内田有紀とバーニング、大モメの「全内幕」久々の主演作『ラストノート』話題のウラで…【やっぱり「円満独立」ではなかった…】
「歳を重ねていく中で、これからの自分がどのように生きていきたいのかを改めて見つめ直してまいりました」
今年1月、女優の内田有紀(50歳)は自身の公式サイトで、老舗芸能事務所・バーニングプロダクションからの独立を発表した。コメントには「これまで支えてくださった方々への感謝を重ね」と古巣への謝意も綴られていただけに、世間では「円満退社」と受け取られていた。だが……。
「退社について事務所は一切知らされておらず、発表は内田側が独断で行ったものです。あまりに一方的なやり方に怒りを覚えています」
東京・赤坂の本社で本誌の取材に応じたバーニング事務所幹部は、そう憤った。老舗芸能事務所が育てた看板女優の退社劇。大モメとも言える、その内幕とは――。
「芸能界のドン」に見初められて
内田が30年ぶりにフジテレビの連ドラで主演を務めることもあり、7月スタートの「ラストノート」(木曜22時〜)が大きな話題を呼んでいる。今や大物女優と言われる彼女を長年支えてきたのが、バーニング創業者で現在は会長の周防郁雄氏(85歳)だ。
「内田をバーニングにリクルートして以来、周防氏は「芸能界のドン」と呼ばれるほどの広い人脈を駆使して彼女を売り込み、活動を支えてきました。'02年、内田は周囲の反対を押し切って俳優の吉岡秀隆と結婚し、芸能界を一時引退。3年後に離婚して復帰した際も、周防氏は怒るどころか各方面へ働きかけるなど、内田の再出発のために尽力していました」(前出・バーニング幹部)
復帰後、内田は'12年に「最後から二番目の恋」(フジ系)に出演、同年から始まった「ドクターXシリーズ」(テレビ朝日系)にも抜擢された。
名実ともに事務所の看板女優へと成長した彼女を公私にわたり支えるようになったのが、元俳優の柏原崇氏(49歳)だ。
「柏原氏は'04年にモデルの畑野ひろ子と結婚したが、'06年に離婚している。ドラマで共演経験があり、もともと友人関係にあった柏原氏と内田が交際をスタートさせたのは、'09年頃です」(内田の知人)
柏原氏とバーニングの「軋轢」
柏原氏は'14年頃に俳優業を事実上引退。内田の演技コーチなどを経て、その後はマネージャーとして撮影現場に同行するようになった。しかし、その関係はたびたび、事務所との軋轢を生んでいた。前出のバーニング幹部が語る。
「柏原氏はあくまでも内田が個人で依頼していたマネージャーで、バーニングの社員ではありません。当然、うちも担当者を立てていましたが、内田サイドから『出来が悪い』などとNGを出され、何度も交代を余儀なくされていた。
結局、内田本人の要望もあり、柏原氏がマネジメントの実権を握るようになっていった。彼女の携帯に電話をかけても折り返してくるのは柏原氏。本人と連絡を取ることすら難しい状況にありました」
「育ての親」である周防氏も、そんな状況には複雑な思いを抱いていたという。
「会長は柏原氏のことをよく思っておらず、食事すら一度も一緒にしたことはありません。ただ、『恋する女優は何を言っても聞かない。別れるまで待つしかない』というのが会長の考え方。事務所は我慢するしかなかった」(同前)
そんななかで浮上したのが内田の退社話だった――。【後編記事】『またか“フジドラマ”…『ラストノート』でトラブル発覚「内田有紀の出演」巡って古巣・バーニングプロが遺憾表明』へつづく。
「週刊現代」2026年7月20日号より
【つづきを読む】またか”フジドラマ”…『ラストノート』でトラブル発覚「内田有紀の出演」巡って古巣・バーニングプロが遺憾表明
