スーパーボランティア尾畠春夫さんが被災地へ向かうと話した(右/時事通信フォト)

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「個人の方にお会いして、『お困り事はありますか?』『何かお手伝い出来ることはございませんか?』とお声がけするんです。それが私のやり方です」──。"スーパーボランティア"尾畠春夫さん(86)は、取材にこう意気込みを明かした。

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 7月28日に発生し、熊本県内で最大震度7を観測した「令和8年熊本地震」。木原稔官房長官は30日午前の記者会見で、災害との関連を調査中の事案を含めて死者が28人に上ることを明らかにした。イオンモール熊本での爆発事故など、今も救助活動が続く凄惨な被災地へ、いま、あの男が向かおうとしている──。

 2018年の山口県周防大島町での2歳児発見の功績などで知られ、数々の被災地で活動してきた尾畠さん。取材班が現在の状況を尋ねると、「大分大学の病院にいくので、31日の朝出ます」と、被災地入りする意向を明かした。

10年前の益城町と同じ「お声がけ」からのスタート

 大分県の自宅から被災地までは、一般道を使って車で3時間半ほど。車中泊をしながら、まずは1週間から10日ほど活動する予定だという。いきなり作業を始めるのではなく、一人ひとりに寄り添うのが尾畠さんのスタイルだ。

「今から10年前、2016年の熊本地震の時に益城町に3か月おったんですよ。その時も高齢の人や、赤ちゃんをおんぶした人とかに、私は免許証を見せて、『私はこういう者です。何かお手伝い出来る事はございませんか?』と声かけしたんです。今も変わらずに続けています」

 もし行方不明者の身内に出会えば、直接話を聞いて現場を見て、自分にできることをやらせてもらうと語る。

「現地の物は消費しない」徹底された美学

 一方で、イオンモールのような大規模な爆発・崩落現場での活動については冷静に捉えている。過去に熱海市や京都府での行方不明捜索に参加しようとした際も、現場の規制で断られた経験があるからだ。

「ああいう所はね、警察、消防、自衛隊、こういう方しか現場に行けません。一番は人命ですね。『誰か助けてー』とかね、『手をかしてー』という声が聞こえた場合は、私は何をおいてでも助けにいきます」

 尾畠さんが"スーパーボランティア"として貫き続ける強いポリシーがある。それは"完全自己完結"だ。

「私は手伝うからなんぼかくれとか、昼飯を食べさせてくれとから一切申しませんから。私はボランティア行っても対価物品、飲食は一切頂かないです。

 自分の飲む水は自分で持っていく。自分で食べる物は自分で持っていく。自分で汗拭くタオルは自分で持っていく。怪我した時は自分の、絆創膏、薬から包帯は自分で持っていく。使う道具は自分で持っていく。これが真のボランティアだと考えています。

 現地の物は消費しないということです」

 御年で86歳。今年の10月で87歳を迎える。連日猛暑が続く中での活動となるが、「ボランティアで私は、一度も暑いと言った事はないです」と意に介さない。

 体調を気遣う記者に対して、尾畠さんは冗談めかしてこう笑った。

「私も(ボランティア歴が)40過ぎていますから、もうあんまり無理はできません(笑)。被災地で迷惑にならないためにも、自分の体調と相談しながらやります。健康じゃないと、地元の方に迷惑をかけてしまいますから」

"スーパーボランティア"の存在は、深い悲しみと混乱の中にある被災地の人々にとって、確かな希望の光となるだろう──。