「暗黒汁」で愛され50年以上…深夜2時開店の老舗立ち食いそば店、店主が守り続ける″変えない味″と裏で店を支えるAI
東京・東神田に、黄色い「立食そば」の看板で知られる老舗がある。前身店「いとう」から店の設備や味などを引き継ぎ、2010年に現在の屋号となった「そば千」だ。昔ながらの味や口頭注文、現金払い、古びた看板や店構えを残す一方、客から見えないところでは設備を改良し、AIで売り上げも管理している。店を継いで約10年になる前田さんに、その成り立ちと「変えない」ことへのこだわりを聞いた。
【画像】「暗黒汁」と呼ばれる真っ黒すぎるツユ! 老舗立ち食いそば屋が作る渋い一杯
元は寿司屋? 記録に残らない店の来歴
東京・東神田、靖国通り沿いにある立ち食いそば店「そば千」。
建物の上には、黄色い地に黒い文字で「立食そば」と書かれた看板が掲げられている。
店内には立ち食い用のカウンターがあり、正面のケースには天ぷらが並ぶ。「老舗」という言葉が、あまりにも似合うたたずまいだ。券売機などはなく、注文は口頭。代金もその場で現金で支払う。
注文からわずか数十秒で出てくるのも、昔ながらの立ち食いそば屋らしい。この店の特徴は、なんといっても黒いつゆ。クチコミでは「暗黒汁」とも呼ばれ、関東風のつゆのなかでも際立って黒い。
現在は「そば千」の名で知られているが、店主の前田さんによると、かつては店名よりも「黄色い看板のそば屋」と呼ばれていたという。
「これはあくまで噂の範疇なんですけど、ここは最初、寿司屋か何かだったんじゃないかという話があるんですよ。カウンターに、いま天ぷらを置いている棚があるじゃないですか。あれが、もともとは寿司ネタを置くケースだったんじゃないかと。そこからイトウさんという方がそば屋を始めました」(前田さん、以下同)
ただ、創業当時の詳細を示す、はっきりとした記録は残っていない。
「もう、その頃の話を知っている人たちも、だいたい亡くなっていますからね。僕が聞いているのも、あくまで昔からの噂話です」
イトウさんが何十年か店を続けたのち、体調を崩し、五十嵐さんという人物が店を引き継いだ。五十嵐さんも十数年にわたって店を切り盛りし、試行錯誤しながら、現在のつゆの味を作り上げていったという。
そして、イトウさんのもとでも、五十嵐さんのもとでも働いていたのが前田さんの母親だった。
その母親から約10年前、「少し手伝ってくれないか」と頼まれたことがきっかけで、前田さんはそば千の運営にかかわることになった。
「僕も『2、3カ月だったらいいよ』と答えて手伝い始めたら、気づいたら10年たっていました」
「みんな、その味を求めて来ているんですよ」
それまで前田さんは、飲食業に携わっていたわけではない。解体関係の仕事をしたほか、派遣の仕事を転々としながら、パソコン関係の仕事もしていたという。
実際に店へ入ると、立ち食いそば店を毎日営業する大変さを、すぐに思い知らされた。
「一番は、寝る暇がないことでした。基本的に朝から晩まで、ずっとつきっきりですから」
現在、前田さんや母親とともに店を支えている一人が、20年以上の友人である野村さんだ。両家は家族ぐるみで親しくしてきたという。
こうして、五十嵐さんが作った味を、前田さんの母親や野村さん、現在のスタッフたちが受け継ぎ、そば千を営業している。
「五十嵐さんが、いろいろ試行錯誤しながら、いまのつゆを作り上げました。僕らの代では、オペレーションなどを改良しながら、その味を引き継いでいます」
また、店内に物置を作り、換気扇を変更し、水道管にも前田さん自身が手を入れた。
「ただ、お店の味自体は変えられないんです。同じ味を、なるべく安定して出す。そのためにどうするかを考えてきた感じですね」
なぜ、そこまで味を変えないことにこだわるのか。前田さんは、店の長い歴史と常連客の存在を理由に挙げる。
「シンプルに、変えちゃいけないと思っているからです。うちの店は歴史が長い。歴史が長いということは、みんな、その味を求めて来ているんですよ。
たとえば、自分が昔から好きなラーメン屋に行って、店主が『こっちのほうが絶対においしいから』と言って、急に味を変えたとする。そうしたら、『いや、俺は前の味が好きだったんだ』となりますよね。
その味がおいしいか、おいしくないかは、また別の話なんです。その味を求めて来ているお客さんがいる。常連さんも多い。だったら、味は変えちゃいけないよね、ということです」
昔ながらの方式を残しているのは、味だけではない。現金のみの支払いにしているのも、変えない部分の一つなのだ。
現在、つゆの仕込みを担っているのは、30年以上この店で働く前田さんの母親だ。
年齢は63歳。店が営業する週6日、夜10時ごろに店へ入り、深夜2時の開店に向けて準備を始める。
「開店時間の深夜2時から野村君らが入るんですけど、その前には、もうつゆが出来上がっている状態なんです。お袋が仕込んで、それを野村君たちが引き継いで営業が始まる。だから、店の味を決めているのは、お袋みたいなものですよ」
だが、母親も初めから中心的な仕事を任されていたわけではない。働き始めた当初は、天ぷらを揚げさせてもらえなかったという。
経験を積んだ現在は店の味を守るだけでなく、新メニューの「キクラゲそば」も考案した。一方で、あと1、2年ほどで引退することを考えているという。
「いまは、店が開いている日は全部、お袋が夜から来て作っていますから。そこを、どう引き継いでいくかですね」
40 年以上通っている常連も
そば千には、昔から通い続ける客も多い。長い人では40年以上になるという。
「50代くらいの人が、『俺は高校生のときから通っているんだよ』と言ってくることも普通にあります。そういう方たちは、店を受け継いで続けていることを喜んでくれます。『昔と味が変わっていないね』と言ってもらえることは、なによりうれしいです」
現在、飲食店を取り巻く原材料費や光熱費の上昇は激しい。そば千でも、価格をなるべく抑えるために仕入れ方を工夫しつつ、なじみの業者とのつながりも大切にしている。
「仕入れの値段に関しては、昔から付き合いのある業者さんが、結構頑張ってくれています。でも、僕らも、なるべく適正な値段で仕入れようと頑張る。お互いに、そういう関係で成り立っています」
ただし、今後の価格を左右するのは物価高だけではない。店舗は賃貸のため、家賃が上がれば、その分を商品の値段に反映せざるを得ない。
ここまでを見ると、そば千は昔のやり方を一切変えない店にも思える。しかし、前田さんは昔ながらの営業方法を守るだけでなく、客から見えない部分には、積極的に新しい技術も取り入れている。
「変えるんだったら、『見えないところを変える』というのが、うちの考えです。オペレーションの部分とか、裏の設備の部分ですね」
店には新しい防犯カメラを導入。さらに、売り上げや商品の販売数などのデータを管理し、AIも使って分析しているという。
「どの商品がどれだけ売れているか、平均がどうなっているかといったものは、AIも使っています。自宅に自分でサーバーも立てています。全部、自前で組んで、売り上げなどを管理しています。逆に、見えないところは、そういうふうに新しくしているんです」
前田さんは今後も、そば千を残していきたいと話す。一方、店側の努力だけでは解決できない問題もある。懸念しているのが、建物の老朽化だ。建物が古く、今後いつまで使い続けられるかわからないのだ。
「僕らが続けたいと思っていても、建物の老朽化や家賃など、外的な要因がありますから。でも、仮に現在の建物を離れなければならなくなった場合も、できれば東神田周辺で営業を続けたいですね。
ほかのそば屋さんで、『うちが引き継ぎたい』という人もいるそうなんですが、誰かに売るつもりは、まったくないです。いまのメンバーでやるから、そば千なんです。うちのつゆは、いまのメンバーじゃないと絶対に作れないですから」
前身の店の時代を含め、人が変わりながらも50年以上、そば屋として引き継がれてきたそば千。変わらないことと、変えること。その線引きを見極め続けることが、老舗を残すということなのかもしれない。
取材・文・撮影/ライター神山

