【プロ野球】「142イニングと143イニングはまったく違う」ヤクルト・奥川恭伸が青柳晃洋の助言でつかんだ″新しい自分″
7月22日の中日戦(神宮)に先発したヤクルト・奥川恭伸は、初回に2本塁打を浴びるなど3点を失ったが、それでも打線が2回裏に一挙5点を奪い逆転。その後1点を返され、1点リードで迎えた6回表には二死一、二塁のピンチを迎えたが、「もう気持ちでしたね。5点取ってもらったので、絶対に守ろうと思いました」と、気迫の投球で切り抜けた。
この夜の神宮はうだるような暑さで、奥川は「ぼーっとしていた時間もありました」と苦笑しながらも、6月14日のソフトバンク戦以来となる勝ち星を手にした。チームにとっても、連敗を「7」で止める大きな1勝となった。
「チームが連敗という状況で、初回にあんな形で失点してしまって、本当に『うわぁ......』と思いました。でも、チームが一致団結してつかんだ勝利ですし、僕自身も久しぶりの勝ち星だったので、みんなに感謝したいです。特別な勝利になった気がします」

6月14日のソフトバンク戦でプロ初完封勝利を挙げたヤクルト・奥川恭伸 photo by Sankei Visual
奥川はシーズン前から、規定投球回(143回)到達への強い思いを口にしてきた。この試合で投球回を93回1/3まで伸ばし、オールスターブレイクに突入した。ちなみに、昨季は100イニング、自己最多の9勝を挙げたプロ2年目は105イニングだった。
「何勝しても、規定投球回に届かなければ意味がない。結局、そこをクリアしてこそ、数字にも価値が出てくると思っています。現時点ではクリアできるペースではありますが、シーズン最後まで続けていかなければいけないので、やっぱりドキドキしますよね」
ここまで奥川は14試合に先発し、打線の援護にも恵まれず4勝7敗。
「イニング数は昨年の数字に近づいていますが、勝敗の数字が伴わず打たれ続ければ、コンディションに問題がなくても二軍に行くこともあります。だから、毎試合最低限ゲームをつくりながらイニングも稼がないといけない。その両方を続けるのは、すごくプレッシャーですね。とにかく、つかんだローテーションを手放したくない。チャンスをもらえなくなったら元も子もないので、今はそこを一番意識しています」
【投げ込みが証明したスタミナの進化】1月19日、強い北風が吹く戸田球場。奥川は「今年は元気に、強く、大きくです」と半袖姿で自主トレに励んでいた。ランニングを終えるとブルペンへ向かい、球数を重ねるごとに球威を増しながら102球を投げ込んだ。「このオフは毎日のように傾斜を使って投げています」と笑顔を見せた。
2月の沖縄・浦添キャンプでも、「投げて、投げて、投げてですね」と話すほど、投げ込みに徹した。チームとしてまだ球数制限を設けていた2月4日のブルペンでも、50球、60球、70球......と、熱のこもった投球を続けた。終わる気配のない様子に、「ちょっと周りがピリつき始めたんで(笑)」と最終的には112球で切り上げた。その後も自己最長となる5日連続でブルペン入りするなど、充実したキャンプを送り、2026年シーズンの開幕を迎えた。
「オフからトレーニングや投げ込みをしっかりした分、いいスタートを切ることができました」
前述のように黒星が先行しているものの、先発投手の役割を果たした指標とされるクオリティスタート(QS=6回以上を投げて、自責点3以内)は9回達成している。
4月18日の巨人戦(神宮)は、7回を投げて3失点。勝ち星こそつかなかったが、奥川の力投もあって、チームは9回裏に劇的なサヨナラ勝利。試合後、納得した表情を見せた。
「今までだったら6回で交代だったと思うので、7回までいけたのは大きかったですね」
5月24日のDeNA戦(横浜)は0対1で敗戦投手となったが、8回を完投した。
「完投できたので、めちゃくちゃ満足です。チームを勝たせられなかったのは申し訳ないですけど、ハイクオリティスタート(7回以上、自責点2以内)は達成したので、自分のなかではOKです。これからもこういうピッチングを続けていきたい。もっと上を目指して、完投を増やしたいですね。もう7回以上を投げないと満足できないです(笑)」
そして6月14日のソフトバンク戦(みずほPayPayドーム)で、奥川は圧巻の投球を披露。9回111球、被安打5、9奪三振、無四球。プロ初完封勝利を飾り、近藤健介、栗原陵矢、柳田悠岐の強力クリーンアップを無安打に封じ込めた。
奥川は「完封はたまたまうまくいっただけです」と言って、こう続けた。
「映像を見れば見るほど、対等に戦える相手じゃないと思いました。でも小細工せず、自分のいいボールでどこまで立ち向かえるか。その気持ちで投げました。打線の質は本当に高かったですし、『そこまで飛ばすんですか』という打球もありましたけど、いい意味で開き直れましたし、やりがいがあって楽しかったです」
この試合では、9回に152キロを計測。初回から攻めの投球を続けながら、最後まで球威を落とさずに投げきるスタミナも証明してみせた。
「正直、『よく9回まで持ったな』という感じでした。投げている間は、いつもよりきつかったですけど、結果的に最後まで投げきれたので、自信になりました。あれだけ最初から飛ばしても9回までいけるんだというのは、うれしい収穫ですね」
【奥川を変えた青柳晃洋のひと言】ここまで奥川がオフやキャンプで積極的に投げ込みを行なってきたことに触れてきたが、そのきっかけとなったのは、昨年7月に途中入団した青柳晃洋の「ボールに触っている時間が短いんじゃないか」というひと言だった。
青柳は、その時の奥川とのやり取りをこう振り返る。
「肩やヒジは消耗品と言われますが、上手に投げれば、たくさん投げられます。そのためには、軽く投げながらいいボールを投げる練習が欠かせません。でも、その練習はボールに長く触っていないとできないんです。ヤスと話していると、ブルペンでも『エイヤーッ』と力を振り絞って投げるような感覚だったので、『もっと普段から球数を投げたほうがいいんじゃないか』と伝えました」
青柳はここまでの奥川について、「これだけ投げ続けられていること自体が評価されるべきだと思います」と語る。
「球数が増えても球威が落ちないのは、練習の成果でしょうし、そういう投げ方を身につけたんじゃないかと、僕は勝手に思っています(笑)」
さらに「僕も規定投球回を続けられたのは4年くらいなので、何とも言えないですけど」と前置きし、次のように語った。
「142で終わるのと、143イニングに届くのとでは、ピッチャーにとってまったく違います。それを毎年継続するのは、もっと難しいことです。ヤスは苦しい戦いが続いていますが、いい成績で規定投球回に到達してほしい。そのために何が必要なのかを考えながらシーズンを戦ってほしいですね」
【規定投球回は本当のスタートライン】現時点で、奥川は規定投球回到達まであと49回2/3。青柳は「投げること自体はもうできているので、ふつうにチャンスをもらえれば、軽くクリアできるところまで来ています」と期待を寄せる。
「逆に言えば、自分のコンディションさえ落とさなければということです。シーズンが進み、前半戦と同じルーティンを続けているだけでは、どうしてもしんどくなる部分が出てきます。ヤスが普段から一生懸命トレーニングしている姿は、僕がヤクルトに来た時からずっと見てきました。だから、やらないと気持ち悪いという感覚になるのもよくわかります。
でも、シーズン終盤で一番大事なことは、ベストコンディションで試合に臨むこと。打たれたり、短いイニングで降板したりすると、いつも以上に練習を頑張ろうと思いがちですけど、そういう時こそ自分のコンディションと向き合って、メニューを柔軟に変えたり、休む勇気を持つことも大事だと思って、僕はやってきました」
今シーズンの奥川のピッチングは、すばらしい日もあれば、「今日は大反省です」という試合もある。それでも確かなのは、これまでの奥川ではないということだ。今まさに、「シン・奥川恭伸」が誕生しようとしているところなのである。そしてその「シン」は、"新"なのか"真"なのか。
「今シーズンが終わって、規定投球回に到達できましたとなれば、そこからようやくスタートラインに立てたと思える感じなので、今は新しいほうのシンですね。前はよかったとか思わないように、過去はすべて流して、その日その日で新しい自分探しをしています。"新"を創り上げてから"真"につながっていくと思うので、そのために目の前の試合も、数年後も見据えながら過ごしたいなと。そうすれば通算1500イニングも見えてくると思っています」
シーズンも終盤に突入。奥川は143イニングに向かって、「まずはハイクオリティスタートを目指し、最低でもクオリティスタートを達成し続けたい」と語り、残りの登板でも、自らに課した役割を黙々と果たしていくつもりだ。
島村誠也●文 text by Seiya Shimamura
