今年の桜桃忌も荒れた「太宰治」の墓 墓前にエナジードリンク、たばこ、横断幕…遺族の「やめて」届かず
夏の季語としても知られる「桜桃忌」。作家・太宰治(1909〜1948)の遺体が発見された日で生誕日でもある6月19日には、毎年、東京都三鷹市の禅林寺にある墓に全国から多くの文学ファンが訪れる。
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【写真を見る】水受けにタバコの吸い殻、飲みかけのパック酒、エナドリ、ポカリ、味の素…信じられない「お供え」の数々
その桜桃忌を前にした今年4月、太宰の遺族が異例の呼びかけを行った。
太宰の孫として知られる衆議院議員・津島淳氏が、自身の公式サイト上で「太宰治の墓を訪れる方々へ」と題し、《お供え物については、お気持ちだけ頂戴します》という趣旨の文章を公開し、墓前に残される大量の飲食物や花の処理が、ボランティアや遺族にとって負担となっている現状について理解を求めたのだ。

《中には、取り扱いに苦労するものもございます。例えば、アルコール類です。缶ビール・缶チューハイやワンカップを一口つけた状態で放置、ポケットウイスキーや焼酎のミニボトルも開栓した状態で放置されることです。これらは私共が一つ一つ中身を空け、缶・瓶のゴミとして処分をしております。こうしたものが長時間放置されるのは、公衆衛生上も問題があります》
ひと昔前は、墓参りの際に果物や菓子を置いて帰ることは珍しくなかったとはいえ、近年は衛生面や動物被害への配慮から、『お供えしたら持ち帰る』のが一般的。開栓した酒などは虫が湧いたり異臭が生じる恐れがある。さらには、
《医薬品もあります。薬のカプセルが おいてあり、これも扱いに困っております》
《タバコもあります。吸いかけのタバコの扱いに困っております》
掃除する人の気持ちを想像してみるべきではないだろうか。
墓石にさくらんぼを詰める
「桜桃忌」の名称は、代表的短編『桜桃』にちなみ、同郷の作家・今官一(1909〜1983)が名付けたもの。この追悼式では太宰の友人、関係者らが墓にさくらんぼを供え、酒を酌み交わして故人を偲んだ。「太宰の刻銘(墓石に刻んだ名前)にさくらんぼを詰める」という独特の偲び方も当時生まれたものだという。
この墓石の刻銘にさくらんぼを詰める行為は、現在も脈々と、墓参りに訪れた文学ファンによって受け継がれていた。だが近年、さくらんぼをはじめとする供え物の数があまりにも増えすぎたようだ。SNSでは「桜桃忌の風物詩」として、前出のような景色が毎年のように見られていた。
遺族からの呼びかけはこうした実情を踏まえてのものだったが、つづく4月28日には、三鷹市からの《「太宰治」墓所への参拝に関するお願い》という呼びかけもあった。
墓参りのマナーを説く趣旨で、三鷹市スポーツと文化部芸術文化課の担当者にその経緯を聞くと、
「実は津島家がコメントを出す前に、とくにひどくお墓が汚される被害に遭っていたそうです。その後、遺族がコメントを出し、さらに“津島家一同”として注意書きのプレートを墓前に設置したところ、それまでもが汚されるという悪意ある事態が起きたそうです。これには“太宰の墓”を紹介している市としてもコメントを出さざるを得なくなりました」
墓だけでなく、遺族が設置した案内板そのものが荒らされていたというのだ。
「防犯カメラも検討」
こうした状況をうけ、市は公式サイトやXで《節度ある参拝に、ご協力をお願い申し上げます》と投稿。さらに、《墓に来られた皆様が気持ちよくお参りできますよう、お供え物についてはご遠慮いただくか、お持ち帰りいただき、お気持ちだけ頂戴できればと心よりお願い申し上げます》という遺族のメッセージを紹介した。
「今後も悪意のあるいたずらが続くようであれば、市としても防犯カメラなどの設置も検討しなければいけないですね」(市の担当者)
声明を発表した経緯やカメラ設置の可能性までは明かさなかったものの、市のメッセージはメディアでも報じられ、《観光公害とか観光テロでしかない》《無責任な墓参観光》と、供え物の置き去りを問題視するコメントが相次いだ。
その結果、6月15日に津島淳氏が公開した画像には、津島氏による清掃が行き届いた墓所と、「お供え物等はお持ち帰りください」と記された注意書きプレートの様子がみられ、参拝者に供花や供物を残さないよう協力を求める呼びかけは、徐々に浸透するかに思われた。
ところが、6月19日の桜桃忌当日になると状況は一変。全国から集まった多くの太宰ファンによって、墓前には再び花や飲食物が並び始めたのだ。例年同様、さくらんぼは墓石に詰められ、酒やたばこ、エナジードリンク、作品にも出た味の素に太宰宛の手紙、今年は手製の横断幕なども添えられ、SNSにはその様子があふれた。
いわずもがな、こうした行動は一部の“困った”太宰ファンによるものだ。毎年、静かに手を合わせに墓前にやってくる太宰ファンは、困惑を隠せない。
「誰かが一つ置けば、次の人も置きたくなるもの。せっかく持ってきたのだから記念に……とか、みんなが供えているから大丈夫、などと思ってしまうかもしれません。敬意や追悼の意がないわけじゃない。悪気がない太宰ファンであることはわかりますが……」
遺族の意向を
翌20日にはさくらんぼだけが撤去されていたものの、酒やたばこなど、その他の供え物は残されたまま。21日、それらを清掃したボランティアの女性に話を聞いた。
「毎年、この時期には、さくらんぼを墓石に詰めるだけじゃなく、お酒を飲みながらお墓に語りかける人、墓前でタバコを吸う人、水受けに火のついたタバコを放置する人、太宰への手紙をしたためて置く人など、いろいろな人が現れます。でも、ここは津島家のお墓。人の家のお墓を自由にお参りさせていただけるだけでもありがたいことなので、なによりご遺族のご意向を尊重してほしいですね」(ボランティア女性)
追悼の場で本当に尊重されるべきなのは、故人を偲ぶ気持ちの強さではなく、その場所を守っている人たちの思いだ。気持ちは置いてもいいから物は持ち帰って――遺族が伝えたかったことはこれにつきるだろう。
太宰の故郷、青森を拠点とする団体「太宰治検定実行委員会」事務局は、三鷹市のコメントが出た翌日、公式Xに以下のようなコメントを出している。
《お墓参りのお供えについて考えていた時、大宰治『津軽』 の一節を思い出しました。「本当の気品というものは、真黒いどっしりした大きい岩に白菊一輪だ」という言葉です。 心がこもっていて、きちんと整えられていることが、いちばん大切なのかもしれませんね》
「お気持ちだけ頂戴いたします」という津島家の言葉がすべてのファンに届き、来年の桜桃忌には静かに太宰を偲ぶ気持ちを持ちたい。
デイリー新潮編集部
