自動車も家電も、中国勢に苦戦する日本企業が多いのに…YKKのファスナー事業が「13年で売上高約2倍」のワケ
■高付加価値だけに頼らず、売上げ約2倍に
日本の製造業は長らく、中国など新興国メーカーとの価格競争を避け、技術力を生かした高付加価値品で稼ぐ戦略を進めてきた。だが、ファスナー世界大手のYKKが選んだ道は、それだけではなかった。
高級ブランド向けのハイエンド市場を守りながら、新興国で急拡大する巨大なボリュームゾーン向けのファスナーも売る。YKKは2012年ごろから、この「二兎を追う」戦略を本格化させ、10年以上にわたって続けてきた。実際にファスニング事業の売上高は、2012年度の2242億円から2025年度には4314億円へと、約2倍に伸びている。

高付加価値品だけに依存せず、標準品の巨大市場も取りにいく。この戦略が、YKKの成長を支えてきた。では、なぜYKKは性格のまったく異なる二つの市場を同時に追うことができたのか。
その答えを考えるうえで重要なのが、中国企業との関係だ。
ボリュームゾーン向けのアパレル商品をつくる中国企業とのYKKの取引は、21世紀初頭に始まった。それまでYKKの価格の高いファスナーは使ってもらえなかった。
納期短縮やボリュームゾーン向けのファスナー開発が進展するにつれて取引が始まり、その過程でファスナーの周辺加工を手がける中国の地場企業との取引も始まっていった。2010年代半ばに入ると、欧米や日本のブランド企業のライバルになるような中国企業が生まれ、中国国内ではボリュームゾーンだけではなく、高級ブランド市場も拡大していった。
■価格から機能へ、中国ブランドからの要求が変わった
10年以上にわたるボリュームゾーン攻略の成果が、いま最もわかりやすく表れているのが、中国ブランドとの取引だ。
中国、ベトナムなどでの勤務が長く、現在は事業戦略本部長の敷田透取締役は、21世紀に入ってからの中国の大きな変化についてこう話す。

「2020年以降はスポーツ商品でもアディダス、プーマ、Nikeなどと競争するようなANTA(アンタ)やLi-Ning(リー・ニン)などの中国ブランドが台頭し、中国の消費者から支持されるようになりました。そういった中国企業との取引も過去の努力のおかげで、花開いています。いまでは値段ではなく、『YKKの中で一番進化したファスナーを持ってきてください』と要求される状況です」
ANTAは中国最大のスポーツ用品ブランド。またLi-Ningはマラソンの大迫傑選手が2025年から使用しているシューズをつくっている中国のスポーツブランドだ。スペインのバレンシアマラソンで2時間4分55秒の日本新記録を叩き出した時もLi-Ningのシューズを履いていた。Li-Ningは今では欧米、日本でも徐々にシェアを伸ばしている。
それは今の自動車産業で起きている状況とも似ている。BYDやXpeng(シャオペン)、NIO(ニオ)などがEVで中国市場でシェアを伸ばし、海外市場にも進出し始めた。日米欧の自動車メーカーにしてみれば長らくライバルとは呼べなかった中国の新興メーカーが一気に肩を並べ、EVや自動運転などでは先を走る分野もある。「中国勢の開発スピードの速さには驚く」という声が国内メーカーからは聞こえてくる。
YKKは、こうした中国企業が世界的な競争力をつける前から、ボリュームゾーン市場に入り込み、取引を重ねてきた。中国市場のスピード感は日本市場を上回る。そのスピードに対応し続けたことで、価格だけではなく、より高機能なファスナーを求められる関係へと変わっていった。
もしもYKKが2012年ごろからボリュームゾーンの市場開拓を本格的に進めていなければ、ANTAやLi-Ningなど中国ブランドとの現在の関係は生まれていなかったかもしれない。
■かつては「のんびりした会社」だった
中国市場への挑戦は、新たな顧客を獲得しただけではなかった。YKKという会社そのものを変えることにもなった。
敷田氏はこう振り返る。
「私が入社した1992年ごろ、YKKはファスナーではすでにトップ企業だったので、割にのんびりした会社でした。ところが2012年ごろからは危機感が生まれ、ボリュームゾーン攻略が始まりました。中国の厳しいお客さんにチャレンジすることで自分たちの体質改善につながりました。会社は変わる、変えられると思いました」
1990年代後半から、日本の製造業は中国など新興国メーカーとの価格競争を避け、技術力を生かした高付加価値品市場へと舵を切った。当時、そうした戦略は多くの人が正しい戦略だと考えていたと思う。新興国市場という薄利多売の市場で戦うのではなく、日本の技術を活かしたハイエンドで稼ぐ――。とても合理的な戦略に見えた。だが結果論で言えば、どちらかといえば失敗した企業の方が多いのではないか。
だがYKKは、高付加価値品に特化する道を選ばなかった。ハイエンドを守りながら、ボリュームゾーンにも出ていく。性格の異なる二つの市場を同時に追ったのである。なぜYKKは「二兎を追う」戦略を進めることができたのだろうか。
その問いを考えるとき、2024年10月に開かれたYKKグループ90周年の集いで流れた野中郁次郎・一橋大学名誉教授(25年1月死去)のメッセージが示唆的だ。
「御社は社員、株主、経営層が一丸となって経営活動で直面する様々な矛盾を、『あれもこれも』の二項動態を実践し、克服してきました」
■「二兎を追う」戦略で“10年辛抱”
まさに「ハイエンド」と「ボリュームゾーン」は、「あれかこれか」ではなく「あれもこれも」であり、「二兎を追う」だった。

そうした行動を野中氏は『二項動態経営』(日本経済新聞出版社)で、「『あれかこれか』の二項対立で切り抜けるのではなく、苦しくても『あれもこれも』の二項動態を実践することこそが、過去の自己を超えていくただ一つの道である」と指摘している。まさに「正・反・合」の弁証法的思考方法である。
「選択と集中」などという流行りの言説(場合によっては正しいかも知れぬが)に惑わされず、互いに性格が異なる市場を狙ったことで、結果的にハイエンドもボリュームゾーンも手にすることができたのがYKKだったと言えるのだ。
ただし、「二兎を追う」には時間がかかる。YKKは成功と失敗を10年単位の長期スパンで判断したことも功を奏した。2012年に始めたボリュームゾーン攻略がようやく花を咲かせるまで10年以上の歳月を重ねた。3、4年で難しいと諦めていたら、現在の姿はなかっただろう。
敷田氏はこう話す。
「YKKの過去の海外進出を調べると、今は大成功している国も含めて、どこの国でも10年は辛抱している。経営メンバーもみんな海外でめちゃくちゃ苦労をしています。だからかもしれないが、新しい市場開拓に時間がかかることを理解してもらえる風土がある」

■新興国で続ける“種まき”
YKKが次に「種まき」を進めているのが、インドやアフリカだ。2025年から始まった中期経営計画では、「未獲得市場への対応強化」を重点項目の一つに掲げている。
その象徴がエジプトだ。人口は2020年に1億人を超え、毎年の出生数は日本の3倍に迫る200万人を超える。YKKが進出したのは25年前だが、ようやく最近になってジーンズなどの市場が拡大し始めた。インドのボリュームゾーン攻略で開発したジーンズ向けファスナーを横展開すれば、新しい市場を開拓できる可能性がある。
松嶋耕一社長は「インド、アフリカなど伸びゆく市場にしっかり種まきをしないといけない」と話す。YKKはエジプトのほかアフリカでは、モロッコ、チュニジア、南アフリカなどにも進出している。
縫製業は歴史的に労働集約型の産業であり、アフリカは次の生産拠点になる可能性もある。だがYKKが見ているのは、生産拠点としてのアフリカだけではない。
「アフリカに限らず、経済成長をしていくと、内需が生まれます。その時は中国と同じように、内需向けの商品戦略も考えなくてはいけない」(松嶋社長)
中国やインドで培った内需向けの商品を、次の成長市場へ展開する。YKKはすでに、その先を見据えている。
■片手で閉められる「磁石ファスナー」という“果実”
YKKが追っているのは新興国のボリュームゾーンだけではない。中国では高価格の商品を買う層が増え、日米欧でも、より高機能な商品を求める顧客は根強い。ハイエンド市場でも、さらに進化する必要がある。
松嶋氏が社長になった2025年からの中期経営計画では「わくわくする商品提案」を重点項目の一つに掲げた。外部の先端企業とも連携し、新技術を使った高付加価値商品の開発にも力を入れる。

松嶋氏は「これも二兎を追う戦略です」と話す。その一例が、すでに中国市場に投入しているが、磁石を使ったファスナーだ。
開発のきっかけは、担当者が聞いたトライアスロン選手の声だった。水泳を終えて自転車に乗り換える際、普通のファスナーを閉めるには両手を使わなければならない。そこで選手から「自転車に乗りながら両手でファスナーを閉めるのは危険、片手でも締められるファスナーはつくれないか」という要望が寄せられた。
開発したファスナーは、左右を近づけると磁石の力でくっつく。脱ぐ時も引っ張ればファスナーが離れ、片手でも着脱できる。現在、中国では高価格のスポーツ用品などで使われている。こうした新商品はハイエンドのアパレル商品にも活用できる「わくわくする」商品になるかもしれない。

ボリュームゾーンでは、より多くの人が使える商品をつくる。一方で、ハイエンドではこれまでにない機能を持つ商品をつくる。YKKはここでも「二兎」を追っている。
■創業以来の思想への原点回帰
YKKの創業者、吉田忠雄は「世界のより多くの人にYKKブランドのファスナーをご利用いただきたい」と考え、ファスナーが地球儀をぐるりと囲む様子をデザインした社章を1993年まで使っていた。
大谷裕明会長は「昔の社章の意味することは、自分たちが得意な一部セグメントの顧客だけに価値提供するという思想はYKKにはないということです」と言う。

ハイエンドか、ボリュームゾーンか。どちらかを選ぶのではなく、「あれもこれも」と追い続ける。それは新しい戦略というより、世界中の人にファスナーを届けようとしたYKKの創業以来の経営思想への原点回帰でもある。
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安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『2035年「ガソリン車」消滅』(青春出版社)、『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
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(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之)
