中国で7月1日、重要な法律が施行される。評論家の白川司さんは「この法律は、習近平指導部に対する批判を封殺するだけでなく、中国に進出した海外企業が撤退する自由を奪うことができる。日本にとって、中国に投資するコストは格段に大きくなるだろう」という――。
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中国習近平共産党中央委員会総書記・国家主席と彭麗媛夫人は2026年6月8日夜、朝鮮・平壌の「木蘭館」で開かれた金正恩労働党総書記・国務委員長主催の歓迎宴に出席した。写真は歓迎宴であいさつする習近平氏〔新華社=中国通信〕 - 写真=中国通信/時事通信フォト

中国批判を封殺する「民族団結法」

2026年3月12日、中国の全国人民代表大会(全人代)で「民族団結進歩促進法」(以下、民族団結法)が可決され、7月1日に施行される。

前文と7章65条で構成され、「中華民族共同体意識」の強化を国家全体の任務として位置づけるこの法律は、少数民族政策の一般法という範囲にとどまらず、教育、言語、出版、インターネット、企業活動、宗教、対外発信、香港・マカオ・台湾、海外華僑までを一体で規律する構造になっている。

この法律は「民族の団結」という美名に反して、習近平指導部が長年にわたって積み上げてきた「対外弾圧インフラ」の完成形であり、日本企業と日本人の言論そのものを標的にする「最終兵器」である。

施行まであとわずかな今、私たちはこの法律の危険性を正確に理解しなければならない。とくに中国ビジネスに関わっている人には必須である。

■少数民族の「団結」を強制する法律

民族団結法は、主に3つの柱で構成されている。

第一の柱は、言語の一本化だ。教育や行政、公共の場において、標準語としての中国語を推進する政策を正式に制度化する。ウイグル語、チベット語、モンゴル語による授業や行政サービスは、これによって制度的に排除されることになる。

第二の柱は、文化的異議申し立ての犯罪化だ。「暴力的なテロ活動、民族分離主義活動、宗教的過激主義活動」への関与を犯罪とする。これによって、独自の文化や言語を守ろうとする少数民族のあらゆる活動が、いつでも「分裂主義」として犯罪認定されうる状態になる。

平たく言うと、少数民族や宗教問題で中国政府を批判すると、今後は「犯罪」に認定されうるのである。「表現の自由」との兼ね合いから曖昧に設定されてきた従来の規制を、明文法によって決定的に塞ごうとしているわけだ。

第三の柱が最も深刻だ。第63条の域外適用条項である。「中国国外の組織・個人が民族団結を破壊し民族分裂を作り出す行為を行った場合、法的責任を追及する」と明記されている。

日本に居住する私たちが少数民族や宗教問題で中国を批判すると、中国政府から犯罪者として扱われかねなくなったわけである。はっきり言って、横暴の極みだが、中国はすでにそういった国家になっており、私たちとしては面と向かって対策を立てていくしかない。

■ターゲットは中国の中ではなく外

民族団結法は習近平の民族政策を法典化したものだ。この法律を見たとき、2020年の香港国家安全維持法(国安法)との共通点が気になった。「分裂」「転覆」「テロ」という曖昧な概念で異論を犯罪化し、域外適用条項を持つという骨格はほぼ同じである。

ただし、両者の間には決定的な違いがある。

国安法は2019年の大規模抗議運動を受け、事後的に事態を収拾するために制定された。「鎮圧のための法律」である。

民族団結法はそうではない。中国政府はすでにウイグル人やチベット人への弾圧を強制収容所の建設、言語教育の廃止、宗教施設の破壊という形で何年も続けてきた。国内向けの法律など不要であるはずだ。

それなのになぜ、あえて法律として制定したのか。それは、この弾圧政策を将来にわたる長期目標として制度化し、さらに中国の外(つまり、日本などの外国)にまで法的な「触手」を伸ばすためだろう。

国安法が「1つの地域を封じた法律」であるとすれば、民族団結法は「1つの思想を世界規模で封じる法律」として設計されている。

中国が日本で日本人を逮捕できるのか

また、民族団結法は、国安法の「試験運用」が成功した結果として生まれた法律でもある。先述の「域外適用条項」は国安法第38条にも存在する。

2023年、日本の大学に留学中の香港人女子学生が、2年前に日本国内のSNSへ投稿した内容を理由に、帰国後に逮捕された。香港以外の外国での言動に国安法が適用された初のケースだ。国際社会は反発したが、中国への制裁には至らなかった。

※Reuters「Hong Kong student jailed for 2 months under sedition over social media posts in Japan」(2023年11月3日)

この「実験の成功」が、民族団結法の域外適用条項制定の根拠となったと考えられる。

国安法施行から民族団結法成立まで6年。習近平政権はその間、域外適用がどこまで機能するか、国際社会がどこまで許容するかを、慎重に観察してきたのだ。だからこそ、満を持して制定された。

「いくら域外適用があろうが、中国政府が日本で日本人を逮捕できるわけではない」

そう考える人もいるだろうが、そのためのインフラはすでに整備されている。

■東京・秋葉原にも秘密警察の拠点が

中国の地方政府の公安局が、海外に秘密警察の拠点(通称「海外派出所」)を設置するケースが続出している。こうした拠点は、接受国の同意なく他国内で政府機能を持つ施設を設置・運営している点で、中国を含む世界192カ国が批准する「外交関係に関するウィーン条約」に違反するとの指摘が各国当局から出ている。

国際人権NGO「セーフガード・ディフェンダーズ」の調査によれば、中国の海外派出所は少なくとも53カ国・102カ所に達し、日本も含まれる。

The Safeguard Defenders「Patrol and Persuade」より編集部がGeminiで作成

秘密警察の拠点では、在外中国人の免許更新などのほか、中国人留学生の監視、スパイ活動、さらには反体制派への脅迫やテロ予告などもおこなわれていることが、アメリカFBIの調査などから明らかになっている。数年前、秋葉原に海外派出所の存在が報じられたことを覚えている方も多いだろう。文藝春秋の報道では西日本の政令指定都市近郊での設立も確認されている。

■海外での弾圧行為に「お墨付き」

どうやって中国の警察が外国で活動するのか。手口は主に2つある。

1つは、ビザやパスポートを取り上げ「言うことを聞かなければ故郷に帰れなくする」と脅すこと。もう1つは、中国に住む家族を人質にとり「言うことを聞かなければ家族が消える」と恫喝することだ。郷土愛が人一倍強い中国人にとって、このやり方はかなりの効き目があると言われている。

これまでこうした活動は、法的根拠が曖昧なまま行われてきた。民族団結法第63条が施行されれば、中国側は「国内法に基づく正当な執行活動」と主張できるようになる。法的な「お墨付き」を与えることで、海外での弾圧行為をより組織的・積極的に展開する狙いがある。

先述のセーフガード・ディフェンダーズの報告書によると、中国当局は2021年4月からの1年余りで約23万人の中国人を「説得」の名目で帰国させたとされ、海外派出所のネットワークがその一翼を担ったと指摘されている。

こうした活動には「国際法と領土主権の侵害」との非難が国際社会から出ている。アイルランド、カナダ、オランダの当局は自国の海外派出所に対して運営停止を求めているが、日本はいまだ実効性のある対応ができていない。

■強制労働の実態調査に高いハードル

民族団結法の施行が、日本企業にとって深刻な「二重の罠」を生み出す構造を理解しなければならない。

一方には、アメリカによる「ウイグル強制労働防止法」がある。これは、新疆ウイグル自治区からの輸入品が強制労働で生産されたものではないと企業が明白に証拠を示すことができない限り、同自治区が関与する産品の輸入を原則禁止するものだ。この法律に従うには、日本企業はサプライチェーンを徹底的に調査しなければならない。

だが他方、民族団結法はそれに対する「反撃」の道具として機能する。中国の工場での強制労働の可能性を調査しようとすれば、今度は中国から「民族分裂を扇動する行為」と認定される可能性がある。

この構造はすでに反外国制裁法によって先行して整備されていた。外国企業などは、アメリカなどの中国に対する制裁措置の要請(処罰リスク)と、中国での損害賠償リスクの「板挟み」になるおそれがある。民族団結法は、この「板挟み」の対象範囲を人権問題全般に拡大する。

■投資を歓迎する一方、出口を封じる

さらに深刻なのが、反外国制裁法に基づき日本企業を「反制裁リスト」に掲載することがありうる点だ。

リストに掲載された場合、中国国内資産の差押え・押収・凍結、国内組織や個人との取引・協力の禁止または制限、個人の場合は入国禁止・査証取消・国外追放などの措置がとられる可能性がある。反制裁リストに掲載された企業は、防衛関連部門以外のあらゆる事業に影響を被ることになる。

ウイグル問題を取材・報道する記者や研究者、関連する国会決議に賛成した議員、新疆綿を含むサプライチェーンの調査を行う企業など、これらのすべてが「民族分裂を扇動する行為」と認定される可能性がある。

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習近平政権は、そこにさらなる網を被せようとしている。

2026年3月31日、李強首相は「産業チェーン・サプライチェーンの安全に関する国務院の規定」(国務院令第834号、全18条)に署名し、4月7日に公布・即日施行した。

この規定によれば、規制当局はサプライチェーンの移転を進める企業を調査する際、従業員を尋問したり企業の記録を検討したりできる。さらに外国企業が本国の圧力でサプライチェーンを他国へ移転したと疑われる場合、該当する企業や個人の中国からの出国を禁止できる。

中国は、入口では「投資せよ」と誘い込みながら、出口では「出ていくな」と封じるのだ。

■「台湾を支持する」と言っただけで逮捕?

近年、欧米を中心に、企業がサプライチェーンを通じて海外の人権状況に影響を及ぼしていないかを確認・対応する「人権デューデリジェンス」の重要性が強く認識されるようになってきているが、もし実施すれば民族団結法で制裁、サプライチェーンを移転すれば出国禁止が課される。

これはもはや通常のビジネスリスクではなく、「蟻地獄」である。

一度中国投資に踏み込んだ企業は、抜け出そうとするたびに底なし沼に引きずり込まれる。すでに中国から撤退する自由すら奪われたと考えるべきだ。

見落としてはならないのは、民族団結法は台湾問題とも密接に絡み合っていることだ。

法文は「中華民族共同体意識」の強化を中心に据え、香港・マカオ・台湾、海外華僑までを一体で規律する構造になっている。台湾の独立を支持する言動は、この法律の下では「民族分裂主義活動」として処罰対象になりうる。日本人が台湾支持を表明することも、理論上は第63条の射程に入る。

台湾への武力統一を視野に入れる習近平政権にとって、民族団結法は「台湾統一の正当化」と「外国からの反発の封じ込め」を一体で達成するための法的基盤でもある。

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■7月1日以降、日本企業に迫る経営判断

2020年、香港に国安法が施行されたとき、世界は制裁より経済を選んだ。その「不作為の代償」が、今日の民族団結法だ。

これは単なる規制圧力だけの話ではない。民族団結法の施行によって、中国でのビジネス継続と国際基準への対応の両立が、構造的に不可能になる局面が現実味を帯びてくる。

ウアルカイシ氏(天安門事件の元学生指導者)は、事件37周年にあたる2026年6月4日の東京でのイベントでこう述べた。「日本も中国の脅威に対する最前線に立つときだ」。まさにそのとおりの国際環境が整いつつある。

7月1日、第63条が有効な法律として存在し始める。「言論の自由」と「対中経済関係」のどちらを優先するのかという問いは、今や企業経営者にとっての経営判断の問題でもある。

経営判断を先送りし続けた企業が、「中国に投資したことによるコスト」の大きさにあとで気づいても、もはや手遅れだ。

民族団結法とは、習近平が「思想の長城」を世界規模で築こうとする試みだ。その長城の内側に自社を置き続けることは、もはや「ビジネスリスク」ではなく「経営の存続リスク」を意味するようになりつつある。

別記事で述べたが、これからの企業経営者には、地政学的な知見と、そこから導かれる速やかな判断が強く求められる。中国の危険性を認識し、地政学的な情報に常に敏感になっておく必要がある。

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白川 司(しらかわ・つかさ)
評論家・千代田区議会議員
国際政治からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。『月刊WiLL』にて「Non-Fake News」を連載、YouTubeチャンネル「デイリーWiLL」のレギュラーコメンテーター。メルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評。著書に『14歳からのアイドル論』(青林堂)、『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック)ほか。
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(評論家・千代田区議会議員 白川 司)