晴れのち曇り、一時雨 ――。

 レッドブルエアレース・ワールドチャンピオンシップ第6戦に臨んだ室屋義秀の感情を天気で表せば、そんなところになるだろうか。

 あたかも、レースが行われたドイツ・ラウジッツの空模様と呼吸を合わせるかのように、室屋の気持ちも大きな移ろいを見せていた。

 予選が行なわれた9月3日、ラウジッツは好天に恵まれた。照りつける日差しは強く、日なたに出ていると、たちまち肌が焼け焦げてしまいそうなほどだった。

 そして、室屋もまた、この日の太陽のごとく、まぶしい光を放っていた。

 予選1本目、室屋は54秒700のタイムで、その時点での3位につけた。この日は午後になって風が強くなったことで、パイロンヒットやインコレクトレベルのペナルティが続出するなか、室屋は手堅いフライトでまとめてもなお、3位となるタイムを出すことができていた。

 予選1本目で最低限の順位を確保した室屋は、2本目のフライトでは「トップのナイジェル(・ラム)がすごいタイムを出していたので、普通に飛んだのでは追いつかないと思い、目一杯攻めた」。

 結果、室屋の2本目はオーバーGを取られてDNF(フィニッシュせず)に終わったものの、予選順位は4位(翌日になり、3位のマルティン・ソンカのエンジンに規則違反が見つかり、室屋は3位に繰り上がった)。「予選としてはよかったのではないか。オーバーGも、リミットでどこまで行けるか試したことなので、オーケーだと思う」と笑顔で語る様子には、少なからず満足感が漂っていた。

 前回の第5戦(アスコット)で8位に終わったことで、年間ポイントランキングは6位に後退したことについても、「そんなに状況が厳しくなったとは感じていない」と室屋。目標である「年間総合で3位以内」の実現に向け、「1位はマティアス(・ドルダラー)で堅い感じになっているが、2、3位はまだ十分届く」と自信をうかがわせていた。

 ところが翌日、室屋の表情も、ラウジッツの天気も、前日までさわやかに晴れ渡っていたのが嘘のように暗転していく。

 本選レースが行なわれた9月4日、ラウジッツの上空は、低く垂れこめた暗い曇に覆われた。昼ごろまでは泣き出すことなく、どうにか持ちこたえていた空も、ラウンド・オブ・14の開始時間を迎えるころには、本格的に雨を降らし始めた。

 結局、1時間以上の順延の後、ラウンド・オブ・14が開始されたものの、室屋は再びオーバーGでDNF。予選12位のニコラス・イワノフにあっけなく敗れた。

 前日まで、あれほど安定したフライトを見せ、余裕しゃくしゃくと言ってもいいほど落ち着いてレースに臨んでいたはずの室屋に、いったい何が起きたのだろうか。

 先に飛んだイワノフは、インコレクトレベルのペナルティでプラス2秒が加算されており、室屋にとってイワノフのタイムを超えることは、それほど難しいことではなかった。リスクを負って攻める必要があったはずはない。

 天候についても、室屋が飛ぶころには雨も完全に上がり、風はむしろ前日の予選時よりも弱まっていた。特別に難しい条件だったとは考えにくい。

 にもかかわらず、室屋はオーバーGを犯したのだ。

 悪夢のフライトからすでに2時間ほどが経ってもなお、落胆の色を隠し切れない室屋が、機体の解体が進むハンガーで重い口を開く。

「オーバーGはゲート3から4のコーナー。まったく予期していないところで起きた。今日は雨が降って気温が下がっていたので、空気が濃くなってはいた(その分、スピードが出た)とはいえ、それにしても......誰ひとりオーバーGにはなっていないコーナーだから」

 実は今回のレースの予選前日、G計測ユニットのソフトウェアが変更されていた。確かに急な変更ではあったが、それによってGの計測の仕方が少し変わっていることは、室屋も、そしてチームスタッフもつかんでいた。

 だが、室屋の操縦感覚で言えば、「今までなら絶対にオーバーGするはずがないコーナー」でのことである。少々計測の仕方が変わったからと言って、そこでオーバーGが起こるなどとは考えてもいなかった。室屋は険しい表情で「準備不足。そこはまったく対策ができていなかった」と悔やむ。

「今回のことは不運という面もないわけではないが、だとしても、もう少し準備をするべきだった。毎戦毎戦学ぶことは多いし、それなりに強くなっている。でも、本当に些細な準備不足によって、こういうことがレースで起きてしまう」

 予選の結果からもわかるように、室屋のフライトは明らかに安定してきている。常に上位進出できるだけのポテンシャルが備わっている。

 ところが、それが結果につながらない。千葉で開かれた第3戦で念願の初優勝こそ果たしたものの、裏を返せば、今季ファイナル4に進出できたのは、その1戦だけ。昨季後半の4戦中、3戦でファイナル4に進出し、2戦で表彰台に上がったときのように、コンスタントに結果を残すことができていないのがもどかしい。

 奇しくもこの第6戦で表彰台に立ったのは、1位マット・ホール、2位マティアス・ドルダラー、3位ピート・マクロードと、全員が室屋と同じ2009年デビュー組。室屋だけが最下位の14位に沈んだことは、残酷なまでに対照的な結果だった。

 昼過ぎには勢いを増した冷たい雨も夕方にはすっかり止み、雲が晴れた西の空からは太陽が顔を出してもなお、自らの失態を恥じ入る室屋の心を濡らし続ける雨は、決して上がることがなかった。

 だが、レースの借りはレースでしか返せない。室屋が訥々(とつとつ)と口を開く。

「集中力とか、コンディショニングとか、完全に自分自身の問題。チームというより、パイロットの要素が8割9割だろうと思う。第7戦までは約1カ月があるので、メンタルトレーニングとかも含めて、もう一回いろいろなことを整理し直して、レースに臨まなければいけないかなと思う」

 次の第7戦は10月1、2日、アメリカ・インディアナポリスで行なわれる。年間総合で表彰台という目標を達成するためには、もはや失敗は許されないレースである。

浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki