マリンさん

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“フェミニストインフルエンサー”を名乗る女性がいる。マリンさん(@Marin_Feminist)、26歳だ。日本社会に蔓延る性差別について、その違和感をショート動画などで歯切れよく発信し、多くの支持を得ている。彼女の半生と、展望する社会について聞いた。
◆日常に潜む違和感を発信するワケ

――日常生活では見逃してしまいそうな些細なことから、社会問題に発展したセクハラ事件まで、さまざまな論点を素早く的確に動画にされていますね。

マリン:そのように受け取っていただき、嬉しいです。私の動画を支持してくれる人の8割くらいは女性のようです。「性被害」というと非常に大仰なことのように捉えられがちですが、日常生活で女性が性的に嫌な思いをしていることは多いのだと私は考えています。

――女性自身も、はっきり「性被害だ」と自覚しない場合もある。

マリン:実際、私のところに来るDMにも「この程度で警察相談したら相手にされないでしょうか」という文言をよく見かけます。引っ掛かりを感じても、それをはっきりと性被害だと認識せず、モヤモヤしたまま過ごしていく女性は多いのだと思います。

――たとえばどのようなことでしょうか。

マリン:すれ違いざまに性的な言葉を吐く、明らかに胸などをじーっと長い間見るなどの行為は、性被害体験でしょうね。20歳になるまでにほとんどの女性が経験することですが、それを矮小化していいとは思いません。

◆なぜフェミニストになったのか

――マリンさんご自身は、なぜフェミニストになったのでしょうか。

マリン:まだ20歳に満たない頃、主にTwitter(現X)を中心に、フェミニストをバカにする風潮を強く感じました。同時に、「フェミニストになら何を言ってもよい」空気感に違和感を覚えたんです。そして私自身、フェミニストの方が言っていることが正しいことが多いと思ったのも事実です。

――フェミニストというと「過激なことを言う論客」と捉えている人も少なくないですよね。

マリン:私は、フェミニストを「女性の権利が侵害されていることにわずかでも違和感を持つ人」だと定義しているので、ほとんどの女性が当てはまるのではないかと考えています。

◆暴力を受けて育った幼少期

――ところで、マリンさんには「毒親から逃げた」過去があると伺いました。

マリン:はい、現在も親とは距離を置いて生活をしています。私は大阪府に生まれ、のちに家族で上京しました。その後、母親からの虐待から逃れるため、姉と一緒に夜逃げをして違う場所で暮らし始めたのです。今は、大阪府に親戚がいるので、東京と大阪の2拠点生活をしています。

――過去の虐待について、詳しく伺ってもよろしいでしょうか。

マリン:家庭は父母、姉、兄の5人家族でしたが、私が3歳くらいのときに両親が離婚し、以来、母とともに暮らしてきました。母方の祖母の家とは距離が近く、もともと母と折り合いが悪かった兄は中2で家出をして祖母宅で暮らしていました。したがって、私は大部分の時間を母と姉と一緒に暮らしたことになります。

母は交際していた彼氏に一途な人で、彼氏が一緒にいるときの母は非常に穏やかでした。しかしその彼氏は私が中2のときに亡くなってしまいました。

もともと母はヒステリックなところがあり、何か気に入らないことがあると「出ていけ!」とまくし立てるなど、攻撃的な人でもありました。日常的に怒鳴るのはもちろん、殴る、蹴るの暴力を受けることもありました。

◆夜逃げを決意した「玄関から蹴り出された日」

――家出をするきっかけになった出来事は。

マリン:19歳のとき、ちょうど姉が旅行で不在のときのことです。当時専門学校生だった私は、課題提出のためにコピー機が必要でした。折悪く家のコピー機が故障していたため、深夜にコンビニへ行ったのです。ちょうど母も不機嫌で、家で鉢合わせるなり、「どこ行っててん」と始まりました。「深夜に勝手に行くな」と怒りの収まらない母に、私が「お母さんが不機嫌だから言いづらい」と伝えると、「出ていけ!」と怒鳴って蹴りを食らわせてきました。私はうずくまりましたが、母の勢いがすごく玄関まであっという間に蹴って移動させられました。「出ていくから、財布と携帯電話を取らせてほしい」と言っても聞かず、母は私を玄関から蹴って放ると、鍵を閉めたのです。