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神奈川県の「葉山」と聞いて、どのようなイメージを思い浮かべますか? 皇室の別邸である「葉山御用邸」をはじめ、「高級別荘地としてのイメージが強い」という人も多いのではないでしょうか。では、実際のところ葉山はどのような町で、どんな人が住んでいるのか、経営コンサルタントの鈴木健二郎氏が、住民の声を交えながら「葉山の実態」を解説します。

順位は安定、所得額は上昇…“落ちない町”葉山の真実

神奈川県三浦郡葉山町、人口約3万1,600人。

2024年の平均所得は約545万円で全国22位(ZEIMO「2024年(令和6年)市区町村別所得(年収)ランキング」より)と、順位はここ10年、20位前後を安定的に推移している。

ただ、順位だけを見ると本質を見誤る。2015年の平均所得は約423万円。それが10年で120万円以上増加している。これは単なる“横ばい”ではない。緩やかながら、着実な質的上昇を遂げているのだ。

また、世帯年収構成も興味深い。年収1,000万円以上の世帯は14%(全国平均8%)、1,500万円以上は5%(同2%)と、高所得世帯の割合が高い一方、300万円未満は23%(同34%)と低い(総務省「令和5年住宅・土地統計調査」より)。

つまり葉山は、一部の超富裕層が平均値を押し上げている町ではない。中上位層が厚く、下振れが少ない構造なのである。

さらに、大東建託が実施した「首都圏居住満足度調査(2025年)」では、「住み続けたい街」5年連続1位を獲得している。所得水準と居住満足度が両立している点は、地方都市としては極めて珍しい。

「静かな気品」という競争優位

葉山の資産は、単なる海沿い高級住宅地という表現では足りない。

1894年に造営された葉山御用邸や、日本ヨット発祥の地とされる葉山マリーナ、一色海岸・森戸海岸の景観、神奈川県立近代美術館葉山が醸す文化性……さらに、地元ブランド「葉山牛」や、ビーカープリンで知られるマーロウ。

これらの要素が積み重なり、町全体に主張しすぎない高級感を生んでいる。

葉山のなかで「ヒエラルキー」が存在する?

地元の不動産仲介業者はこう語る。

「葉山の人はプライドが高い。でもそれを外に向かって誇示しない。“わかる人だけがわかればいい”という感覚なんです」

よく「葉山のなかにもヒエラルキーがある」と言われる。海沿いエリア、別荘地、内陸部。しかし実際には、統計上の所得分布は極端に分かれているようなことはなく、町全体が底上げされているのが実態だ。

ここが鎌倉との微妙な違いである。鎌倉文化遺産を武器にした観光都市としてのブランドが強いのだが、葉山は生活都市としてのブランドを磨き、これを内向きに深めている。葉山の無形資産とは、その「静かな品格の一貫性」といって良いだろう。

「成長を抑制する」という戦略

葉山の昼間人口は約78%。この点は鎌倉と同じ傾向で、多くが都心へ通勤するベッドタウン型といえるだろう。しかし、近年その質が変わってきているようだ。

「平日の昼間でもカフェにノートPCの人が増えました」

地元飲食店の店主がそう語るように、葉山は単なる通勤地から、リモートワーク層やスタートアップ経営者、士業、IT関連職などが選ぶ「半自立型居住地」へと進化していると考えられる。

さらに、葉山国際カンツリー倶楽部で始まった現地決済型ふるさと納税。既存の高付加価値資産にデジタル決済を組み合わせ、消費を町内で完結させる仕組みだ。

大規模開発は行わない。観光客を大量誘致しない。再開発で街並みを変えない。これは経営戦略で言えば、「プレミアム・ニッチ型」に似たスタイルだ。つまり、

□拡張よりも維持

□回転率よりも単価

□集客よりも定着

このように観光化しすぎないことで、むしろ競争優位を守る。つまり“成長を抑制することで持続性を高める”という、成熟社会型戦略を選択しているのである。

爆発的成長を捨てることで、長期安定を選んだ町と言ってもよいだろう。

成熟社会における“落ちない設計思想”

高度成長期は、拡張こそが正義だった。だが人口減少時代は、いかに価値を摩耗させないかが問われる。葉山は資産の“希少性管理”は徹底しており、その点でも秀逸だ。

□景観を守る

□大規模商業化を避ける

□地元常連消費を重視する

□ブランドを乱発しない

地元飲食店の店主が語る葉山の強み

前出の店主は言う。

観光客より、地元の常連さんで回るほうが安心なんですよ」

企業経営に例えると、“LTV(顧客生涯価値)重視”と同じ発想だ。葉山は外部依存度を上げすぎない。内部循環で支える。

富裕層が好んで住むイメージが強い町同士で敢えて比較してみる。

まず、軽井沢はリモート時代を取り込みながら、町の機能の再設計によって成長を遂げた「再設計型成長モデル」といえるだろう。また、鎌倉は旧来の高所得構造から次の収益源への転換を模索中の「資産価値化転換期モデル」であるとする。

では葉山はというと、過度な拡張や観光依存に走らず、既存の居住価値とブランドを磨き続けることで所得水準を維持してきた「成熟安定モデル」と言ってよいのではないだろうか。

このモデルの強さは、“劇的に上がらない代わりに、劇的に落ちない”ことにある。成長率を誇る町は多い。だが20年後も同じ水準を保てる町は少ない。

葉山は、決して派手ではない。しかし構造は極めて戦略的だ。ここは静かな海辺の町でありながら、実は現代の日本において最も現実的な経営モデルを体現しているのである。

鈴木 健二郎
株式会社テックコンシリエ 代表取締役
知財ビジネスプロデューサー