父としての絶望が、社会を変えた。障がい者が主役の職場 ― 重度知的障害の息子が活躍する、胡蝶蘭の生産現場 ―
帝人ソレイユ株式会社は障がい者雇用を目的に2020年から「Planet Hug Orchid(プラハグ)」のブランド名で胡蝶蘭の生産・販売を開始し、その高い品質が評価されて大手金融機関など300社超の企業から注文を得ています。当社は、事業の面では「ノウフク・アワード2021」(農林水産省など)、障がい者雇用の面では「もにす認定」(厚生労働省)という外部評価を得ただけでなく、贈答品としての「問題点の多い胡蝶蘭を再定義」も事業コンセプトに掲げて、新たに枯れた胡蝶蘭の回収・再利用サービスを通じたリサイクル・リユースにも取り組んでいます。障がい者雇用を目的とした事業の黒字化は難しいのが一般的ですが、当社の胡蝶蘭事業は創業当時から「黒字化を目指す!」を掲げ続けています。そんな胡蝶蘭事業の裏舞台での出来事をご紹介します。
<文> 帝人ソレイユ株式会社 農業事業部長 黒木 忠
引き取りサービスのある胡蝶蘭「プラハグ」: https://plahug.com/( https://plahug.com/ )
帝人ソレイユ株式会社: https://teijin-soleil.co.jp/( https://teijin-soleil.co.jp/ )
3.なぜこの事業をやろうと思ったのか ~ 胡蝶蘭の裏側にある父子の物語 ~
![]()
~ あの日、世界が変わった ~
「重度知的障害と自閉症です --」
1歳半健診で医師から告げられたその言葉を、私は今でも忘れることができません。
“普通の子”だと信じていた息子(次男)の将来像が、大きく揺らいだ瞬間でした。
「これから、この子の人生はどうなってしまうのか--」。
当時の私には、"未来"と言えるものは何も見えませんでした。
~ 次男に突き付けられた現実 ~
息子は2歳を過ぎても、言葉に![]()
よる意思疎通が難しい状態が続きました。オウム返しや喃語(なんご)が中心で、気持ちや体調を自分の言葉で伝えることはできません。伝わらないもどかしさは癇癪や自傷行為として現れることも多く、親として「わが子なのに、何を考えているのか分からない」という苦しさを抱え続けました。
~ 気づけば、すべて妻に背負わせていた ~
言い訳になりますが、当時の私は仕事に追われ、療育や日常生活の多くを妻に任せ切っていました。息子は睡眠障害で夜は眠らず、外出すればパニックが起きる。一瞬たりとも目が離せない日々。そうした生活が、終わりの見えない「24時間のケア」として続いていました。
~ 社会はまったく優しくなかった ~
外では、もっとつらい現実が待っていました。外出先では、突然走り出してしまうことや行方が分からなくなることも度々あり、警察に捜索を依頼したこともあります。そして返ってくる言葉は、「親の育て方に問題があるんじゃないですか --」。
悔しさと無力感だけが残りました。
~ 孤立と向き合う家族、そして絶望 ~
こうした状況の中で、妻は大きな精神的負担を抱えるようになりました。周囲の理解が得られにくく、孤独感や不安が積み重なり、一時期は心療内科に通院することも。
「誰にも分かってもらえない ……」
孤立感に日々襲われていた妻は、泣き崩れて言いました。それでも私は、「大丈夫、そのうち良くなるから」としか言えなかった。私と妻は絶望の淵に突き落とされていたのです。
~ 何でもやった、でも・・・ ~
「効く」と聞けば、どこへでも行きました。お金も惜しみませんでした。
鍼、薬、サプリ、外科手術 --。深夜でも3時間ごとに薬を飲ませる日々。
必死でした。
しかし、―― 何も変わりませんでした。
~それでも、息子はゆっくり成長していた~![]()
ある日、ふと気づいたのでした。
笑っている。少しだけ言葉が増えている。
「オトウサン、オカアサン、オニイチャン、
シンカンセン!」
ゆっくりだけど、確実に、息子は自分のペースで成長していました。その時、ようやく分かったのです。我が子を否定していたのは社会でも障害でもない、「私自身だった」ということに。
~ 社内に広がっていた“同じ痛み”を知る ~
息子と向き合う日々の中で、私が勤めている帝人の社内に、同じように障がいのある子どもや親族を持つ社員が想像以上に多くいることを知りました。さらには、 発達障害を背景とした精神疾患により、やむなく退職していく同僚の存在も目の当たりにしていました。
一方の息子は、すでに特別支援学校(高校)を卒業し、「生活介護」という福祉サービスのお世話に受けるステージに来ていました。しかし、その現場で知ったのは、多くの障害者が「働く場」を得られず、施設や家庭の中に留まらざるを得ない厳しい現実でした。
~ 障害者が力を発揮できる社会を、我が社からつくれないか ~
そのとき、私の中で一つの想いが芽生えました。
障がいは「できない理由」ではない ―― 力を発揮できる「場」が、まだ用意されていないだけではないのか。
私は、同僚であり、親族に障がい者のいる 鈴木・升岡の両氏に声をかけ、「社内で特例子会社を設立し、障がい者が活躍できる場をつくれないか」という相談を始めました。折しも、法定雇用率の引き上げという社会的背景もあり、会社としても対応を迫られている状況でした。
~ 数々の壁を越えて実現した“承認”~
道のりは決して平坦ではなく、 社内には多くの![]()
懸念や反対意見がありました。それでも、同僚二人と力を合わてさまざまな雇用現場を見学しつつ(写真:見学帰りの新幹線で打ち上げ)、粘り強く提案を続け、 ついに、特例子会社の設立ならびに農業事業の開始が承認されたのです。
社名は ―― 帝人ソレイユ株式会社 。
ソレイユとは、フランス語で「太陽」「ひまわり」を意味するそうです。かつて未来に絶望していた私が、この会社に明るく輝く未来を託したのです。
~ そして1年後、胡蝶蘭生産現場で息子が“社会人デビュー” ~
会社設立の2019年から1年後、贈答用胡蝶蘭の生産活動をスタートさせることになりました。その際、私は一つの決断をします。 息子・貫智に、正式な採用試験を受けさせることでした。重度知的障![]()
害と自閉症があるものの、幸いにも息子には、
・体力がある
・手先が意外と器用
・同じ作業を粘り強く繰り返せる
という特殊能力がありました。
結果 ―― 晴れて、採用。
右の写真は入社式で撮ったものです。![]()
そして私と妻は、息子のために大阪から千葉県我孫子市に移住。
実は息子には、子どもが描くような味のある絵(?)を描くのも得意で、会社からお客様へお送りする「お礼ハガキ」に彼の絵が使われています(写真)。
現在は、 胡蝶蘭への水やり、バックヤードでの支柱作成など、当社の技術力を支える重要な役割を担い、なくてはならない戦力として活躍し続けてくれています。
~ “働けない障害者”が当たり前の社会を変えたい ~
息子のような 重度障がい者が一般就労すること、それは今の日本社会ではまだまだ「特別な例」です。多くの方が、福祉制度上の支援に頼りながら生活しています。しかし、障がいがあっても、適切な仕事、適切な環境があれば、人は必ず力を発揮できる。現在、帝人ソレイユでは、知的・発達・精神に障がいのある社員約50名が活躍しています。
私たちは、障がい特性を理解し、得意なことに集中できる仕事と環境を用意することで、障がい者が職場の“主役”“戦力”になれることを日々実感しています。適材適所の工夫すれば、誰もが力を発揮できるはずだというのが私の信念です。
~ 障害者の就業が“当たり前”になる社会へ ~
当社の取り組みはまだ発展途上で、日々発生するさまざまな難題に四苦八苦しながら向き合っています。コミュニケーションの壁、心身の健康を崩す、特性に由来する問題行動、「健常者」との生産性の差、そして利益 ―― それでも、この雇用モデルを社会に発信し、「障がい者が働いていることが当たり前」と言われる未来を現実化したい。
それが、企業人として、そして一人の父親としての、私の願いです。
<おわり>