【独自】“61歳の誕生日を高級ソープで”東大院おねだり元教授「関係者の裁判判決」でわかった新事実
〈東京大学大学院の教授だった佐藤伸一被告(62)が、共同研究相手に風俗店などでの接待を要求していた事件。5月下旬、佐藤被告の部下と共同研究相手の理事長に相次いで判決が下った。ノンフィクションライター・水谷竹秀氏が、2つの判決から事件の実態に迫る〉
判決言い渡しが終わった後、一般社団法人「日本化粧品協会」理事長の引地功一氏(52)は、報道陣の前で「控訴はしない」と言明し、これまでの日々をこう振り返った。
「私の中ではずっと昨日のことのように記憶に残っています。ただただ、講座(共同研究)を閉められる恐怖が毎日あったので、佐藤伸一元教授、吉崎歩元特任准教授(46)に対して嫌な顔一つ見せられるわけがなかったのです。怖い先輩からお金を持ってこい、とか言われたら嫌でも笑ったり取り繕ったりする(のと同じで)。まあ、弱い部分が私にも、もちろんありましたが、自分から楽しんで行ったことはなかったです」
しかし、この悲痛の訴えは裁判所に届くことはなかった−−。
5月26日午前、東京地裁第706号法廷。
東大大学院医学系研究科での共同研究を巡り、佐藤と吉崎らに都内の高級クラブやソープランドを接待し、計約380万円を支払ったとして贈賄罪に問われた引地氏に対する判決言い渡し公判が行われた。引地氏の判決は懲役1年、執行猶予3年だった。
裁判の争点は、接待が「強要」に当たるかどうかだったが、引地氏が吉崎と交わしたメッセージ内容に恐怖心が確認できなかったとして、強要とは認められなかった。だが、引地氏が恐怖を抱き始めたのは、最初の接待が行われる8ヵ月前だった。
その発端は、共同研究(講座)を始めるにあたっての仮資料に、佐藤とは別の教授の名前が誤記されていたことだ。それを見た佐藤は激怒し、返信メールで「面談はされなくて結構」、「全てお断りします」などという強い言葉で一方的に話し合いを拒否したという。単なる誤解のはずが、研究を白紙に戻そうとした佐藤の強行的な態度に、引地氏は恐れをなした。
接待は初回から「14万円」
最初の会食は’23年2月に銀座の高級フランス料理店で行われた。そこでも佐藤は、講座開設の手続きがいかに大変だったかを説明した上で、「金沢大学にいた時は、製薬会社の接待でクラブなどにも行っていた」と“前科”をちらつかせた。このため引地氏は、自身が手がける共同研究においても接待への「無言の圧力」を感じた。その時の心境を引地氏が語る。
「ここで割り勘にしましょうなどと言って機嫌を損ねられたら、また講座を白紙にすると言われかねない。そんな恐怖に駆られました」
引地氏はその場の飲食代約14万円を支払い、以降は佐藤らの要求で会食に高級クラブが加わり、その1年後には吉原の高級ソープランドへとエスカレートした。接待は月2回のペースで、1回数十万円、時には100万円を超えたという。この間、引地氏には吉崎からこんなメッセージが届いていた。
〈3/10の〇〇(高級料理店の名前)ですが、佐藤先生がスッポンとフカヒレの〇〇コースがいいなぁ、と仰っていました。笑〉
〈(佐藤は)クラブ〇〇は大変気に入られたようで、引地さんが他のところも連れて行ってくださるそうですよ、と伝えたのですが、クラブ〇〇で良い、とのことでした。あの二人を気に入られたみたいです大笑〉
こうした要求に対し、引地氏はビジネスライクに返信をしており、その字面だけでは「恐怖心」はうかがえない。しかしその裏には、機嫌を損ねてはなるまいと自身を取り繕うしかなかった引地氏の本心が見え隠れする。その行間まで、判決は読み取ることはできず、裁判に提出された証拠に基づいた判断でしかなかったのだ。
引地氏の代理人・高安聡弁護士は、佐藤らと引地氏の関係についてこう指摘する。
「いじめの構図に近い。いじめられている子は、表面上は笑ってみたり嫌々だけど一緒に楽しんでいるように振る舞う。そういう印象です」
「佐藤先生の言うことは絶対的」
5月22日には部下の吉崎が懲役1年、執行猶予2年、追徴金約196万円の判決を言い渡されている。吉崎は先の公判で、佐藤に従わざるを得ない背景事情をこう説明していた。
「医学部の文化というのがございまして。私は長崎大学の出身で、当時、佐藤先生は同大学皮膚科の教授でした。そこからずっと先生にくっついて東京大学まで来ました。佐藤先生の言うことは絶対的な響きを持つのです」
「私が佐藤先生に何かを言って嫌われたら、私の居場所は東大皮膚科にはなくなってしまいます」
吉崎も引地氏同様、絶対的権力者である上司の顔色を常にうかがっていた。その主従関係は接待の現場でも露骨だった。引地氏にはこんな記憶が残っているという。
それは’24年8月のお盆前のこと。吉崎は家族で実家のある長崎県へ帰省中だった。ところが佐藤から突然、呼び出され、吉崎は妻らを残して自身だけ東京へ引き返してきたという。引地氏が述懐する。
「吉崎が朝イチで長崎を出て吉原のソープランドに来たんです。汗かきながらだったんですけど、家族の洗濯物をたくさん持っていて。それを東京の自宅に置いてくる間もなく吉原に直行です。しかもハイソックスに半ズボン、アロハシャツ姿で。それを見た佐藤が待合室で笑っていました」
その日は佐藤の61歳の誕生日だった。
「でも場所がソープランドだったからお祝いできなかったんです。さすがに待合室でケーキを出してもらうわけにもいかないし……」(引地氏)
2人がソープランドに通い始めたのは、その4ヵ月前の春だった。泡姫の人選にも引地氏の配慮があった。2人から事前に女の子のタイプを聞き、店側のスタッフとやり取りしながら人気の泡姫を予約した。特に佐藤は元看護師の女性を希望していたという。
「佐藤にはお気に入りの『Mちゃん』という女の子がいました。でも最初は吉崎が指名していたんです。それを佐藤が『お前が指名している女の子可愛いから俺にちょっと回してくれ』とMちゃんに乗り移り、以来、佐藤のお気に入りになってしまいました」
引地氏はその時、吉崎とLINEでこんなやり取りをしている。
〈ルックス・若さ・テクニック重視で残してMちゃん・Aちゃんのどちらかを選んでください〉(引地氏)
〈佐藤先生はMさんをご希望との事でした。私は(先生が前回指名した)Aさんでお願いします!〉(吉崎)
上司と部下で、泡姫のスワッピングが行われていたのだ。
会食の場で「風俗の感想話」
会食、ソープの順番で行われた接待も、佐藤の下半身の事情によりソープ、会食の順に変更された。すると会食での2人の会話も、ソープの感想に変わった。引地氏が回想する。
「2人は今日の風俗はどうでしたか? という話をしていました。私のほうからはさすがにそんな話は振れません。ある時、吉崎が『佐藤先生がお気に入りのMちゃんはちょっと太っていますよね?』とうっかり口にすると、佐藤が『太ってない!』とキレたんです。
吉崎は『2回射精した』とか言うし、佐藤は『4時間ずっと舐めている』とか……。そんなバカみたいな話をずっと聞かされていました」
それもこれも、2人に気分良くなってもらうことで、共同研究の結果に繋げるためだった。だが研究の進捗は一向に報告されず、佐藤からある日、「金を持ってこい、殺すぞ」などと脅されたことで引地氏はさすがに沸点を超えてしまい、告発に踏み切った。
引地氏、そして吉崎ともに「逆らえなかった」と恐れた、東大皮膚科の泰斗、佐藤伸一元教授。公判期日はまだ決まっていないが、その仮面が剥がされた今、どんな表情で法廷に現れるのだろうか。(一部、敬称略)
