「なんでもかんでもキャンセルカルチャー」な時代 批判は個別具体的にせよ - 赤木智弘
※この記事は2022年03月18日にBLOGOSで公開されたものです
兵庫県を中心に活動する「明石フィルハーモニー管弦楽団」が、3月21日の定期演奏会で、チャイコフスキーの「1812年」の演奏を予定していたが、ロシアがウクライナに侵攻した世情を踏まえて曲目を変更することにしたとTwitterで告知した。(*1)
一見すると、よくあるニュースのようだが、ネット上ではこれに対して大量の反発があった。曲目変更は、「キャンセルカルチャーだ!」「芸術と現実の区別が付かないのか?」「表現規制に他ならない」というのだ。(*2)
一体どういうことなのだろうか?
ミュンヘンでもロシア人の指揮者が解任
同じ頃、ドイツのミュンヘン市は、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団で首席指揮者を務めていたロシア人指揮者、ヴァレリー・ゲルギエフ氏を解任したという一報が日本で報じられていた。(*3)
ミュンヘン市はゲルギエフ氏に対し、ロシアによるウクライナ侵攻に対して明確に反対するように求めたが、ゲルギエフ氏が返答をしなかったために解任したのである。
この報道の存在が、日本の市民楽団という同じクラシックの場でロシア人作曲家の音楽の演奏が中止されたことと重なり、市民楽団に対する反発に繋がったと考えている。
まずゲルギエフ氏の解任の件についてだが、僕は解任という処分は不当であると考えている。ゲルギエフ氏はプーチンの長年の友人として知られているそうだが、ロシアの世界的な指揮者が国のトップと仲が良いのは決して不思議なことではない。
ゲルギエフ氏の立場を考えれば、仮に侵攻に反対という心情があったとしても、そうそうその意見を表に出せるものではない。ゲルギエフ氏自身はドイツにいるため危機はなくとも、彼が政治的発言をすることで、ロシア国内にいる彼の親類縁者がロシア側から不当に扱われる可能性もある。
彼がロシアの侵攻に対して何もメッセージを出さないことは、決して問題のある行動ではない。そしてなにより、楽団の指揮者という職を遂行するに対し、彼の思想信条は一切問題にならない。
むしろ、ミュンヘン市という行政が個人の思想信条にみだりに立ち入ったことの方が問題であり、解任処分はミュンヘン市側の差別的な態度であるといえるだろう。
演奏中止は妥当、「1812年」の背景
一方で市民楽団による「1812年」の演奏中止については、僕は何ら問題のない判断であると考えている。
まず、チャイコフスキーの「1812年」という楽曲は、ナポレオンによるロシア侵攻にロシア側が勝利したことを祝う楽曲である。現在ロシアがウクライナに侵攻していることと比べれば構図が逆の話ではあるが、ロシア側の勝利を祝う曲である以上、今の時世で演奏するのははばかられる。
反発の中に「チャイコフスキーというロシアの作曲家だというだけで排除するな」といっている人は「1812年」という曲の背景を知らないと考えられる。
さらに重要なのは、中止を決定したのが楽団自身であるという点だ。
極めて単純な話、楽団には自分たちが演奏したい曲を選ぶ権利がある。そして同時に演奏したくない曲を演奏しない権利もある。楽団自身が中止を判断した以上、その決定に楽団の外の人たちが踏み込んで非難する権利はないのである。
確かに同じ「楽団の話」ではあるが、片や思想信条に踏み込んだ差別的扱いという問題、片や市民楽団が楽曲を中止しただけの話が、なぜ同じであるかのように混同され、市民楽団が叩かれることになってしまったのか。
これを繋ぐ単語が「キャンセルカルチャー」である。
「キャンセルカルチャー」という言葉の意味
キャンセルカルチャーという言葉は当初、「過去に行ったパワハラやセクハラやイジメなどを告発され、被告発者の全業績を否定する風潮」という意味合いで日本に入ってきた。
僕が最初にこの言葉を知ったのは、アメリカの大物映画プロデューサーが過去のセクハラを90名以上の女性から告発され、有罪判決を受けた一件だ。(*4)
他にも過去のイジメを告発された韓国の女子バレーボール選手が所属チームや韓国代表から外されたり(*5)、また大物映画プロデューサーに性的暴行を受けた過去を告発していた女優が、年下の男性俳優に性的暴行をしたことが明らかになったり(*6)と、多くの波紋を引き起こした。
と、ここまで聞いて「どこかで聞いたような……」と思う人もいるだろう。 そう、これは#MeTooムーブメント批判なのである。
こうした#MeTooムーブメントが盛り上がる中で、「過去の問題で多くの人の地位が剥奪されることには問題がある」と批判的に考える人たちが、#MeTooムーブメントをキャンセルカルチャーであるとして批判し、それが日本に入ってきたのである。
こうして日本に入ってきたキャンセルカルチャーという言葉は当初こそ、本来の意味に沿った形で使われていたようだ。
例えば日本人ミュージシャンや俳優が麻薬や強制性交等で捕まった際に、過去に彼らが関わった音楽や、出演した映画の配信などが軒並み中止された(*7)(*8)ことや、最近だと東京オリンピック・パラリンピックの楽曲を担当していたミュージシャンが過去のイジメによってオリンピック開会式の作曲担当を外された一件(*9)などがキャンセルカルチャーと呼ばれていた。
安易に使われるようになった「キャンセルカルチャー」
ところが最近では「キャンセルカルチャー」という言葉の使い方がかなりブレてきた。
例えばスポンサードされていたプロゲーマーが暴言を吐き、スポンサー契約を打ち切られた件(*10)も「キャンセルカルチャーだ!」として批判された。別に過去の出来事ではなく、スポンサー契約中の出来事であったにもかかわらずである。
また、あるキャラクターグッズが批判され、メーカーが販売を中止した(*11)ときも、これを「キャンセルカルチャーだ!」とした。メーカー自身が決定したことすら批判し「クレームに屈するな!」と叫ぶ姿は、彼らにしてみれば応援のつもりなのだろうが、僕から見れば、クレームに屈するなという意見自体が、会社の意思決定に強引に割り込もうとするクレームにしか思えない。
そして今回のロシアによるウクライナ侵攻で、多くの企業などがロシアに対する制裁的な活動を始めると、彼らはそれすら「ロシアへのキャンセルカルチャーだ!」と叫び始めたのだ。
もはやキャンセルカルチャーという言葉の「過去に行ったパワハラやセクハラやイジメなどを告発されること」という意味合いは失われ、ただ、現在の問題に対してすら見境なく、ただ闇雲に「キャンセルカルチャーだ!」と騒いでいるだけになってしまったのである。
市民楽団による「1812年」の演奏中止が「キャンセルカルチャーだ!」と騒がれたのも、こうした「闇雲にキャンセルカルチャーを叫ぶ人たち」による流れ弾である。
先にも述べたとおり、ロシア人指揮者の思想信条にみだりに立ち入って、望んだ回答を得られないからと解任した問題と、市民楽団が自ら演奏を中止した問題が、キャンセルカルチャーという曖昧な言葉によってその輪郭を失い、何が問題であるかの理解をできなくなってしまったのである。
しかもその流れ弾は、キャンセルカルチャーを悪者にしたいばかりに、演奏者たちの「演奏を中止する」意思を尊重しないどころか、一方的に「キャンセルカルチャーに流された愚か者だ!」と罵ってしまっているのである。
では、そうした「流れ弾」が発生しないようにするにはどうすればいいのか。 それは「キャンセルカルチャー」という、もはや何を指し示すのかもよく分からない謎の言葉を使わなければいいのである。
・世界中にいるロシア人たちが、プーチンが戦争を起こしたという理由で排除されているのであれば、それはキャンセルカルチャーではなく国籍差別だ。
・ロシアのウクライナ侵攻に反対しないという理由で排除されるのであれば、それはキャンセルカルチャーではなく思想信条に対する差別だ。
・ロシアを祝う楽曲を演奏しないことは、キャンセルカルチャーではなく表現の自由だ。
・ロシアを祝う楽曲を演奏させないことは、キャンセルカルチャーではなく表現の自由への抑圧だ。
こんなバラバラな事例をすべて「キャンセルカルチャー」という1つの言葉で表すからおかしなことになるのである。
このような個々の問題は、その問題の具体的に何が差別的な扱いで、何が差別的な扱いではないのかを精査する必要がある。その手間を惜しんで「あれもこれもキャンセルカルチャーだ!」と叫んでも、何も問題は解決しない。要は「キャンセルカルチャー」というのは、問題の区分けができないナマケモノが使う言葉なのである。
一度決めたことを完遂するのはいい。しかし、一度決めたことを自主的に取りやめたり、一度発表したものを、多くの人の意見を受けて修正したりするのも、また私たちが社会の中で生活する上では当たり前のプロセスだ。
たとえ批判を受けたとしても、それをもって表現をキャンセルするもしないもケースバイケースであり、そのことを「キャンセルカルチャー」という1つの言葉ですべて表現したり、その言葉を批判すれば、すべての問題が解決できるかのように思い込むのは、ナマケモノとしか言いようがないのである。
自分が批判したいものを全部一カ所に放り込んで、それだけ批判をしておけば、さも冷静に物事を考えているように周囲から見られる「夢の箱」など、どこにも存在しないのである。
*1:【お詫び】3/21(月)開催予定の第30回定期演奏会にて演奏する予定だったチャイコフスキー/序曲「1812年」は現在の世情を踏まえて演奏中止となりました。楽しみにしていただいていたお客様には大変申し訳ありませんがご理解の程、よろしくお願いいたします。(明石フィルハーモニー管弦楽団ー Twitter)https://twitter.com/tac0phi1_akash1/status/1498629418419322887
*2:ロシア音楽が世情を踏まえて演奏中止→「キャンセルカルチャーに屈するな」と炎上する(Togetter)https://togetter.com/li/1853618
*3:ロシア人の世界的指揮者 ゲルギエフ氏解任 ドイツ ミュンヘン(NHKニュース)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220301/k10013508791000.html
*4:Me Tooの引き金、ハリウッドの元大物に有罪評決(朝日新聞デジタル)https://www.asahi.com/articles/ASN2T2T7RN2TUHBI002.html
*5:女子バレーのスター選手がいじめで代表剝奪に 韓国スポーツ界に蔓延する暴力、パワハラ(東京新聞)https://www.tokyo-np.co.jp/article_photo/list?article_id=90275&pid=279416
*6:#MeToo告発の女性俳優、自らも性的暴行で追及され和解金を支払っていた(ハフポスト)https://www.huffingtonpost.jp/2018/08/19/asia-argento-made-deal_a_23505217/
*7:配信停止、過去作封印、店頭から回収…ピエール瀧被告の出演作、相次ぐ自粛に波紋(サンケイビズ)https://www.sankeibiz.jp/econome/news/190403/ecc1904031239001-n1.htm
*8:元俳優の新井浩文被告、強制性交罪で懲役4年が確定(産経ニュース)https://www.sankei.com/article/20201202-7SAAVLX345I27GHPE62ZUIDG5Y/
*9:小山田圭吾さん 過去のいじめ一部否定「目撃談語ってしまった」(東京新聞)https://www.tokyo-np.co.jp/article/131625
*10:だからゲーマーはダメだと言われる…「170cm以下は人権ない」発言、過去には暴言で配信やめた女性も(SmartFLASH)https://news.yahoo.co.jp/articles/77cdc96cb163faf4264184b14408caa2b528c406
*11:「女の敵は女」物議のマイメログッズが発売中止に サンリオが決定「今後の商品企画に活かしていく」(J-CASTニュース)https://www.j-cast.com/2022/01/17429040.html ----