「初体験は実父…」元人気セクシー女優が“ネット上の悪質デマ”を完全否定「本当に優しい父、名誉を回復したい」
「結婚はすぐに発表するつもりでした。でも周りから『それはエゴだ』と言われて……」
◆どうしたらキラキラした世界に携われるのかを考えて……
――2007年10月にセクシー女優としての活動をスタート。「マンモス予備校・河○塾のイメージガールをしていた」ということで、大きな話題を呼びました。
「私もまさか、あの過去が大々的に推されるなんて思ってもいなかったです(笑)。どこの塾なのか丸わかりの表記だったのでちょっと心配でしたが、塾側からは事実確認の連絡がきただけでしたね。モデルをやっていたのは本当のことだったので、特に問題なかったようです」
――どういう経緯でデビューすることになったのですか?
「高校卒業後に地元の長野県から上京予定だったのですが、その前にも土日にちょこちょこ東京に行っていたんです。そのタイミングで『芸能に興味はありませんか?』と街中で声を掛けられて。ふんわりした入りから、実はセクシー系という当時はよくある流れでした(笑)」
――セクシー女優という仕事に抵抗はなかったのでしょうか。
「もちろん悩みましたよ。ずっと芸能系の仕事をやってみたかったし、どうしたらキラキラした世界に携われるのかな?と、いつも考えていました。でも、その当時の私には知名度もなければ、お芝居の経験もない……芸能人になれるとはとても思えなかったんです。
そしたら『作品を芝居仕立てにして、映画の中に絡みのシーンが入るみたいなのはどうか?』と提案されたんですよ。その言葉通り、デビュー作はちゃんとドラマ仕立ての作品でした」
――それ、めちゃくちゃ珍しくないですか?一般的にデビュー作ってドキュメンタリー企画が多いような。
「そうらしいですね。でも、初めて台本を手にして初めて演技をして……ドラマ作品だったからこそ現場で1つのものを作り上げる楽しさに目覚めました。そのおかげなのか、初見の相手と行為をすることも嫌ではなかったんです。
私は実は、プライベートがものすごく真面目で、そういう経験に乏しくて……。本音を言えば撮影での行為は心と体を切り離してやらないと、背徳感と罪悪感に埋まってしまいそうな気がしていました。でも、なんだかんだ4年も続けられた。それは演技ができる喜びと、ファンの皆さんがイベントに会いに来てくれる喜びの方が強かったからなんですよね」
――でも、撮影を重ねていけばドラマもの以外も求められるようになっていきますよね?
「はい。企画ものが増えていくごとに葛藤はありました。でも、そこは『わからないなりに、いろんなことを学んでいこう!』と、考え方を切り替えています。ドラマものに出続けるための挑戦だとも思っていました」
◆「ファンに嘘をつきたくない」妊娠をわずか2週目で発表
――2011年にセクシー女優を引退。何かきっかけがあったのですか?
「明確にはなかったかもしれません。もともとデビューしたメーカーからは『ずっといてくれてもいいし、いつ辞めてもいいよ』と言われていたんですよ。毎月のように『どうするかなぁ?』と思いながら積み重ねで続けていたせいか、長いこと現役でいたような気になっていました(笑)」
