もはや日本は経済大国ではない 「消費税減税で景気が回復」論の疑わしさ - 赤木智弘
※この記事は2022年03月26日にBLOGOSで公開されたものです
小手先の消費税減税ではとても間に合わない日本の現状
僕は「消費税を減税しろ」と主張する人たちが大嫌いである。
いや、竹下登政権時から消費税に対して反対をしてきた人たちのことではない。そうではなく「私は経済に明るいです」というフリをしながら、消費税減税をすればすぐにでも景気は良くなると主張している人たちが大嫌いなのである。
理由は単純で、消費税という税金に問題があることには異論はないが、一方で消費税を減税した程度で景気が回復するはずなどないからである。
だいたい、年収300万円の人が、消費税がゼロになって使えるお金が年30万円増えたところで、景気が回復するとでも思っているのだろうか?1995年の世帯年収の中央値は545万円。2018年の世帯年収の中央値は437万円。ここ20年ほどで100万以上低下しているのである。(*1)
消費税ゼロでわずかばかりのお金が増えたところで、20年前の水準にすら届かないのである。
彼らは日本の不景気を極めて軽視している。日本の不景気は日本の政治経済に対する固定観念の上に成り立っており、小手先の消費税減税ではとても間に合わない。
日本人が昭和のような経済成長を夢見て、自民党政権に票を入れ続ける限り、景気は回復しないし、日本は世界からこれまで以上にどんどん遅れていくことは明白なのである。
給料は増えず手取り額は減少・・・失敗に終わったアベノミクス
アベノミクスは失敗した。
2013年に当時の安倍総理大臣は成長戦略を示し「10年後には現在の1人あたり国民総所得を150万円増やすことができる(*2)」と豪語したが、給料はまったく増えない一方で社会保険料は値上がりをして、同じ年収でも手取りは減ってしまった。
円安誘導で生活必需品の値段は徐々に上がっている。最近はよく「原材料の高騰による値上げ」という話を聞く。もちろん新型コロナ問題による流通の混乱などの要因もあるが、高騰の主要因は日本の円安である。
日本円の世界的な実力を示す「実質実効為替レート」は2010年を100としたときに68.07までに低下し、1972年並み、すなわち50年前の水準にまで落ち込んでしまった。(*3)
政府の円安誘導によって日本の円の価値は下がった。そろばんの上では円安により輸出産業が盛り上がり、その利益が国内に回り給料も上昇。年間2%程度の適切なインフレにより、景気の上昇と好循環を目指すはずだった。
しかし、結果としては2014年こそ2.76%のインフレを達成したが、その後は1%にも満たないインフレとマイナス成長を繰り返したのである。(*4)
そうした失敗が「国民の貧困」となって現れているのである。どのように言い訳をしようと、アベノミクスが失敗したことは言うまでもない。
日本政府が国民に見せたトリクルダウンというまやかし
政府は経済政策として企業にジャブジャブとお金を注いだ。
「富裕層が裕福になれば、経済活動が活発になり、景気が良くなって富が貧困層にも行き届く」というトリクルダウンの論理は、富裕層側に立つ経営者に大人気である。
しかし実際には、富裕層が裕福になっても日本全体の数パーセントしかいない富裕層が経済活動に使うことができる金額などたかが知れており、トリクルダウンの論理は破綻している。
企業に「社員の給料を上げるためのお金」を渡したところで、その利益を得るのは経営者と一部の上級の正社員だけである。
評論家たちによる的外れな「○○離れ」論
一方で、経済評論家などはいかにもしたり顔で、国民の「○○離れ」が不景気の一因であると解説し続けた。
若者が書籍を読まなくなり、マンガや雑誌ばかりが売れる「活字離れ」という言葉は昔からあったが、不況下で使われ続けた「○○離れ」と言う言葉は、不況によりお金がなく、人々が消費したくてもできないという不景気の本質を無視して、「彼らは望んで、消費をしないのだ」という言説によって、不景気の責任を国民に押しつけるための言葉であった。
こうして「需要の喚起」という言葉は「再分配の強化」や「社会保障の充実」という本来あるべき結論を回避し、「お金を使おうとしない人たちに消費は美徳だと訴える」という、無意味なやり方に終始したのである。
国内で高い車が売れないからって「運転の楽しさを伝える」と言われても、苦笑するしかない。
「お金の国民離れ」が加速する一方で、企業の内部留保という使われない無駄金は積み上がり続けている。お金が回らないので日銀がマイナス金利で銀行のお金を放出しようとしても、どこも金余りで借りたがらない。
そのくせ企業は内部留保を貯めたがるので、ますます金が動かなくなっていく。ネットでは「内部留保は資産だ!お金じゃない!」と適当な言い訳が流れるが、非金融の民間事業法人が保有する現預金残高はうなぎ登りに増えていることは調べれば簡単に分かるのである。
政府はさっさとお金を国民に直接ばらまけば良いのに、執拗にトリクルダウンを狙って上にしかばらまかない。
まっさきにお金を回すべきは上ではなく下
新型コロナでようやく実現した一律給付も一回限りであとはだんまりだ。
当時の麻生財務大臣は「給付金の分だけ貯金が増えた」「カネに困っている方の数は少ない」などとして、給付金の効果を疑問視した(*5)が、景気が悪いときのお金が貯蓄に回るのは当たり前のことである。そのくせ内部留保をたんまり貯めた企業へのバラマキの効果を疑問視しないのだから、現実が見えていない。
企業というヒナはお国に守られてぶくぶく肥え太って未だ飛び立とうともせず、我々庶民にしたたり落ちるのはお金ではなくて大量の糞ばかりだ。
上からお風呂を暖め続けても、上が熱くなるばかりで下は水のまま。下から温めるなり、しっかりとかき混ぜればいいのに、いつまで経ってもそれをせず、ただガス代を無駄にして「いつまでも冷たいよ~どうして~」と言い続けているのである。
唯一、不況スパイラルを抜け出す手段は、再分配と社会保障により、国が国民に直接お金を渡すことである。
国民のごく一握りでしかない富裕層に消費を任せるのではなく、国民のほとんどを占める普通の生活者たちにジャブジャブとお金を与え続けるのである。
企業に対してやっていることを、国民にやればいいのだから、さほど難しくはない。
長引く不況でこれまでお金を使いたくても使えなかった人たちに自由に使えるお金が回れば、内需が拡大し景気を引き上げる。景気が良くなれば企業は儲けようとして設備投資などにお金を使う。内部留保も適切に使われるようになってお金が回るのである。
まっさきに下の人たちにお金を回すことでしか、景気は循環しない。お金は下から上にはすぐに動くが、上から下には動きにくい。循環を促すには上のお金を下に降ろすことから始めなければならない。
だからこそ、消費税減税のような税金を取らない方策ではなく、税金をしっかり取った上で、そのお金を下に回すことが必要なのである。税金もまたお金の循環の一種なのだから、税金そのものを徴収することは必要なのである。
もはや日本は経済大国ではない 景気の責任は政府に
景気の責任は政府が取らなければならない。
上のお金を税金として徴収し、適切に下に降ろすことができるのは政府だけなのである。
「自助、共助、公助」などと順番を付けて、個人に自助努力が足りないと自己責任を押しつけるような政府では、景気が良くならないのも道理である。
そしてそんな政府にダマされる国民がこれだけ多いのだから、そりゃ景気が良くなるはずもないのである。
こうして日本だけはリーマンショック復帰後の世界的な好景気の波に乗ることができず、経済は足踏みを続けている。
もはや日本は経済大国ではない。
日本の経済力が疎まれた「ジャパンバッシング」は遠い過去の話で、いまや日本の存在が無視される「ジャパンパッシング」へと変わり果てた。
世界はもはや日本経済に何も期待していない。
そんな状態であるのに、未だに自称経済に詳しい人たちは「消費税減税」レベルのことを言い続けて、景気を悪いままに押しとどめている。
思い切った再分配を。
思い切った社会保障を。
日本が再起する可能性は、そこにしかないのである。
*1:日本の年収の中央値はここ30年でどう変化した?(ファイナンシャルフィールド)https://financial-field.com/income/entry-128313
*2:首相、1人あたり国民総所得「10年後に150万円増やす」(日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXNASFL050LJ_V00C13A6000000/
*3:円の実力低下、50年前並みに 購買力弱まり輸入に逆風(日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB18BEU0Y2A110C2000000/
*4:日本のインフレ率の推移(世界経済のネタ帳)https://ecodb.net/country/JP/imf_inflation.html
*5:麻生氏「10万円給付分だけ貯金増えた」 効果を疑問視(朝日新聞デジタル)https://www.asahi.com/articles/ASNBS63T7NBSTIPE00Y.html