「走ること以外、何もできない人間にはなりたくない」。元ジュニア日本記録保持者で現在はコスプレイヤーとして活躍する絹川愛さんは、そんな思いから独学でメイク、衣装制作に撮影と、多岐にわたるスキルを磨き上げました。かつての「個」の戦いとは180度違う世界。ひとつの才能が折れても倒れないための「生存戦略」と、仲間を支えるスキルを振るうことで得られる、「分かち合う喜び」について語ります。

【写真】鬼滅から弱虫ペダルまで…絹川さんの圧巻「コスプレ」コレクション(全14枚)

引退後は趣味のコスプレを極めようと

── タイムが勝敗を左右する陸上の世界で、10年間トップランナーとして戦ってきた絹川愛さん。引退後の現在は、人気コスプレイヤー・蓮弥(れんや)として活動し、Xのフォロワーは約3万7000人を超えています。病やアクシデントに翻弄された陸上時代から一転、まったく違うフィールドで居場所を築いてきました。これほど劇的に活動を変えると、陸上選手を引退する前から、周到に準備をしていたようにも見えますが…。

絹川さん:キャリア変更の戦略なんてなくて、引退するときは本当に何も決まっていない状態でした。もともと現役時代からオフのシーズンにこっそりコスプレは趣味で楽しんでいましたが、引退する2年前、アキレス腱の手術を受けてリハビリを続けていた時期、思うように足が戻らず、先行きの不安に絶望していました。そんななかで、「違う自分になりたいという」思いから、コスプレに没頭したのが始まりでした。

陸上を引退後は、生活のために謎解き施設の店長をしながら趣味でコスプレ活動を続けてきましたが、その10年間、衣装制作やメイク、一眼レフやストロボを使った撮影の知識をすべて独学で身につけてきました。

息をのむほどのカッコよさ

── コスプレイヤーとしての表現に留まらず、いろんなスキルを身につけてきた。「自分で何でもやる」スタイルを貫いてきたのはなぜでしょう。

絹川さん:もともと「やるならとことん」という負けず嫌い気質もありますが、それ以上に、コスプレイヤーとしての仕事のオファーがいつ来てもいいようにという思いがありました。評価されたのがビジュアルであれ、衣装や写真の技術であれ、どんな依頼に対しても「それ、私できます!」と、即答できる状態にしておきたかったんです。

陸上をやっていたときは、本当に走ることしかしてこなかった。でも、うまくいかなくなった瞬間にどうしていいかわからなくなって、すごく落ち込んだし、悩みもしました。そのときに、「(長距離が速いといった)たったひとつのとがった能力だけに頼るのはあまりにも脆い」と痛感したんです。

だから、コスプレを極めようと思ったとき、コスプレイヤーとして表現するだけでなく、衣装もメイクもカメラも、どのジャンルでも高いレベルを求めました。つまり、まんべんなく「4」以上のレベルで対応できる「六角形のオールラウンダー」になろうと決めたのです。

コスプレからDJに鍼灸師「失敗の不安はない」

── 突出した才能に頼る危うさを知っているからこその、絹川さんなりのリスクヘッジだったと。

絹川さん:ズバ抜けているところがなくても、複数の軸があれば、たとえひとつが崩れても倒れることはありません。それが私なりの生存戦略です。今はそこからさらに踏み出し、DJや音楽、ダンスも勉強していて、アニソンのクラブイベントでコスプレをしながらDJをする仕事もいただくようになりました。

次は、元アスリートとコスプレイヤーとしての2つの軸でできることを横に広げる段階だと思っています。最近では、元アスリートの視点を活かして体をメンテナンスするための鍼灸師の資格取得も検討中です。それがコスプレイヤー向けの美容鍼という新しいジャンルにも広げられないかなと考えたり、海外の方向けにコスプレ体験ができるイベントもいいかもと英語を学んでみたり。新しい根をどんどんはっていきたいですね。

── 新しいことには失敗もつきものですが、怖さはありませんか?

絹川さん:好奇心のほうが勝っていますね。たとえ失敗したって、軸がいくつもあれば致命傷にはならないし、それが何か次のきっかけになるかもしれない。それはやってみないとわからないことですから。本業をやりながらでも、少しずつ別の「軸足」を作っていく。それが、失敗を恐れずに新しいことへ挑戦できる理由なんだと思います。

陸上では味わえなかった「達成感の共有」

── 最近は写真の発信だけでなく、複数のコスプレイヤーでチームを組んでダンスを披露するなど、集団で作品をつくる機会も増えていますね。

絹川さん:そうなんです。ただ、ずっと陸上の「個」の競技しか知らなかった私にとって、チームで動くことは想像以上に難しくて…。今、陸上時代の挫折とはまた違う、新しい「壁」にぶつかっている最中です。パフォーマンスや取り組み方に対して、メンバーごとの温度差をどう受け止め、つまずいている仲間にどう手を差し伸べるか。どんな声をかければみんなの気持ちがひとつになるのか。自分ひとりが速ければよかった陸上の世界とは勝手が違い、試行錯誤の連続です。

シャープな顔立ちが際立ち、男装コスプレの完成度をさらに高めている

── それは陸上選手時代にはなかった感覚でしょうか。

絹川さん:高校時代に主将を務めた駅伝もチーム競技ではありましたが、タスキを渡す一瞬を除けば、結局、自分の走行区間をひとりで走る個人戦の集合体。共同で何かを作り上げる感覚は、30代の今、まさに学び直しているところですね。

ただその反面、団体ならではの救いも感じています。個人競技は自分がダメならそこですべてが終わりですが、今は私がミスをしても誰かがカバーしてくれるし、逆に誰かが崩れたときは自分が支えることもできる。終わったあとに仲間と「頑張ったよね!」と感情を共有しあえる喜びは、選手時代にはなかったものですね。

選手時代はどんなに結果を出しても、その夜には「明日からはこれを死守しなければならない」プレッシャーに追われ、達成感の余韻に浸る時間は一秒もありませんでした。それが今は、みんなで喜びをわかち合い、お互いの気持ちを上げあうことができる。「達成感って、浸っていていいものなんだ」と思えたことは、初めて味わう感覚でした。

これまでは自分が倒れないために、必死にひとりでできることを増やしてきました。でも今は、身につけてきた知識や経験が、チームの誰かが困っているときにサッと助け舟を出したり、作品づくり全体を支える力として活かせたらと思っているんです。それが今の私の新しい挑戦です。

取材・文:西尾英子 写真:絹川愛