが、やはりどうしても“浮気”の2文字が頭から離れない。

あゆみはそれから夢中で他にも怪しい物はないか、上着のポケットやゴミ箱、その他思いつくところを探し回ったが、結局何も見つからなかった。

ー1度証拠を見つけたら、知らなかった日にはもう戻れないから…。

紀子から言われた言葉が頭に響く。彼女は一体、どんな思いでこの言葉を言ったのだろうか?

考えれば考えるほど怖くなり、その日は樹が帰ってくる前に寝てしまった。



翌日の朝、早く目が覚めたあゆみは、これからどうしようかと考えていた。

ー自分がこんな風になるなんて…。

あゆみはこれまで、恋愛において、あっさりした方だと思っていた。恋愛に深くハマるタイプではなかったし、もし付き合っている人に浮気をされた時には、別れれば良いと思っていた。

友人達が彼氏の浮気で悩んでいた時も、「浮気が本当かどうか確かめてみて、本当なら、もっと自分を大事にしてくれる人と幸せになるべき」などとアドバイスをしたものだ。

けれど、いざ自分が同じ立場におかれて初めて、友人達が別れられずに悩んで苦しんでいた気持ちが分かった。

ー皆、相手のことが好きで信じていたからこそ、真実を知るのが怖いし、簡単に別れを選択できなかったのね…。

あゆみがフゥッとため息をつき、冷蔵庫から水を取り出そうとした時、樹が起きてきた。

「おはよう、今日も早いね。」

「あ、うん…。」

あゆみは何とか返事をするも、樹の顔をまともに見られない。樹がいつものように話しかけてきたが、避けるように洗面所へと逃げてしまった。

ーどうしよう……。このままじゃダメだ。

そう思ったあゆみは身支度を整え、「ちょっと用事があるから」と言って、そそくさと家を出た。


あゆみが決心したこととは…?


樹の嘘


樹と顔を合わせたくなくて勢いで家を出てしまったが、行くあては特になかった。

結局気持ちを静めるために少し歩こうと、代官山の『IVY PLACE』に行くことにした。




開店直後だったこともあり、すぐに席に通してもらうことができたが、12時前には既にいっぱいだった。

開放感のある高い天井に、 優しい光で包まれた店内。大きな窓からは、東京であることを忘れるような木々が見える。この落ち着いた空間で心が緩んだあゆみは、無意識にこう思った。

ー素敵なお店、次は樹と来たいな…。

そんな思いが頭に浮かんだ途端に、今直面している現実を思い出し 、あゆみはとても悲しくなった。

結婚した頃、何の疑いもなく、数年先の未来をお互い共有できることが嬉しかった。家族となった樹が“自分に一番近い存在”と思えたからだ。けれど今は、その一番近い人が、何を考えているのか検討もつかない。

ーやっぱり、樹にそれとなく聞いてみよう。このままじゃ、何も解決しない。

あゆみは今晩、レシートについて探りを入れてみよう、と決心した。



家に帰ると、すでに樹がご飯の支度を始めていた。普段帰る時間もバラバラだが、日曜日の夜だけは一緒にご飯を取ることにしている。家で作る時には、二人で一緒に作ることが多かった。

「あゆみ、お帰り。今日はビーフシチューにしようかと思って、材料買っておいたよ。」

あまりに普段と変わらない樹の笑顔に、拍子抜けすると同時に何だか泣きそうになった。

「ありがとう、すぐに手伝うね。」

それから二人はいつものように、楽しく会話をしながらご飯の用意をした。

「わぁ、このお肉柔らかくて美味しいね、ワインにも良く合う!」

「だろう?美味しそうな牛ほほ肉見つけたからさ、今夜は絶対ビーフシチューだと思って。」

樹とそんな会話をしていると、今までの幸せな結婚生活を思い出し、あゆみは怖気付いた。

―このまま、なかったことにした方が幸せかも……。

そんなことを思っていると、ダイニングテーブルの上に置いてあった樹のスマホが震えた。

すると樹は素早くスマホを手に取り、画面も見ずにポケットにしまいこんでしまったのだ。

その動きがあゆみには、何かを隠しているように見え、忘れかけていた不安が一気に襲ってきた。その不安に後押しされたように、あゆみは静かに口火を切った。

「…そういえば、去年のクリスマス前に、男友達と忘年会したって言ってたじゃない?どこのお店に行ったの?」

すると樹は、一瞬の沈黙の後、何食わぬ顔で答えた。

「…あぁ、あれね。新宿の『鳥茂』だったかな。その後は近くのバーに移ったけど。」

「そこ、良かった?何人くらい集まったの?」

あゆみは慎重に、質問を続けた。

「4人だよ、高校の時の友だちと。どうしたの、急に。」

「今度友達と新年会しようと思ってるから、ゆっくり話せるお店ないかと思って。ほら、あの日、結構早く出て行ってたじゃない?何時開始だったの?」

あゆみは、樹が女性と食事の後に、忘年会に参加した可能性に賭けてみた。

「そうだっけ?7時くらい開始で、3時間ほどいたかもね。」

やはり、樹は嘘をついている。けれどこれ以上問い詰めたところで、決定的な証拠が無ければ誤魔化される気がして、その話は終わりにした。



その後もずっと、樹の浮気疑惑が頭から離れなかった。考えないようにしても、ふとした時に思い出しては、心に黒い渦を巻くのだ。

そんなある水曜日の夜8時、樹からLINEが入った。

「今日残業でかなり遅くなりそうだから、先に寝ておいて。」

ーあれ?今日って、第4水曜日だよね?

樹の会社では、毎月第4水曜日はノー残業デーとされていたはずだ。心にざらりとした、嫌な予感が走る。

仕事に戻ろうとしたが、なかなか集中できない。今こうしている間に、樹が誰か女性と会っているかもしれない。そんなことを思うと、いても立ってもいられなくなり、気がつくとあゆみは、樹の会社に向かっていた。


あゆみは証拠を捕まえられるのか…?


滑稽な自分


勢いで会社の近くまで来てしまったものの手持無沙汰だったため、駅と会社の間に24時まで営業しているカフェを見つけ、そこで待つことにした。ここで待っていれば、必ず樹は前を通るはずだ。

それと同時に、カフェの前を通り過ぎる若い女性に、つい反応してしまう。

―あなたの旦那さん、浮気しています。

あのメールを送った女が、会社の同僚だったら…。今あゆみの目の前を通る可能性だって、充分あるのだ。




しかし2時間以上待っても一向に樹は出てこない。埒が明かないと思ったあゆみは、LINEを打った。

―まだ会社?今たまたま近くのカフェにいるんだけど、一緒に帰らない?1時間くらいなら待てるから。

少し不自然かと思ったが、もうそんなことまで頭が回らなかった。樹からはすぐにLINEが返って来た。

―ごめん、今仕事で病院にいるから。

MRをしている樹は、たしかにしょっちゅう病院へ出入りしているが、時刻はもう22時を回っていた。

ーこんな時間に…?

そうは思ったものの、樹の仕事の詳しい内容まで把握していない。あゆみは、何も考えず会社にまで来てしまった自分が、急に滑稽に感じた。

結局この日は何も証拠を掴めず、一人トボトボと帰った。



「どうしよう……。私、どんどんおかしくなっていっちゃう…。」

土曜日のヨガの後、あゆみはいつものように、紀子と清香の三人で、『春秋ユラリ恵比寿』に来ていた。

「それで、他には証拠は見つからなかったんですか?気になりますね…。」

「うん…。少し探したんだけど、何も見つからなくて。SNSもやっていないし。」

清香が心配そうにあゆみに尋ねる中、紀子が言った。

「会社まで行くなんて、あゆみちゃんも大胆なことするわね。証拠のない今の状態で、疑っているなんてバレちゃダメなのよ?潔白でも黒でも、後々面倒なことになるわよ。」

紀子に言われてドキリとした。確かにあの後何かを勘付かれたのか、樹は妙によそよそしくなった。

「私も昔、それで失敗したの。一人で突き止めようとして、それがバレて余計ガードが堅くなっちゃって…。あゆみちゃん、もし次に機会があれば、その時は協力をするから言って?顔がバレていない私がいたほうが、色々探りやすいと思うし。」

「私も、良ければ協力しますよ!」

二人を巻き込むのもどうかと思ったが、自分一人では確かに難しいかもしれない。その上、その”機会”というのが、明日に迫っていたのだ。

「ありがとうございます。実は今朝、突然月曜日出発の出張が、明日からに変更になったって言われて…。」

前から出張があることは聞いていたが、「大阪でのミーティングが朝にずれたから、急に前日入りになった」と家を出る直前に言われ、あゆみはまた疑心暗鬼になっていた。

この話を聞いた二人は、明らかに顔を強張らせている。

「それ、怪しいわね……。明日なら私、10時以降は予定ないから、尾行するなら協力できるわ。」
「私も大丈夫です。旦那さんの証拠、掴んでやりましょう。」

真実を知るのが怖いと思いながらも、ここまで来てしまったからには、もう戻れない。

この状況に少し不安を感じながらも、今は二人がいてくれることが、あゆみにとっては心強かった。

▶NEXT:2月8日 木曜更新予定
とうとう樹を尾行することに決めたあゆみは、浮気の証拠を突き止められるのか?




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