渋谷駅の埼京線ホームは1996年の設置から24年間、山手線や東急線、地下鉄などのそれから南へ350mほど、ポツンと離れた位置にありました。なぜそれほど遠かったのか、渋谷駅の開業からの歴史をたどると、納得の理由が見えてきます。

渋谷駅の埼京線ホーム そもそもなぜあの場所だったの?

 JR東日本は、2020年5月29日(金)深夜から6月1日(月)未明にかけて、JR埼京線渋谷駅のホーム移設工事を実施します。これまで、山手線ホームの南側に互い違いに設置されていた埼京線ホームが、北に約350m移設され、山手線ホームと横並びになり、乗り換えの不便さが大きく改善される予定です。

 では、そもそもどうしてこれまでの埼京線ホームは、山手線やほかの私鉄から離れた遠い位置にあったのでしょうか。その謎を解くためには、山手線の成り立ちを振り返る必要があります。


埼京線を走るE233系電車(画像:写真AC)。

 赤羽〜品川間(現在の埼京線 赤羽〜池袋間と山手線 池袋〜品川間)に鉄道が開業したのは、いまから135年前の1885(明治18)年。開業と同時に設置された渋谷駅は、いまの渋谷駅から350mほど南、つまり移転前の埼京線ホームの付近に位置していました。

 当時「品川線」と呼ばれたこの路線は、上野駅から北に延びる東北本線・高崎線と、新橋駅から南に伸びる東海道線を接続し、貨物列車を直通運転させるために建設されました。

 続いて1903(明治36)年に田端〜池袋間が開業。当時、田端駅をターミナルに置いていた常磐線とも接続を果たします。当時の山手線は、各方面からやってくる貨物列車を接続する、ジャンクションのような役割を果たしていたのです。

旅客用と貨物用のふたつが存在した渋谷

 開業からしばらくのあいだ、山手線は旅客列車と貨物列車が同じ線路を走行していました。ところが、1909(明治42)年に電車が走り始めると沿線の住宅化が進み、電車の運行本数が増加。同時に日本の工業化に伴い、貨物列車の運行本数も増えていたため、次第に電車と貨物列車が同じ線路を共用することが難しくなります。

 そこで山手線を複々線化して、電車専用の線路と貨物列車専用の線路へ分離することになり、山手線に沿って、新たな電車用の線路が建設されました。

 工事は1918(大正7)年から1925(大正14)年にかけて順次進められ、従来の山手線の線路は貨物専用の「山手貨物線」になりました。旅客用の渋谷駅はこの工事に合わせて、現在の山手線ホームの位置に移設され、旧渋谷駅は貨物専用ホームに転用されました。


山手線ホームと埼京線ホームを結ぶ連絡通路(2018年3月、乗りものニュース編集部撮影)。

 時代は下って1973(昭和48)年。東京の郊外に武蔵野線が完成すると、これまで山手貨物線を経由していた貨物列車は武蔵野線を経由するようになり、山手貨物線を通過する貨物列車が大幅に減少します。

 また、工場の郊外移転やトラック輸送の発達で、都心の鉄道貨物輸送が衰退。1970年代後半から1980年代前半にかけて、山手貨物線にあった貨物駅が次々と廃止されていき、渋谷にあった貨物駅も1980(昭和55)年に廃止されました。

 その後、役目を終えた山手貨物線を旅客化することになり、埼京線の整備につながっていきます。1985(昭和60)年に大宮〜池袋間で開業した埼京線は、1986(昭和61)年に新宿まで、1996(平成8)年に恵比寿まで延伸。このとき、渋谷駅では旧貨物駅のスペースを転用して埼京線ホームを設置したため、埼京線と山手線のホームは位置が遠く離れることになってしまったのです。

渋谷駅は埼京線と山手線のホームが隣どうしに 大規模再開発で捻出したスペース

 埼京線の延伸開業時、山手線ホームの隣に埼京線ホームを設置しなかったのはなぜでしょうか。

 それは当時、山手貨物線の真横には東急百貨店東横店東館と東横線渋谷駅が建っており、埼京線ホームを作るスペースが無かったからです。混雑する山手線ホームを狭くするわけにはいかず、もちろん東横線渋谷駅や百貨店を動かすわけにもいかず、やむなく埼京線ホームは山手線ホームの南側、旧貨物駅があった位置に設置することになりました。


埼京線ホームを移設するための線路切替工事の概要(画像:JR東日本)。

 ではどうして今回、埼京線ホームを移設できたのでしょうか。それは文字通り「駅と百貨店を動かす」千載一遇のチャンスが訪れたからです。2008(平成20)年に地下鉄副都心線が開業し、2013(平成25)年に東急東横線の渋谷駅が地下へ移転。東急百貨店東横店東館も取り壊して超高層ビルへ建て替えられることになりました。

 これを機に、渋谷駅の大改造工事がスタート。この過程で山手貨物線の横にスペースを確保したので、埼京線ホームを移設することができたというわけです。

 2027年頃まで続く渋谷駅改良工事も、埼京線ホームの移設で、いよいよひと山越えた感があります。埼京線ホームが遠いから……と渋谷を敬遠していた埼玉県在住の筆者(枝久保達也:鉄道ライター・都市交通史研究家)も、今後は渋谷に出かける機会が増えそうです。