潜入ルポ 高倉健・追悼特別展の見どころ
■追悼特別展に足を運ぶ往年の高倉健ファン
東京駅丸の内北口の改札を出て15メートル。東京ステーションギャラリーがある。来年1月15日まで開催されているのが2014年に亡くなった映画俳優、高倉健さんの追悼特別展覧会だ。
同展を構成した館長の冨田章氏は「健さんの映画俳優としての仕事を取り上げたものです」と語る。
「私服やプライベートグッズを展示したスターメモリアルの展覧会ではなく、出演映画のここぞというシーンを見ていただく展覧会です。健さんが出演した映画、205本のすべての一部を館内のモニターで見ることができる。ファン垂涎の映像ばかりです」
同展は日時を指定した完全予約制だ。つまり、何月何日の何時に入館できるというチケットを購入して、入場することになる。
「映像を見ていただく展覧会なので、あまりに混雑すると、ゆっくりと見ていただくことができなくなるのです。それで完全予約制にしました。チケットには午前10時に入場となっているのですが、入れ替え制ではありません。一度、入った方は閉館まで楽しんでいただけます」
来場しているのは往年の高倉ファンが主である。50代以上、80代までといったところだろうか。男性よりも、やや女性の方が多い。ひとりで来ている人よりも、ファン同士で連れ立ってきている人の姿が多い。誰もが館内にある30台のモニターに映る高倉健に見入っている。
■デビュー作『電光空手打ち』から遺作の『あなたへ』
展示は2フロアにわたる。
3階のエントランス部分には写真家、森山大道氏が撮った新宿の街頭風景がある。高倉健本人を写したものではなく、新宿の町中にある映画館前のポスターだ。展示の構成者は本人の肖像ではなく、街頭のポスター写真を飾ることで、あくまで庶民のスターだった健さんを表現したのだろう。
エントランスに隣接している部屋には画家、横尾忠則氏が展示ディレクションを手掛けた映像とインスタレーションがある。高倉さんの盟友ともいえる横尾氏の気持ちが伝わってくる作品だ。
階段を下りて、2階のフロアに展示されている映像だ。モニターには生涯の出演作205本のなかから10秒から2分の範囲で映像が切り取られている。
デビュー作『電光空手打ち』(1956年東映)から遺作の『あなたへ』(2012年 製作委員会)からすべての映画を集めて、フィルムを修復してある。膨大な手間と努力のたまものと言える。
最初から最後まですべてを見ていくと映写時間だけで2時間にもなる。それでも、多くの人が館内にたたずんでいる。高倉健という俳優の持つ磁力が人々をひきつけている。
映像は年代順に並べてある。モニターの横には封切りがあった年に起こった出来事が記されているので、観客は好きな映画を見ながら、その年に自分自身に何があったかを思い出すことができる。
たとえば……。
「『八甲田山』(1977)に健さんが出た年、オレは結婚したんだ」
「『駅 station』(1981)には最初の子どもが生まれた」
出演作が多いだけではなく、長い間、スターとして活躍した人だからこそ、これだけの作品に出演することができたのである。
そして、同展における映像のさわり部分を見ていると、あらためて本編をもう一度、見に行きたくなる。展覧会の近所の映画館で高倉健主演映画作品を上映してくれればいいのにと思ってしまう。
■映画俳優、高倉健を見飽きることはない
冨田館長は追悼特別展のカタログにこんな言葉を載せている。
「(高倉健の)転機と思われる時期に作られた『新幹線大爆破』(1975年 東映)と『鉄道員(ぽっぽや)』(1999年 製作委員会)という2本の映画が、いずれも鉄道をテーマにしていたのは偶然かもしれないが、物語の型が変化するひとつの契機として、移動しない物語が語られたのは、単なる偶然ではないように思われる。それはあたかも、別の型を持つ物語という、新しい旅への支度をしているかのように見えるのだ」
確かに、上記2本に限らず、高倉健の出演作には鉄道がテーマになっていたり、鉄道が重要な役割を果たしている(『駅 station』『海峡』)ものがある。鉄道、駅と縁のある俳優なのだ。
同展の会場は東京駅の構内だ。新幹線が何本も走っている駅で『新幹線大爆破』を眺めるのである。ちょっとした発見だけれど、この展覧会は東京ステーションギャラリーにぴったりとも言える。
冨田館長はつぶやく。
「何時間も映像を注視している人がいるんです」
ファンは映画俳優、高倉健を見飽きることはないのだ。
さて、館内には本人が使用した台本、身分証明書、ポスターなども展示されている。
見逃せないのが『戦後最大の賭場』(1969年 東映)の封切り時に映画館に貼られたポスターだ。高倉健と鶴田浩二が和服を着て、並んでいる絵柄である。
わたしはかつて大英博物館の日本館に行った。すると、「日本の男」という展示にこのポスターが貼ってあったのである。一目見た時はびっくりしたけれど、少ししてから納得した。そして、そのことを手紙に書いて、高倉さんに伝えたことがある。
返事はひとこと。
「ありがとう」だった。
なお、同展はこの後、九州、北海道などにも巡回する。北九州、釧路、帯広、札幌、函館、西宮市といった都市での開催が予定されている。また、プレジデント社から2012年に出版した『高倉健インタヴューズ』の続編、『高倉健ラストインタヴューズ』を現在編集中である(2017年出版予定)。どこにも出ていない高倉さんの遺した貴重な言葉をファンの皆様にお届けしたいと思っている。
(ノンフィクション作家 野地秩嘉=文)