■半導体部門か、それ以外かで格差100倍

世界的にAI(人工知能)の開発は加速し、高性能の半導体に対する需要は大きく伸びた。それによって、大手半導体メーカーの業績は急拡大している。いわば、AI特需ともいえるだろう。

このAI特需の恩恵を受けている企業の一つが韓国サムスン電子だ。業績の急拡大に伴い、サムスン電子の半導体部門の従業員は約6億ウォン(約6500万円)という常識では考えにくい高額なボーナスを受け取る見込みだ。

写真=iStock.com/Robert Way
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一方、それ以外の部門の社員は600万ウォン(約65万円程度)にとどまるとの見方がある。その差はあまりにも大きい。社内ではかなりの軋轢が生じているようで、今後の同社の運営に支障が出ると危惧する専門家もいる。

■抗議集会、労働組合分裂、内部対立…

サムスン電子は、業績連動型のボーナスについて、事前に制度を十分に説明していなかったようだ。今回の多額ボーナスでは、半導体部門の労働組合員の要求や、経営陣との人的なつながりに影響されたと言われている。

そうしたボーナスの決め方に、疑問を持つ社員が出るのは当然だろう。同社の半導体以外の部門の従業員や、労働組合の一部が抗議集会を起こした。労働組合も分裂した。業績拡大は企業の成長に必要だが、組織の円滑な運営には内部対立は避けなければならない。

過去、米国などでは、社員間の賞与額などの格差が拡大し、事業運営に行き詰まった企業もあった。企業の経営者にとって、組織全体が向かう方向を一つに示し、成長に貢献した部署、人材を“公正”に評価する制度の必要性は高い。わが国の企業も、サムスン電子の高額ボーナスによる組織対立を教訓にすべきだ。

■四半期ベース売上高は過去最高の19兆円

近年、サムスン電子の業績は非常に好調だ。けん引しているのは、メモリー半導体部門である。AIの開発と利用の加速度的な増加により、演算装置以上に記憶装置の需要は供給を大きく上回った。過去1年間に、一時的なデータの保存に使うDRAMの価格は6倍上昇したといわれている。

Samsung PC3200U-30331-Z 256MB(写真=CrazyD/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons)

メモリー半導体の価格上昇を背景に、今年4〜6月期、サムスン電子の売上高は同2.3倍の171兆ウォン(約19兆円)、営業利益は前年同期比19.1倍の89兆4000億ウォン(約9兆円)だった(速報)。いずれも、四半期ベースで過去最高だ。

一方、半導体以外の事業部門の収益は、中国企業との競争激化などの影響もあり、あまり振るわなかった模様である。

韓国では、メモリー半導体大手のSKハイニックスの業績も好調だ。昨年、SKハイニックスの労働組合は賞与の上限撤廃を求め、経営陣はこれを受け入れた。その後、全従業員に一律で、基本給の2964%相当の成果給を支給したと報じられた。年俸1億ウォン(約1090万円)の社員だと、ボーナスは約1億4820万ウォン(約1600万円)だったといわれている。

今年度のSKハイニックスの営業利益予想は266兆ウォン(約28兆円)に増加するとみられる。単純平均で従業員一人当たり約7000万円のボーナスを受け取る可能性があるとの報道もあった。

■ライバル企業に続き、賞与上限を撤廃

こうしたSKハイニックスとのボーナス格差に、サムスン電子の一部労働組合参加者は不満を表明した。また、労働組合に新たに参加して、賃上げを経営陣に求める半導体部門の従業員も増えた。若手を中心に、SKハイニックスに転職する人も増えたとも報道された。

2026年5月には、サムスン電子では、半導体部門の労働組合員が強硬にボーナス引き上げを求め、ストライキ寸前まで経営者との対立が先鋭化した。事態を重く見た韓国政府の介入もあり、サムスン電子は組合が求めた賞与の上限を撤廃し、ストライキを回避した。

その結果、本年、サムスン電子半導体事業部門の従業員の一部は、自社株の支給などで最大6億ウォン(約6500万円)のボーナスを受け取る模様だ。中には、巨額の自社株を手に入れた「にわか資産家」として注目を集める若手社員もいるようだ。

■「一つのサムスン」を掲げて3000人が集結

サムスン電子は、半導体事業以外にもデジタル家電(スマホや家電)、ディスプレイ、車載関連事業(ハーマン・ブランドで展開)の事業を運営している。今年、半導体事業に属する従業員は、高額の賞与を手にすることになるだろう。一方、それ以外の事業部門の従業員の賞与は、半導体部門の100分の1に留まるといわれている。

その状況に、不満を募らせる人が増えるのは当然だろう。労働組合内部では、半導体事業の組合員と、非半導体部門の人の間で、利害の対立が表面化した。事実上、サムスン労組は半導体とそれ以外に分裂した。

7月16日、水原(スウォン)のサムスン電子本社前では、非半導体部門の労働組合(“共に歩む労組”)が、“一つのサムスン”のスローガンを掲げ抗議集会を開いた。参加者は3000人規模と報じられた。労働組合参加者も、そうでない従業員も参加したようだ。

■半導体部門が伸びたのは全社員のおかげ

もともと、非半導体部門の労組には、2000人程度の組合員がいたと報じられている。ところが、今回のボーナス超格差問題をきっかけに、組合員数は2万9000人近くに急増したようだ。非半導体部門の組合員の中には、高いボーナスを払えない事業部門は捨てられたのも同然として、事務所前に焼香所を設けた人もいたと聞く。

写真=iStock.com/Mohamad Faizal Bin Ramli
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一連の抗議活動には、会社の予算配分とボーナス支給は整合的でないとの問題意識も影響しただろう。サムスン電子は、4つの事業分野で獲得した収益を、その時々の事業環境の中で、最も成長期待の高い分野に配分してきた。

それが、今回は非半導体部門が主体だったわけだ。その結果、ボーナスは半導体とそれ以外で100倍の差がついた。それに納得がいかない従業員も多いとみられる。

サムスン電子の組織内対立は、かなり深刻のようだ。今後、半導体分野ではSKハイニックスを上回る給与、賞与、待遇を求める従業員が増えるだろう。それに動かされるように、他の部門でも半導体部門と同等の待遇を求める従業員は増えるだろう。

■「社員同士を競わせる企業」の末路

過去、ボーナスなどを巡る組織内対立、従業員心理の不安定化により、事業継続に行き詰まった企業は多い。よく知られているのが、倒産した米“エンロン”だ。

エンロンは、エネルギートレーディング部門で収益性の高かった従業員に、巨額ボーナスを支払った。その一方、評価の低い15〜20%の従業員を定期的に解雇することで知られていた。

高い賞与を手に入れるため、自分の利益を最優先する従業員は増えた。いつ解雇されるか不安に駆られる社員も増えたに違いない。自分のステータス(高い賞与や雇用)を守ろうとする社員は増え、粉飾決算の一因になったといわれている。組織内の対立は事業運営の効率性、持続性にマイナスである。

ポイントは、従業員の賛同を得て、持続的かつ長期の視点で成長戦略を実行することだ。それは、経営者の責務である。市場環境の変化などによって一時的に、特定の事業が急成長することはある。AI一極集中で株価が上昇したサムスン電子などはまさにそうだ。

ただ、未来永劫、AI向けのメモリーチップが伸び、右肩上がりが続くことは想定しづらい。1990年代半ばから2000年9月まで膨張した、米ITバブルでは“ドット・コム”企業の高成長はほぼ永久に続くとの楽観が広がった。しかし、実際には、そうはならなかった。

■公正な人事評価制度を欠いたサムスン電子

組織を一つにまとめ集中力を引き上げる。市況、経済環境に対応しつつ、既存分野から成長期待の高い分野にヒト、モノ、カネを配分する。より効率的に付加価値を創出する。これが経営者の役割だ。

そのために、公正な人事評価制度を整備し、不満が出づらい給与や報酬の体系を整備することは欠かせない。サムスン電子の経営陣は、そうした取り組みを進めることが難しかったようだ。

現在、わが国では労働市場の流動性が高まっている。若年層からシニア層まで、より高い給与を支払う企業に転職する人は増えた。キオクシアのように、AI半導体需要の増加で業績が拡大した企業も多い。

そうした中だからこそ、経営者は多様な利害を調整し、より公正に従業員を評価する制度の確立に取り組むことが求められる。それは、組織全体の士気向上に寄与し、持続的な成長、そして長期存続を目指す必要条件と考えられる。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)