ひきこもりの人が生活を安定させるには?

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 筆者のファイナンシャルプランナー・浜田裕也さんは、社会保険労務士の資格を持ち、病気などで就労が困難なひきこもりの人を対象に、障害年金の請求を支援する活動も行っています。

 浜田さんによると、ひきこもりの人の中には、「仕事をして、自分の生活費は自分で稼ぎたい」という気持ちを持っている人がいますが、体力的にも精神的にもフルタイムでの勤務は難しく、「障害者雇用などで働くのが精いっぱい」というケースも多いそうです。また、フルタイム以外の働き方の場合、収入が少ない傾向にあり、生活が不安定になりがちです。

 そこで、就労意欲はあるものの、収入面や体力面などに不安を抱えるひきこもりの人に対して、浜田さんは障害年金との組み合わせをお勧めします。

長時間労働でうつ病に

 ある日、私は、母親(62)から「ひきこもり状態だった長男(30)と一緒に障害年金について相談をしたい」と依頼され、面談室でその親子と向き合っていました。

 うつ病を抱えているという長男は終始うつむきがちで、顔は青白く、あいさつの声も小さめでした。長男は緊張しているためか、なかなか話を切り出すことができません。そこで、私は母親から事情を伺いました。

 長男は22歳で大学を卒業した後、正社員としてシステムエンジニアの仕事をすることになりました。仕事は忙しく、毎日のように長時間労働が続き、疲労が抜けないまま休日出勤をする、といった状況で、ストレスの多い環境に身を置いていました。

 長男が26歳になった頃、次第に体や心に異変が現れるようになり、「疲れているのによく眠れない」「出勤前に頭痛や腹痛がする」「食欲がない」などの症状が出たそうです。

 また、以前はバラエティー番組を見て笑うこともあったのに、その当時はテレビを見てもまったく面白さを感じませんでした。表情もだんだん乏しくなり、仕事から帰宅したときの長男は無表情で、家族にあいさつもしなかったそうです。「当時の長男の顔は、まるで能面のようでした」と母親は振り返りました。

 職場でも異変が起こりました。「パソコンのキーボードを打つ手が震える」「書類を何度読んでも内容が頭に入らない」「仕事でミスを繰り返す」といった状態で、時にはパソコンのディスプレーを前にして、ぼーとしてしまうこともあったそうです。

 その後、長男は、異変に気付いた上司から、会社の近くにある心療内科を受診するよう勧められました。医師からは「抑うつの傾向が見られるので、しばらく仕事はお休みした方がよいでしょう」とアドバイスを受けました。長男は医師のアドバイスに従い、しばらく休職することに決めました。

 仕事から離れたおかげで少しだけ気分が楽になりましたが、休職期間の終了日が近づくごとに、復職のプレッシャーのためか、体調は徐々に悪化。結局、休職期間が終了しても職場に復帰することができず、そのまま退職してしまいました。

 退職後も長男は外出することがほとんどなく、1日中家の中で横になって休んでいました。そのような長男の姿を見た母親は、「まるでひきこもりのような生活になってしまった。これから一体どうなってしまうのか」と不安を募らせていったそうです。

社会復帰に向けて一歩踏み出した長男

 退職してから3年がたった頃。長男は家族と会話もできるようになり、表情も幾分柔らかくなっていきました。そこで母親は、長男に「そろそろ仕事のことも考えてみてはどうか」と聞いてみました。

 すると長男本人も、「仕事をして収入を得なければいけない」と焦りにも似た気持ちを持っていることを打ち明けました。同時に「自分だけで再就職までこぎつける自信はなく、今まで一歩を踏み出すことができなかった」ということも分かりました。

 そこで親子で話し合ったところ「就労移行支援(障害や病気のために一般企業などで働くことが困難な人を対象とした職業訓練制度)を通じて再就職を目指すことにしよう」と決めたそうです。

 就労移行支援での相談初日。不安と緊張でいっぱいだった長男に対し、支援者たちは皆、長男に寄り添ってくれました。安心した長男は、その後、支援者にいろいろな話をするようになりました。

 ある日、支援者にお金の不安を話したところ、「障害年金を請求してみてはどうでしょうか。ご自身で請求することが難しいようなら、専門家(社会保険労務士)に手伝ってもらう方法もあります」とアドバイスを受けたそうです。そこで、長男は母親とともに、私の元を訪れました。

就労すると障害年金はもらえない?

 そこまで話を伺った私は、障害年金の説明を始めました。

「息子さんは、その障害で初めて病院を受診した日が会社員のとき(厚生年金のとき)なので、障害厚生年金を請求することになります。障害厚生年金には、障害の程度が重い方から1級、2級、3級とあります。仮に障害厚生年金の3級に該当した場合、月額で約4万8600円になります」

 すると母親は不安を口にしました。

「長男が働くようになったら、障害年金はもらえなくなってしまうのでしょうか」

「息子さんが働くようになったからといって、必ずしも障害年金が停止になるわけではありません。働きながら障害年金が受給できるかどうかはケース・バイ・ケースで、各個人の状況を踏まえて判断されます。なお、就労と精神疾患による障害年金の関係は次のように説明されています」

 そこで、私は厚生労働省の「国民年金・厚生年金保険 精神の障害に係る等級判定ガイドライン」に記載されている次の文章を提示しました。

労働に従事していることをもって、直ちに日常生活能力が向上したものと捉えず、現に労働に従事している者については、その療養状況を考慮するとともに、仕事の種類、内容、就労状況、仕事場で受けている援助の内容、他の従業員との意思疎通の状況などを十分確認した上で日常生活能力を判断する。
※厚生労働省「国民年金・厚生年金保険 精神の障害に係る等級判定ガイドライン 2016年9月」より

「フルタイムで働き、さらに残業もこなせるくらいまで回復すれば、障害年金が停止してしまうこともあるでしょう。一方、障害者雇用や就労継続支援(障害や病気のために一般企業などで働くことが困難な人を対象に、就労の場を提供する制度)で働いているようであれば、働きながら障害年金を受給できる可能性は高いことでしょう。実際に障害年金を受給しながら障害者雇用などで働いている方は多くいます。何はともあれ、まずは障害年金の請求をするところから始めましょう。私もご協力いたしますので」

「いろいろとご説明いただき、どうもありがとうございます。よく分かりました。請求のお手伝いもどうぞよろしくお願いいたします」

 母親はそう答え、長男も同意を示すように小さくうなずきました。その後、長男から正式に依頼を受けた私は、障害年金の請求に必要な書類をそろえ、請求を完了させました。

 障害年金の請求から3カ月が過ぎた頃。母親から「障害年金の3級を受給できた」という連絡がありました。さらに、母親は長男の近況についても話してくれました。

「おかげさまで長男は無収入の状態から抜け出せたので、少しだけ安心できたようです。現在は、就労支援の方に協力してもらいながら、就職活動の準備をしています。一時はどうなるものかと不安ばかりでしたが、おかげさまで何とかなりました。本当にどうもありがとうございました」

 そう話す母親の声はとてもうれしそうでした。