「伝説は永遠に生き続ける」逝去したオシム氏に母国ボスニアの主将ジェコが綴った想い。“涙の辞任会見”で「命と引き換え」に発した言葉を引用し…
オシム氏は2003年〜2006年までジェフユナイテッド千葉の監督を務め、2006年7月に日本代表の指揮官に就任。ただ、2007年11月16日に脳梗塞で倒れ、退任を余儀なくされた。
千葉や日本代表で指導を受けたいわゆる「オシムチルドレン」をはじめ、多くの日本のサッカー関係者が追悼のコメントを発表している。もちろん、それは日本だけに留まらない。
ボスニア・ヘルツェゴビナのメディア『072info』によれば、ジェコが引用したのは、オシム氏がユーゴスラビア代表の監督を務めていた1992年5月23日、スウェーデンでのEURO1992の開幕3週間前に、当時のユーゴスラビアの首都であるベオグラードで開いた“涙の辞任会見”で述べたセリフだ。ユーゴスラビア軍が、故郷のサラエボを攻撃したことに抗議し、大会直前に指揮官の職を退いたのだ。
「辞任は、男が話す最も直接的な言葉だ。私は去る、もう終わったのだ。何度も繰り返すが、私は(テストマッチが行なわれる予定の)フィレンツェにも、スウェーデンにも行かない。これは個人的な決定であり、自由に解釈してもらっていい。理由を説明するつもりはない。あなた方はよく分かっているだろう。これが、あの街(サラエボ)のために、唯一できることだ。あなた方は、私がサラエボ生まれであることを、そして、そこで何が起こっているかを知っているはずだ」
『072info』は、「彼の故郷への愛はかけがえのないものだった。そして、ベオグラードでそのような声明をすることは、命と引き換えになる可能性もあった時だった」と綴っている。
ジェコのメッセージを報じた『STROGO SPORTSKI』は、この会見時の言葉を「伝説的な声明」と伝えている。ボスニア・ヘルツェゴビナの人々にとって、オシム氏のこの言葉は、「永遠に生き続ける」ものなのだろう。
構成●サッカーダイジェストWeb編集部
【画像】オシム氏の写真とともにボスニア・ヘルツェゴビナ代表ジェコが投稿した追悼の言葉と「伝説の声明」
