「NISAが、まさか地獄の入り口だったとは…」年収900万円・管理職の44歳夫の激しい動悸。昼休み、会社の個室トイレで震えながら下した〈愚かな決断〉【FPが解説】
「資産を増やしたい」その一心で、新NISAを利用した44歳の藤田聡さん。しかし、その決断が彼の生活を一変させることに……。市場の荒波に翻弄される心と胃の痛い日々。藤田さんの経験から、40代ビジネスパーソンが陥りやすい投資の罠と、それを回避するための具体的な方法を、FP dream代表FPの藤原洋子氏が解説します。※個人の特定を避けるため、内容の一部を変更しています。相談者の名前はすべて仮名です。
「仕事ができる男」の過信
「ねえパパ、うちの新NISAっていまどうなってるの? そろそろ大手の進学塾に通わせたいんだけど、月謝の足しにできたりする?」
初夏の光が差し込むリビング。妻がダイニングテーブルに長男(9歳)の中学受験パンフレットを広げながら発したその一言に、藤田聡さん(仮名)は持っていたコーヒーカップを落としそうになりました。背中にじっとりとした嫌な汗が流れます。
「あ、ああ……まあ、ボチボチかな。世界的に株高だからね。でも、長期投資だからいま引き出すのはもったいないよ」
引きつった笑顔でそう答えるのが精一杯でした。心の中は「嘘だ、ボチボチどころではない……」と焦りでいっぱいです。藤田さんの投資口座は、2年前の夏に負った「致命傷」から、いまもなお1ミリも回復していません。それどころか、すでに投資を続ける気力を失い、残ったのは数百万円の純損失と、妻への罪悪感だけでした。
「まさか、あれが地獄の入り口になるとは……」
都内の中堅IT企業で課長職を務め、年収は900万円。部下のマネジメントも順調で、社内では「仕事ができる男」として通っている藤田さんが、なぜこのような泥沼に陥ってしまったのでしょうか。その原因は、多くの40代ビジネスパーソンが囚われがちな「ある勘違い」にありました。
時計の針を2024年の春に戻しましょう。この年、国を挙げて始まった「新NISA」への関心の高まりに、藤田さんもまた胸を躍らせていました。年収900万円という安定したバックボーンのもと、「よし、自分も新NISAから本格的な資産運用を始めてみよう」と決意したのです。すでにあった課税口座での運用はそのままに、今回の運用は新NISAから始めました。
ビジネスの現場でロジックとリスク管理を叩き込まれてきた藤田さんは、投資においても「素人とは違う賢い運用法」を模索します。YouTubeやSNSの投資インフルエンサーの動画を見漁り、彼が出した結論は次のようなものでした。
「これからは、高成長のインド株と、米国のハイテク株にレバレッジ(2〜3倍の値動きをする仕組み)をかけて効率よく資産を増やす時代だ」
もちろん、藤田さんも「分散投資が鉄則」であることくらいは知っていました。だからこそ、新NISAの「つみたて投資枠」で手堅いファンドを買い付ける一方で、NISAの枠内だけでは物足りなくなり、より高いリターンを狙って特定口座(課税口座)も活用したアグレッシブな投資戦略を組み立てたのです。すべての資金を一箇所の資産に集中させるような、極端なリスクの取り方は避けていたつもりでした。
インド株式ファンド(特定口座)
米国半導体レバレッジ3倍ファンド(特定口座)
日経平均レバレッジ2倍ファンド(特定口座)
全米株式インデックス・ファンド(つみたて投資枠)
「よし、これで日本、米国、新興国、そしてレバレッジまで完璧に分散した。定年まであと20年ある。これなら10年で資産を倍にできるぞ」
新NISAに全米株インデックスを選んだことで、藤田さんは自分なりに完璧な分散投資を行っているつもりでした。Excelで自作した綺麗な資産管理グラフを眺めながら、自分の「完璧なポートフォリオ」に酔いしれます。同僚たちが「とりあえずオルカン(全世界株式)」と口にするのを聞いては、「思考停止の凡人たち」と心の中で見下していたそうです。
2024年夏の急落…「完璧な分散」の脆さと「狼狽売り」の結果
しかし、その自信は長くは続きませんでした。2024年7月11日、日経平均株価が史上最高値の4万2,224円をつけたのをピークに、潮目が完全に変わったのです。米国の景気減速懸念や円高の急進行が市場を直撃し、8月5日、日本株市場は歴史的な大暴落を記録します。日経平均は1日で4,451円も急落しました。
このとき、藤田さんが万全と信じていた「分散投資」の脆さが露呈することになります。
「なぜだ……!? 分散しているはずなのに、全部の画面が真っ赤じゃないか!」
それもそのはずです。世界的な株安の局面において、投機性の高い「レバレッジ型」や「特定のテーマ株(半導体)」、そして流動性の低い「インドなどの新興国株」は、真っ先に世界中の機関投資家が資金を引き揚げる対象となります。
分散投資したつもりの4つのファンドは、「暴落時にはすべて同じ方向(下)へ、通常の何倍ものスピードで押し下げられる」という強い連動性を持っていました。市場全体のパニック時には、全米株式の分散効果すら無力化します。
目減りしていく資産。仕事中も部下の報告が頭に入らず、トイレの個室に籠っては株価のチャートを凝視する日々が続きます。動悸が激しく、胃が痛んで仕方ありません。
8月5日の昼休み、ついに藤田さんのメンタルは限界を迎えました。「これ以上減ったら……」とパニックに陥った藤田さんは、会社の個室トイレで震えながらすべてのファンドの売却ボタンを押しました。負けが確定した瞬間、藤田さんは、激しい自己嫌悪と奇妙な解放感を覚えたといいます。
市場の猛反発…妻に打ち明けられない「350万円の損失」
藤田さんにとっての真の苦悩は、実はそのあとに始まりました。
恐怖に耐えかねてすべてを投げ出した2024年8月5日。皮肉にも市場はそこを「底」として、その後は猛烈な勢いでリバウンドを開始したのです。2025年、そして現在である2026年にかけて、日経平均は6万9,000円台へと爆発的な上昇を遂げました。もし藤田さんが、あのときパニックにならずにじっと耐えて持ち続けていれば、彼の資産は半分になるどころか、いまごろ2倍以上に膨れ上がっていたはずでした。
しかし、現実は非情です。底値で損切りしてしまった藤田さんの手元には、1円の恩恵も戻ってきません。ただ「失われた350万円」という動かせない事実だけが残りました。
「パパが新NISAやってくれてるから、うちは安心よね」
妻は、NISAを「国が推奨する、ちょっと利回りのいい貯金箱」程度に捉えています。夫がその裏でハイリスクな運用に手を出し、350万円もの資産を短期間で失ってしまったなどとは、想像すらしていないでしょう。
塾のパンフレットをみつめる妻の隣で、藤田さんは「本当のことを打ち明けたら、これまで築いてきた夫婦の信頼関係が崩れてしまうかもしれない」という不安に苛まれています。
仕事での高い評価も、年収900万円というステータスも、家庭の危機の前ではなんの盾にもなりません。リスク管理を怠ったポートフォリオは、藤田さんの精神的な負担となり、結果として家族の未来の選択肢をも狭める結果となってしまいました。
万全のはずだった運用の決定的な敗因
ファイナンシャルプランナーの視点から、藤田さんの事例を分析してみましょう。 厳しい現実のようですが、彼の決定的な敗因は、「リスクの質の誤解」と「リスク許容度の見誤り」という、投資における2つの根本的な落とし穴に集約されます。
1.「銘柄をわけること」は分散投資ではない
藤田さんは4つのファンドにわけましたが、中身は「米国のハイテク」「レバレッジ」「新興国」という、いずれも「世界が好景気のときだけ爆発的に上がり、不景気の兆しで真っ先に暴落する」という同じリスクの性質を持った商品ばかりでした。これは分散投資ではなく、単に「同じリスクを4つの異なる袋に小分けしただけ」といえます。
本当の分散投資とは、株式が下がったときに上がる傾向のある「債券」を組み込んだり、値動きがマイルドな「全世界インデックス」をコア(中核)に据えたりして、「ポートフォリオ全体のクッション」を作ることです。盤石と思われたその中身は、安全とは程遠いリスクの塊だったのです。
2.40代前半というライフステージ
40代前半は、ネット上の「まだ若いからレバレッジをかけてリスクを取れる」という極端な言説を、つい真に受けてしまいがちです。しかし、そうした極論は、何十年も先に使う「老後資金(最悪、なくなっても直近の生活に響かないお金)」を念頭に置いたものです。
藤田さんのように、数年後に「子どもの中学・高校・大学の学費」という明確な使い道が決まっている資金を、値動きの荒いハイリスク商品で運用するのは、投資のセオリーから大きく逸脱した選択といわざるを得ません。使用時期に満期を合わせた定期預金、個人向け国債、高格付けの社債などに預け、預貯金より高い利回りを得る方法が選択肢として適していたでしょう。
転ばぬ先の杖として
藤田さんのような悲劇を避けるため、40代のビジネスパーソンに強く伝えたいことがあります。もし市場が急落したとき、パートナーにスマホの資産画面を隠したくなるようなら、その投資はすでに心のキャパシティを超えているサインです。
資産運用で重要なのは、数字の高さではなく、『どんなに暴落した夜でも、いつもどおり家族の隣で、ぐっすりと眠れるかどうか』。新NISAという制度は、焦ってリスクを追うための道具ではなく、大切な家族の未来をじんわりと温めるために使いたいものです。
藤原 洋子
FP dream
代表FP

